4.働きに行こう
それから、サリンダお姉さんに説明を聞いた。ここで働くには冒険者登録が必要らしく、私は手続きをした。
冒険者にはランクがあって、F、E、D、C、B、A、Sに分かれているらしい。その中で依頼をこなしていると、ポイントが溜まってランクアップしていく仕組みだ。
ランクアップは町の中で働く私にはあまり関係のないことだと言っていた。でも、上がるのは嬉しいから、上げておきたい。
その後、冒険者カードを発行してもらった。証明書みたいなもので、これがないと困るらしい。
お金を貯められるシステムもあって、大金が入ってきても持ち運ばなくていいから安心だ。
血を一滴垂らすだけで、他の人には使えないシステムになっているらしい。冒険者カードって不思議だ。
「これで、レミは冒険者の仲間入りよ。って言っても、まだ見習いだけどね」
「なんか、新しい自分になったみたいで嬉しい」
「そう言ってくれると嬉しいわ。冒険者になったんだから、次は仕事探しよ。あそこにボードがあるでしょ? そこに仕事の依頼が張ってあるわ。そこから、自分が出来る仕事を見つけてくるのよ」
「ここからは俺が説明するよ。レミ、来いよ」
エルゴが私の手を引っ張って、ボードの前に来た。
「真ん中と右のボードは外に出る冒険者専用の依頼書が貼られている。俺たちが見るのは、一番左にあるボードな」
指を差したボードを見る。そこには、色んな文字が書かれた紙がたくさん貼られていた。
「文字は読めるか?」
「うん。読み書きなら、教えられたから分かる」
「良かった。だったら、依頼書を見ていこう」
私は依頼書に目を通した。色々な仕事がある。一日だけのもの、数日や数週間のもの、常設なもの。
「常設って何?」
「ずっと仕事があるってことだ。だから、安定して働ける。始めは常設で働いた方がいいと思うぞ。あちこちで仕事をするのは大変だからな」
確かに、色々と仕事をするのは大変そうだ。だったら、言われた通りに常設で同じ仕事をして、慣らした方がいいかも。
常設の依頼書だけに絞って、中身を確認する。私に出来そうな仕事は……。
「これ、なんてどうかな。荷運び」
「あぁ、いいと思うぞ。荷物を届ける仕事だ。軽い荷物から重い荷物まであるんだ。これは出来高制で、多く運べばたくさんお金が入ってくる」
「だったら、軽い荷物だけ運べばお得ってこと?」
「そう簡単な話しじゃない。軽い荷物は金が安い。重い荷物の方が金が高く設定されている。安い金でたくさん動くか、高い金で重い物を持つか、だな」
そうなんだ。楽だけどお金が安いか、大変だけどお金が高いか、か。私はどっちを選べばいいんだろう。
「それに決めるか?」
「うん、これにする」
「だったら、サリンダ姉さんのところに戻ろう」
働く仕事の内容を決めると、再びサリンダお姉さんの所に戻った。
「どうだった? 良い仕事はあった?」
「うん、荷運びにする」
「俺は商会の手伝いで」
「分かったわ。ちょっと待ってて」
引き出しから紙を出すと、そこに記入をした。記入が終わると、手渡してくる。
「はい。これを担当者に渡してね。そして、仕事が終わったら返してもらって、またここに出して」
「うん」
「レミちゃんは初めてだから、場所を説明するわね。この地図を見て。荷運びの仕事は、同じ通りの二ブロック奥にあるところよ」
地図を見て、場所を確認する。そして、住所も書かれてあったから確認した。
「うん、大丈夫」
「良かった。じゃあ、初仕事頑張ってくるのよ」
「うん!」
今までやってきたお手伝いじゃない。ちゃんとした、仕事をするんだ。なんだか、一気に大人になったような気がした。
冒険者ギルドを出ると、エルゴに肩を叩かれる。
「じゃあ、ここからは別れよう」
「あっ……」
そうだった。エルゴは違う仕事に行くから、ここで別れないといけないんだ。自覚すると、不安が押し寄せてくる。
紙をギュッと握り、自然と俯いてしまう。しばらく黙っていると、ポンっと頭に手が乗った。
「大丈夫、レミなら出来る。縮こまってたらダメだ、堂々としろ」
明るい声に自然と不安が薄れていく。
「とにかく、やる気を見せるんだ。自分なら出来るって言い聞かせるんだ。そしたら、絶対に出来るから」
「自分に言い聞かせる……」
呟くと、何故だか力が沸いてくる。見上げるとエルゴは笑っていて、強く頷いていた。
「いけるな?」
「……うん、行く」
「よし、行ってこい!」
バンと背中を叩かれると、顔を上げた。そして、仕事場に向かっていった。大丈夫、自分なら出来る。
5.コハルト支部輸送組合(1)
「えーっと、この辺りのはずなんだけど……」
通りを二ブロック進んできた。辺りを見渡しながら進んでいると、目的地の看板が見えてきた。
「あった。コハルト支部輸送組合」
文字、合っているよね? じゃあ、ここに入れば仕事が出来るんだ。そう思って、扉のノブに手をかけると、不安が襲ってきた。
ここはちゃんとした仕事をする場所、こんな子供を受け入れてくれるんだろうか? もしかして、追い出されたりするんだろうか?
