4.初めての作戦
天幕の中に案内され、テーブルの前に座らされた。そのテーブルにはこの周辺が詳細に書かれている地図があった。
「さて、俺はロネの話を信じることにする。で、そのセキっていう大鷹が見た現状を教えてくれねぇか?」
髭を撫でながら、こちらを鋭い眼光で見てくる。相変わらず圧が強いけれど、嫌な感じはしない。
「賊の数は468」
「どうして、それが分かった」
「セキが数えてくれたから」
「……その大鷹、数えられるのか?」
「もちろん、楽勝だよ」
「うわっ、喋った!」
セキが胸を張って喋ると、団長が仰け反るように驚いた。そして、疑わしい目でセキを睨みつける。
「魔物じゃねぇよな?」
「大丈夫。私と一緒に生まれてきたから」
「な、なんじゃそら……逆に大丈夫なのか?」
正直に話すと、今度は悩まし気に頭を抱えた。なんだか、表情がころころ変わって面白い。
「今はそれどころじゃないな。それで、賊はどこにいた?」
「ここの東の森。三日後に町に到着するって言っていた」
「三日後? 妙だな……この場所から町までは四十キロくらい。二日で来れる」
「一日は偵察するんじゃない?」
「……そういうことか。お前、頭いいんだな」
団長が褒めてくれた! なんだか嬉しい。もっと、助言したら褒めてくれるかな?
「しかし、468人か……。俺たちは196人。倍以上の差があるな。さて、どうやって叩くのがいいか」
「だったら、奇襲がいいんじゃない。もう、通ってくる道が分かるんだから」
そう言って、私は地図に指を差す。
「ここに一本の森道が通ってた。ブルーギルはここを通ってくるよ。だから、途中に潜伏して奇襲をするのがいい」
「……」
「でも、ただの奇襲じゃない。集団を分断して、戦力を二分にする。まず先に、後方を三分の二の戦力で叩き、前方の賊をそのまま道を進ませて逃げさせる。でも、逃げると面倒。だから、道に穴罠を作る。穴罠に嵌らせ、残りの三分の一で穴罠に入らなかった賊を引き付けておく。多分、その間に後方も片付いているだろうし、前方の援護に入って殲滅すればいいんじゃない?」
戦力が足りないなら、策を実行するしかない。人数が足りない場合、奇襲が有効的だ。混乱していればこちらの人数を冷静に見る余裕は無くなるから、兵力差をごまかせる。
団長を見てみると、険しい顔をして地図を見つめていた。
「……いけそうだな。ロネ、お前頭がいいんだな」
「えへへ、そうかな?」
「あっ、調子に乗ってる」
「もう……セキ、うるさい」
また、褒められて嬉しい。いつもとは違う人に褒められると、心がふわふわしてとてもいい気分だ。
「なんだか、上手くいけそうな気がした。この作戦でいく」
「私も手伝う! 町を守るため、孤児院のみんなを守るために、力を貸したい!」
「戦場で何が出来るんだ? 遊びじゃねぇんだぞ」
「セキで偵察は出来るよ。討ち漏らした賊の追跡とか」
「たしかに、討ち漏らしたら追うのが大変だな……。分かった、連れて行こう。だが、安全な後方にいてもらう」
そうそう、討ち漏らすのが一番危険なんだ。ほっとくと、いつ、どこの町や村が襲われるか分からない。だから、絶対に殲滅しないといけない。
団長は立ち上がると、天幕の外に出ていった。そして、声が聞こえる。
「お前ら、仕事の時間だ!」
◇
団長は私の策を使って、ブルーギルの討伐を行うことを団員たちに伝えた。団員たちは始め不安そうな顔をしていたけれど、策の内容を聞くと、誰もが納得した顔になった。
なんとか団員たちの賛同を得て、策を実行することになった。ブルーギルが通る森道に到着すると、早速、穴罠を掘り始める。
「あっ、穴罠に被せる蓋はそれなりに頑丈にしてね」
「ん? どうしてだ?」
「あまり弱くしちゃうと、少しの人数しか捕まえられないから。大量に捕まえるためには、穴罠の上にたくさんの人を乗せた後で蓋が崩れるようにしなくちゃ」
