ここのところ、定型詩も散文にも、少しもやっとしていました。
カクヨミで何やら書き始めてから、一年ちょっとになりますね。
スランプってわけではないです。まだまだ(笑)
作文力など、見直すところは山ほどあるのに、
ふわりと詩論や論法に引っかかってしまっていました。
――いや、まだ早いだろう、と自分でも思いつつ。
そんな時に、こんなお言葉を頂きました。
〝一字不識、而有詩意者、得詩家真趣〟
朝、寝惚けていた私は「公案かしら?」と思ったのですが、違いました。
明代末期の随筆『菜根譚』に収められている言葉だそうで、
早速、書店に探しに行きました。
的は外していましたが、そう遠くもないかな、という全文がこちら。
一字不識、而有詩意者、得詩家真趣。
一偈不参、而有禪味者、悟禪教玄機。
文字を知らずとも詩情をもつ者は、詩人の真の楽しみを得ている。
(禅の教義である)偈の一つも学ばずとも禅味をもつ者は、
禅の教えの奥義を悟っている。
書き下しは、ちょっと省略しました。
ふんわり読んで、なんとなく詩歌を楽しめばいいじゃないか。
そう言ってくださっている言葉なのだと思います。
けれど、ちょうど迷いを感じていた私には、
「余りいい気になって足元を見落とすな」とも読めました。
ありがたい言葉です。
そして、分かったつもりになってはいけないなぁと、心に染み入りました。
また一つ、好きな言葉が増えました。°˖☆◝(⁰▿⁰)◜☆˖°
これまでに頂いたレビューやコメントもそうですが、
やはり、読者であり、同時に作家でもある皆さんの言葉は深い。
いい励みにも、刺激にもなりますね。
