エピローグ2
とりあえず、反論です。
「何言ってるんですか。ご主人さまはウソなんてつきませんよ。ご主人さまは優しくて、ウソなんてつけない——」
「信じられないなら、一階の姿見で、おまえの背中、見てこいよ。肩にヒビが入ってるぞ」
ひ——ヒビ? ヒビって、あれですか?
コップとか割ったときにできる、あの亀裂のこと?
「あのぉ……なんか、まちがってますよ? ケガって言うつもりだったんですよねぇ?」
エイリッヒさんは、つらそうに眉をひそめます。
「ほんとは、おまえに、このことは言いたくなかった。おまえは、こいつにだまされてる。おまえは精霊のはずなのに、自分を人間だと言うし、今の体の秘密にも気づいていない。いいか? おまえのその体は——」
すると、ご主人さまが大きな声でさえぎりました。
ご主人さまが、こんな大声を出すなんて、すっごくめずらしいです。
「やめてください! シャルランには言わないで!」
エイリッヒさんは押しきりました。
「シャルラン、おまえの体は人形だ。陶器でできた人形の体に、おまえの魂は閉じこめられている」
がーん!
そうだったんですか。どうりで、ふつうの女の子より少し力持ちだと思った。はっ。もしや、乙女的な食べ物は、心の肥やし?
あれ、ご主人さまが泣きだした。
「やめてください……悪いのは、わたしなんです。花の精は花の精として、たとえ生まれ変わっても、同族のなかにしか肉体は転生できない。
わたしたち花の精は、もう誰も……わたしのほか誰も生き残っていないんです。
彼女がこの世にとどまるには、仮の体が必要だった。こういう形で現世に魂をひきとめるしかなかった。
わたしが一人でいるのが、さびしかったから……甘えてしまったんです」
うーん? ということは、シャルランはオバケの仲間?
ちっとも知らなかったです。
「ビュリオエンデ。彼女が誰なのかは、あなただって、もうわかっているんじゃありませんか? この一点のくもりもない無垢な魂。彼女の……彼の明朗な魂の輝きに、あなただって惹かれたはずですよ。今だって——」
ご主人さまが手をのばすと、エイリッヒさんはすくんで、さけようとしました。
「やめろ。そばによるな」
「思いだしたくないんですね。かつて、あなたが犯した罪を。自分のついたウソのせいで、わたしも赤い薔薇も死んでしまった。
あなたは、その事実から逃れようとして、自分を赤い薔薇だと思いたかったんじゃありませんか?」
「違う。ウソだ。おれが白薔薇と赤薔薇を殺した、蝶の王子だなんて」
ふりはらおうとするエイリッヒさんの手を、ご主人さまがつかみました。
二人のひたいがかさなると、あわく光が満ちてきます。エイリッヒさんの両眼から、静かに涙があふれだしました。
記憶をのぞきこむ、あの力。
ご主人さまは、自分たちの前世の記憶を、エイリッヒさんに見せたのでした。
「……もういい。わかった……もう、いい」
エイリッヒさんは両手で顔をおおって泣きました。
男の人が全身で泣く姿は、とても悲しいです。
「そうだ。おれは、おまえを殺した罪の重みに耐えられなかった。おまえが死ぬくらいなら、おれがいなくなるほうがよかった。
それで……おまえに、おれの存在を捧げたんだ。おれは、自分の体に、おまえの魂を入れて、よみがえらせた。かわりに、おれの命はつきた」
「そうです。おかげで、わたしは蝶の精と花の精のあいだの存在として生まれ変わった。両方の力を持つ、新しい花の精として。
花の精たちが大地から足をぬきだし、自由に歩きまわれるようになったのは、わたしが、あなたからもらった力を、一族にわけあたえたからです。
人の記憶から甘い蜜をもらうことができるようになったのも、あなたの力。
わたしたちの一族は自由になったけど、そのために、あなたは魔力のほとんどを失い、不完全な存在となってしまった」
「そう。これは、おれが自分自身にくだした罰なんだ」
エイリッヒさんは物悲しい目で、ご主人さまを見ました。