そう話すと、団長も団員も感心したように頷いた。
「でも、欠点が一つ。たくさんの人が穴罠に入ると、穴を脱出されちゃうんだよね」
「あー。人が重なって梯子の役目になるからか」
「うん、そうされると折角の穴罠が無駄になる。だから、穴罠の底に杭を設置して。そうしたら、落ちた時に足が怪我をして、人を支えるのが無理になるよ」
にっこりと答えると、団員たちは顔を引きつらせた。
「ロ、ロネ……お前、可愛い顔してえげつないことを考えるな」
「えっ、だって逃げられたら困るじゃん。あの賊は生かしておいたらダメだと思う」
だって、あの賊たち……町の人を皆殺しにするとか、女を犯すとか、奴隷にするとか言っていた。そんなことを言う賊に生きる価値なんてない。
◇
一通り指示を出した後、私はセキを空に飛ばせて地形を確認した。奇襲に適した場所を見つけるためだ。
奇襲に適した場所、それは道幅が狭く、曲がり角があるところ。道幅が狭いと、賊が広がれずに縦長になる。密集が薄れたところで奇襲すると、簡単に前後を分断出来る。
それに、曲がり角。曲がり角を利用することで、前と後ろが見えなくなる。その状況で奇襲されたら、規模がはっきりと見えないし、分断されたことも分からない。
お互いにこう思う……「前が奇襲された」「後ろが奇襲された」と。そうすると、賊は前と後ろに向かって逃げる。倍以上いた賊が奇襲で減らされ、分断される。討伐しやすくなる。
だから、理想の立地が必要だ。
『ロネ、見つけたよ』
その言葉に目を閉じて、セキの視界を見る。すると、細くなっている曲がり角を見つけた。
『うん、奇襲場所はそこで決定』
理想の立地だ、これならばきっと奇襲も上手くいくはず。私は早速団長に話し、その場所に案内した。
「ほう……なるほど。この場所なら奇襲に持って来いだ。良く見つけたな、二人とも偉いぞ」
「えへへ」
「私も褒められた!」
団長が私とセキの頭を撫でて褒めてくれた。やっぱり、褒められるのはいい!
「よし、穴罠が完成次第、潜伏する」
「だったら、私たちが賊の居場所を監視するよ。セキ、また飛んでくれる?」
「もちろん、飛ぶよ! 全然疲れないし、たくさん飛べて嬉しい」
そう言って、セキは嬉しそうに空に飛んでいった。
5.初めての戦い(賊視点)
森道に、下卑た笑い声が響いていた。
薄汚れた服に粗末な革鎧。錆の浮いた剣や斧を腰に下げた男たちが、長い列を作って森の中を進んでいる。
ブルーギル。他郡から流れ着いてきた賊の集団。
「明後日には町か。あぁ……早く殺してぇなぁ……」
男の一人が、舌なめずりするように笑う。
「面倒な偵察なんざやめて、今夜そのまま襲っちまうか?」
「いいな、それ。女は早い者勝ちだぞ?」
「ガキがいたら俺に回せよ。泣くまで遊んでやる」
げらげらと笑い声が広がる。そこに罪悪感など欠片もない。まるで酒場で今日の夕飯でも話すような気軽さで、人を殺し、奪い、蹂躙する話をしている。
誰も止めない。誰も咎めない。それが当たり前だからだ。
弱い者から奪う。抵抗する者は殺す。気に入った女は犯し、子供は売り払う。ブルーギルとは、そういう集団だった。
警戒心もなしに森道を進むと、細い曲がり角が見えてきた。すると、ブルーギルの隊列は自然と縦長に伸びていく。
前の様子も、後ろの様子も見えない。だが、賊たちはそんなことを気にしない。どうせ何もない、と高を括っていた。
そして、隊列の中程が曲がり角へ差しかかった、その時だった。
「――《爆ぜろ》!!」
轟音。森の静寂を引き裂くように、真紅の爆炎が炸裂した。
「がぁぁぁぁっ!?」
「ぎゃあああっ!!」
「あぁぁぁっ!」
火炎が賊たちを呑み込み、衝撃で人間が吹き飛ぶ。肉の焼ける臭いと悲鳴が一瞬で森に広がった。
それだけでは終わらない。直後――。
ヒュッ!! ヒュヒュヒュヒュッ!!
