一度目は安堵。
二度目も、やはり安堵を覚えることでしょう。
さて、二度目のそれは本当に「安堵」でしょうか? そんな感情を覚えたあなたも、そして私も、既に"彼女"に溺れているのかもしれません。
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定上栄さんと言えばファム・ファタール、強い魔性を持った女性……というイメージのある私でしたが、本作品を拝読して、ますますそれが実感を伴って根付いてきたように思います。
静かな筆致で綴られた「閉塞的な空間」と「人間の心理」。いい意味で派手ではないにもかかわらず、読み手の心にもどくどくと迫ってくる不穏でいっぱいです。
さて、私はタイトルに「二度の結末」と記しました。
というのも、私が本作を拝読している途中、一度「ああこれで終わったんだ……良かった……」と安堵を覚えた回があったのです。
しかし同時に「でもここで終わるわけなくないか?」と微かな不安も覚えて。全体のページ数や字数を全然気にしていなかった私が、目次に戻ってみて驚いたのを覚えています。このお話、あと半分あるぞ!!!!
もの凄く悪い予感がしました。(褒め言葉です)
いわば「後半戦」とでも言いましょうか。
恐る恐る物語を進めると、そこからはもう怒涛の展開の数々。容赦のない魔性。アクセル前回。前半のパートなんて生易しかったなと感じるくらい、ずぶずぶと物語に引き込まれてしまいました。
怖い、と思うのに、止まらない。
これはおかしいんじゃないか? と思うのに、逆に私がおかしいのかとさえ思えてくる。
そうして後半、今度こそ100%読み終えたあとに訪れるのは二度目の安堵です。
本作未読でこちらのレビューを読んでくださっている方は、「上記のように書いておいてどこが安堵?」と感じるかもしれませんね。ぜひ一度読んで確かめてみてください。
あなたが最後に感じるのは恐怖ですか? それとも、安堵ですか?
閉鎖的な社会における問題と、倒錯する愛、許されない異常な性癖という要素を、ほんの少しのファンタジー要素で恐ろしいほどに薄暗く澱んだ雰囲気を作り出しています。
客観的に見て、登場人物にとって「良かった」と思えるシーンが一つもないという恐ろしさ、そしてその中で登場人物は確かに幸せを感じているという歪さ。これがこの作品をサイコホラーたらしめ、結末まで全て澱のように喉に突っかかるような不快感を与えてきます。
何がどうなっていたら平和だったのかIFの想像すらできない、確かに間違っているはずなのにこれが最善のエンドだったのではとすら思う、読者すら魔性にかかるような作品です。