エピローグ
エピローグ1
そんなわけで、あたしたちは全員で断崖の塔へ帰ってきました。あたしとご主人さまは押しかけてるんですけどね。
「エイリッヒさん。ほんとに外国へ行っちゃうんですか?」
「ああ。もともと、おれは根なし草だよ。流浪の旅を続けてきた」
エイリッヒさんとリンデさんは、そういうあいだも、荷物の整理に余念がないです。
「……そんなの、さみしくなるじゃないですか」
エイリッヒさんは変な目で、あたしを見ました。
「……じゃあ、おまえも来るか?」
「えっ? でも、あたしには、ご主人さまが……」
「ふぬけの主人なんか、すててしまえよ」
「ご主人さまが、ここにいるのに、よく言えますね。ほら、ご主人さまが泣いちゃった」
「おれは、おまえに選んでもらいたいんだよ。おまえが今でも変わらず、おれを愛してるなら、おれについてきてほしい」
「ええっ? 今でもって、なんなんですか?」
エイリッヒさんは黒いカバンにドクロをつめこみながら、真剣な顔で言いました。どうでもいいけど、ドクロを何に使うのか、気になります!
「おまえは、おれがずっと探し続けていた女だ。おれの白薔薇。前世で、おれたちは愛しあっていた」
うーん。シャルランは腕をくんで考えました。
エイリッヒさん、また変な発作を起こしたんでしょうか?
「エイリッヒさん。酔っぱらってないですよね?」
「そんなんじゃない。わかったんだ。ベリーヒトの書斎で読んだ、あの薔薇の話。あれは、おれのことなんたよ。
おれが赤い薔薇で、おまえは白い薔薇。おれたちの仲は、蝶の王子のせいで引き裂かれたが、ほんとは愛しあっていた。
おまえが白薔薇なら、何か感じるだろう? おれといると、ドキドキしないか?」
それは、しますよ。でも……。
それにしても、ご主人さま、うるさいなぁ。だんだん泣き声が激しくなってくるです。
「それとも、おれのこと、嫌いか?」
エイリッヒさんが手をにぎってくるので、あたしは彼の言うドキドキが止まらなくなってしまいました。
「でも、でも……わかりません! 前世のことなんて、わかりませんよォ!」
思わず、エイリッヒさんの手をふりはらって、かけだしました。
気がつくと、塔のてっぺんに立っています。
いつのまにか、外は小雨がふっていました。
さっきまで、あんなに晴れていたのに、あたしの今の不安な気持ちを映しているみたい。
そりゃ、エイリッヒさんのことは好きですよ。そばにいると、ドキドキします。心が、ふわふわします。この人の笑った顔が、もっと見たいなって……思います。
でも、ご主人さまと離れて暮らすなんて考えられません。
だって、根っこがつながってるんですよ。ちょんぎったら、痛いじゃないですか。
あたしが困りはてて、雨のそぼふる海原をながめていると、エイリッヒさんが息をきらして追ってきました。
「あのラセン階段を、よく女の足で、いっきにかけあがれるな。おれのほうが息がきれるって、どういうことだ」
あたしがだまって見つめていると、エイリッヒさんは苦笑いしました。
「お子さまのおまえに、急に決断をせまって、悪かったよ。これまで、あまりにも長いあいだ、白薔薇を探し続けていたので、気持ちがあせった。おとなげなかったな。すまない」
きゅーん。迷ってるときに、どうして、そういう優しいことを言うですか。ほんとに、ついていきたくなっちゃうじゃないですか。
このままお別れなんて、やっぱりイヤですぅ。
あたしは気持ちの収拾がつかなくなって、泣きだしてしまいました。エイリッヒさんが、そっと肩を抱いてくれます。
どのくらいか時間がたって、あたしは泣きやみました。雨が、けっこう、きつくなっています。
「シャルラン」
「はい」
「おまえは気づいていないと思うが、じつは……」
あたしはエイリッヒさんが続きを言うのを待ってたのに、エイリッヒさんは思いなおしたようでした。首をふって微笑します。
「いや、なんでもない。なかへ入ろう。心配しなくても会いたくなれば、おれのほうから会いにくるよ。王との約束だから、別の国へ移り住むが、遊びに来るのは自由だろう?」
「そうですね」と言って、エイリッヒさんの顔を見たあたしは、ビックリしました。というか、笑っちゃいました。
エイリッヒさんの髪、雨で染髪料が落ちて、変な色になってるじゃないですか。
「なんですか。その髪。緑ですよ」
「ああ、ひどいな。リンデが安物を買ってきたんだろう。あとで洗い流すよ」
エイリッヒさんがハンカチで、黒いしずくのたれる髪をふいたとき、今度こそ、あたしはドッキリしました。
染髪料がふきとられたエイリッヒさんの髪は、黒でも緑でも、もとの金色でもありません。ブロンドの輝きを透かしたような、青い髪です。金属的な光沢のあるその髪に、見おぼえがあります。
あたしは、この人を知っています。
ずっと、ずっと昔に、この人に会ったことがあります。
いっしょに歌ったり、風の精のウワサ話を聞いたり、楽しく語らったりしました。
あたしたちは、いつも三人で……あたしは二人より、うんと幼くて、いつも子どもあつかいされていて……そうです。うらやましかった。仲のいい二人が。
素敵な踊りで、あの人を喜ばせる彼が、うらやましかった。風にのって自由に飛びまわれる彼が……。
そう。あたしは、この人を知っている。
でも、それは、花の精としての、この人ではありません。
この人は、この人は……青い髪と、金属のように光り輝く、美しい青い羽を持っていました。
「……蝶の王子です。あなたは、蝶の王子です」
エイリッヒさんは青ざめました。
そして、口をひらきかけたとき、あたしたちのうしろに気配が近づいてきました。ご主人さまです。
「ビュリオエンデ・ウィンガ。輝く青い羽の王子。こんなにも長いあいだ、あなたを苦しめてしまって、ごめんなさい。わたしが、あなたの愛を信じていれば、誰も苦しまずにすんだのに」
エイリッヒさんは、あとずさりました。
「何を……言ってるんだ。おれは……」
「あなたは蝶の王子ですよ。前世のわたしが愛した人です。わたしは白い薔薇。わたしたちは愛しあっていた。
でも、あなたは蝶で、わたしは花で、羽のあるあなたが自由に飛びまわることを止めることはできなかった。
あなたが仲間の蝶たちと飛ぶあいだ、わたしは大地に足をしばりつけられ、待ち続けなければならなかった。
あなたの愛を信じられなくなって……わたしはなぐさめてくれた赤い薔薇と結婚することにしました。
無邪気で明るい赤い薔薇。彼といれば、あなたを待つさびしさも、悲しみも、忘れられた。
あなたはきっと、わたしが赤い薔薇と結婚しても、傷つかないと思っていました。
あなたはわたしのほかに大勢の仲間や友人がいたし、わたしに告げた愛の言葉は、その場かぎりのたわむれだったのだと思っていたから……」
エイリッヒさんはくちびるをかんで、ご主人さまの話を聞いていました。顔色が悪く、苦しそうです。でも、そこで、エイリッヒさんは叫びました。
「シャルラン! こいつの言うことなんて信用するな! こいつは、おまえをだましてるんだ」
今度はご主人さまの顔色が変わります。
なんですか。二人のこの果たしあいみたいな厳しい顔つきは。
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