空気を裂く音と共に、森の両側から無数の矢が降り注いだ。
「うわぁぁぁっ!? 奇襲だぁ!!」
「ど、どこからだ!?!?」
「ぎっ――!」
喉を射抜かれた男が血を噴き出して倒れる。別の男は肩に矢を受け、悲鳴を上げながら地面を転げ回った。
「に、逃げろ!!」
その瞬間、賊たちは完全に混乱した。何が起きたのか分からない。敵がどこにいるのかも分からない。ただ突然、爆炎と矢が降ってきた。
前方にいた賊たちは、後ろが襲われたのだと思い込み、慌てて前へ走り出す。
「前に抜けろ!! 囲まれるぞ!!」
一方、後方の賊たちは前が壊滅したと思い込み、恐怖に駆られて後退を始めていた。
「前がやられた!! 逃げろ!!」
押し合い、怒号を上げ、隊列は瞬く間に崩壊していく。そして、両者が離れた時、声が轟く。
「突撃ぃぃぃっ!!」
森の奥から、怒声が轟いた。次の瞬間、潜伏していたスペクトル傭兵団が一斉に飛び出す。
剣を抜き放ち、槍を振り上げ、獣のような勢いで賊たちへ襲い掛かった。
「ぎゃああっ!?」
「な、なんでここに傭兵がっ――」
「くそっ! どうしてこうなった!」
混乱しきった賊たちは、まともな陣形すら作れない。逃げ惑う者。武器を落とす者。仲間を押し退ける者。
その隙にスペクトル傭兵団が確実にトドメを刺していく。悲鳴が辺りに響き、後方にいた賊たちはその数を急激に減らしていった。
そして、その混乱の中、前方へ逃げ込んだ賊たちは気づいていなかった。自分たちが、さらに最悪の罠へ向かっていることに。
前方へ逃げ出した賊たちは、我先にと森道を駆けていた。
「急げ! 後ろがやられてる!」
「囲まれるぞ!!」
恐怖に駆られ、誰も周囲を見ていない。足元など気にする余裕もなかった。
そして――ミシッ。嫌な音が響いた。
「……あ?」
次の瞬間――バキバキバキッ!! 地面が崩れ落ちた。
「ぎゃあああぁぁっ!?」
「うわぁぁぁっ!!」
「何ッ!?」
三十数人の賊たちが、一斉に穴へと飲み込まれる。
直後。
ブシュッ!!
「がぁぁぁぁぁっ!!?」
穴の底から絶叫が響き渡った。鋭い杭が、落下した賊たちの足や腹を容赦なく貫いていた。
「足がぁぁぁっ!!」
「抜けねぇ!! 痛ぇぇぇぇ!!」
「た、助けろぉぉぉ!!」
血が飛び散り、狭い穴の中で男たちが折り重なる。負傷した者が他の者を押し潰し、さらに悲鳴が増えていく。その光景を見た後方の賊たちが、顔を青ざめさせた。
「穴罠だ!!」
「ど、どうしてこんなところに!?」
「はめられたのか!?」
完全に動揺した、その瞬間だった。
ヒュッ――!!
「ッ!?」
再び森から矢が飛来した。
「ぐぁっ!?」
「ぎっ――!!」
「うわぁぁっ!?」
喉を射抜かれた男が倒れる。脚に矢を受けた男が悲鳴を上げて転がった。
「隠れろ!! 木の陰に――」
「どこから撃ってやがる!?」
混乱した賊たちは互いにぶつかり合い、隊列は完全に崩壊していた。逃げようにも穴罠が道を塞ぎ、立ち止まれば矢が飛んでくる。
そして、矢雨が止んだ。一瞬の静寂。
その直後――。
「突撃ぃぃぃぃっ!!」
森を揺らす怒号が轟いた。次の瞬間、左右の森から武装した傭兵たちが雪崩れ込む。スペクトル傭兵団だった。
「殺せぇぇぇ!!」
「一人も逃がすな!!」
「殲滅だぁ!」
賊に向かって剣が振り下ろされ、槍が賊の胸を貫いた。
「ぎゃぁぁっ!!」
「ま、待て! 降参――」
「うるせぇ!!」
混乱しきった賊たちは、まともに抵抗すら出来ない。武器を構える前に斬られ、逃げようとして射抜かれ、仲間同士で押し合いながら次々と倒れていく。
もはや戦いではなかった。一方的な蹂躙だった。
「ひぃぃっ! もう駄目だ!」
「に、逃げろ!」
「勝てるわけねぇ!」
すると、その集団から数人の賊が森の中に飛び込んでいった。必死に足を動かして、逃げる。闇雲に逃げれば、きっと後を追ってこれまい。そう思っていた。
だけど、その森には――大鷹が目を光らせていたのを知らなかった。
「いたぞ!」
「な、なんで場所が分かるんだ!?」
逃げ出した数人の賊の後ろに、すぐにスペクトル傭兵団が迫っていく。賊たちは困惑した。なんで、自分たちの居場所が分かってしまうのだと。
その時、賊の足元に風が吹いた。茶色い風が。その風で足元を取られ、盛大に転んだ。
すると、あっという間にスペクトル傭兵団に囲まれ、その体に刃が突き刺さった。
もう、ブルーギルの残党は一人も残っていなかった。