「おまえの表現体が男性形になってしまったのは、おれの前世の体が土台になっているからだ。白薔薇。おれはもう、おまえを追わない。さよなら」
エイリッヒさんは歩きだしました。去っていく途中、あたしのことをふりかえります。
「さよなら。赤い薔薇」
そうなんですね。あたしは赤い薔薇なんですね。
なんとなく、そんな気はしていました。
エイリッヒさんが行ってしまうと、ご主人さまは肩をふるわせて泣きました。
「ご主人さま。つらいんですか?」
「つらいです。今でも、あの人を愛しています。わたしが、みんな、いけないんです。あの人を信じられなかったのも、あの人をあんな存在にしてしまったのも。
いつか、あの人に、ほんとの体を返さなければなりません。
そのときには、あの人からもらった蝶の精の力も、あの人のもとへもどります。わたしたち花の精は、ふたたび大地にしばりつけられる。
それでも……返さなければ。この力は本来、あの人のものだったのだから。
あの輝いていた人を飛べない蝶にしてしまったのは、わたしだから。一族に、どんなに恨まれても、嫌われても、やらなくちゃ……」
ご主人さまが、こんなふうにエイリッヒさんのことを話しているのを聞くのは、ちょっと胸が痛いです。
なんとなく、おいてきぼりにされた感じ。
「シャルラン。君にも、あやまらなくちゃね。彼が言ったとおりだよ。僕は自分のさみしさに負けて、君を死者の永遠の眠りからムリヤリさまし、現世にひきもどした。
僕は君に甘えて、自分勝手なことばかりしてしまう。今も、前世でも」
ご主人さまは言いますけれど、でも、あたしには少しだけ、ご主人さまの気持ち、わかります。
二人の人を同時に好きになってしまう気持ち……。
(ご主人さまのことも、エイリッヒさんのことも、同じくらい好き。二人のうち、どちらかを選ぶなんて、今はできません。いつか、選ばないといけないときが来るのかもしれないけど……)
あたしは言いました。
「そんなこと、シャルランは、ちっとも気にしてませんよ。丈夫な体で便利じゃないですか。死んだままじゃ、つまんないし。あっ、でも、肩は直してくださいよ?」
「……シャルラン。君は、優しいね」
あたしは泣きじゃくるご主人さまをつれて、階下へおりていきました。
そのときにはもう、エイリッヒさんたちはいなくなっていました。
「もう行っちゃったんですね。こんなに急がなくてもいいのに」
ご主人さまは、すっかりしぼんで、誰もいなくなった部屋のベッドに腰かけました。
なんだか、このまま枯れちゃいそう。
ここは、あたしが励ましませんと。
「ねえ、ご主人さま。エイリッヒさんたちは行っちゃったけど、今度は、あたしたちが、あの人を追っかけましょうよ。それで三人で——いえ、リンデさんも入れて、四人で暮らすんです。ね? 楽しそうでしょ?」
「また前世みたいに失敗するかもしれません」
「そんなの、やってみないとわからないじゃありませんか。失敗を恐れてちゃ、成功だってしないんですよぉ。チャレンジしましょう!」
「でも、彼がイヤがるかも……」
「ご主人さま! なんための足ですか! 前世のエイリッヒさんは、あなたに自分で歩いていける自由をあげたくて、体をくれたんじゃないんですか? こんなときこそ、追っていきましょう!」
ハッとして、ご主人さまは立ちあがりました。
「そうだね! これは彼のくれたチャンスなんだ。もう待ってるだけではダメだ。自分で歩きださないと」
「そうです。行きましょう!」
「うん!」
あたしたちは、その夜、大さわぎで旅仕度をしました。
明日がうまくいく保証はないけど、でも、大丈夫。
薔薇の精が二人もそろってるんですからね!
人生は、きっと薔薇色です。
薔薇園〜ローズガーデン〜 涼森巳王(東堂薫) @kaoru-todo
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