もし、仕事が出来なかったらどうしよう。そんな、嫌なことが思い浮かぶ。
その時、エルゴの言葉が頭に響いた。「堂々としろ」と。
……そうだよね、うじうじしていても何も変わらない。誰も助けてくれない。だから、自分で切り開いていくしかないんだ。
グッとノブを握る手に力を籠めると、顔を引き締める。そして、扉を開いた。
「ご、ごめんください!」
声を上げて、建物の中に入る。入ったのはホール。カウンターが並び、そこには大人の人たちが不思議そうにこちらを見てきていた。
緊張で胸がドキドキする。大きく深呼吸をすると、一歩を踏み出した。カウンターの前に立つと、紙を差し出す。
「あの……ここで働きたいの!」
「えっ、あっ……もしかして、冒険者ギルドの求人を見てきた?」
「う、うん。そこで依頼書を確認して来たの」
声を張り上げて、なんとか説明する。カウンターの前にいた人は驚きながらも、紙を受け取ってくれた。
「……本当ね。親は働くことを許してくれたの?」
「えっと、その……捨てられて……」
事実を伝えるのは胸が痛む。だけど、聞かれたからには答えなきゃダメだ。何とか言葉にすると、その人は表情を歪ませた。
「そんな、またそういう子が出てくるなんて……」
「……親が許してくれないと、ダメ?」
「……ううん、ダメじゃないわ」
よ、良かった……。じゃあ、ここで働かせてもらえるかな?
「でも、仕事は大変よ? 荷物を間違いないように届けないといけないから。文字は読める?」
「文字、読める! ここの看板もちゃんと読めたよ! 依頼書だって文字が読めたよ!」
「そうね、読めないとここにはこれないものね。ちょっと、待ってて。上の人に確認してくるから」
よし、ちゃんと文字が読めることをアピール出来た。これで、働かせてもらえればいいけれど……どうかな?
待っている間、心臓がドキドキして緊張した。悪い予感と良い予感が交互に襲ってきて、とても落ち着かない。
お願い、私をここで働かせて。手を組んでお願いした時、先ほどのお姉さんが戻ってきた。
「おまたせ。まずは話を聞きたいって言ったから、こっちに来てもらえる?」
「う、うん!」
……まだ、何かある? 不安を感じながら、開けられたカウンターから奥へと移動した。ホールを出て、廊下に出ると、その廊下を歩く。そうして、一つの扉の前にたどり着いた。
「失礼します」
お姉さんが扉を開けて中に入って行った。私も遅れないように中へと入って行く。そこは綺麗な部屋でソファーやテーブルがあり、奥には机とその前に座っているおじさんがいた。
「お連れしました」
「後は任せろ」
「はい。じゃあ、頑張ってね」
お姉さんがそう言っていなくなり、部屋には私とおじさんが残された。おじさんは無表情でこちらをジッと見つめてきて、怖い。ドキドキしながら、待っていた時――。
「名前は?」
「レミだよ」
「親に捨てられたっていうのは本当か?」
「……う、うん」
「どうして、働きたいと思った?」
「働かないと生きていけないって教えられたから……」
質問が来たが、どれも短くて答えやすいものだった。慎重に答えていくと、おじさんは背もたれに体を預けて腕組をした。
「今のままでは、雇えんな」
「えっ!?」
「働くための必要なことが分かっていない」
やる気だけじゃダメってこと?
「あ、あのっ……必要なことを教えて。私、頑張って覚えるから!」
「本当に出来るのか?」
ジロリとおじさんが鋭い目で見つめてくる。その目に負けてしまいそうだけど、気持ちで負けたらだめだ。強い気持ちで、訴えるんだ。
「うん、出来る! なんだってやる!」
はっきりと大きな声で言えた。すると、おじさんが話し始める。
「……なら、まず覚えるべきは言葉遣いだ」
「ことばづかい?」
思っていた答えと違って、私は目をぱちぱちさせた。力仕事とか、荷物の持ち方とか、そういう話だと思っていたから。
おじさんはそんな私を見ながら、静かな声で続ける。
「ここはただ荷物を運ぶだけの場所じゃない。商人、職人、冒険者……色んな人間が出入りし、対応していく。相手に信頼されなきゃ仕事にならん」
「しんらい……」
「荷物ってのはな、人によっては命より大事なもんだ。商売の品だったり、家族への手紙だったりする。それを預かる以上、雑な態度を取る奴には任せられん」
確かに、もし私だったら乱暴な人にはお願いしたくないかもしれない。
「だから必要なのが敬語だ」
「けいご……」
「難しく考える必要はない。相手を敬う言葉だ。丁寧に接すれば、相手も丁寧に返してくれることが多い。それだけで、子供のレミでも生きやすくなるだろう」
おじさんはそこで少しだけ目を細めた。
「もちろん、中には嫌な奴もいる。だがな、言葉遣いがちゃんとしているだけで、無駄な揉め事は減る。仕事も回しやすくなる」
「……」
「特にお前みたいな子供は舐められやすい。だが、礼儀を覚えているだけで印象は変わる。『ちゃんとしてる子だ』と思わせられるんだ。それはレミに取って武器になる」
ちゃんとしてる子。そう見られたら、生きやすくなるの? 言葉一つで、そんなに変わるの?
「例えばだ。さっきお前は『ここで働きたいの!』と言ったな?」
「う、うん」
「間違いじゃない。だが、仕事の場ならこう言う。『ここで働かせてください』とな」
それだけなのに、すごく大人っぽく聞こえた。ちゃんと見えた。全然子供っぽくない。
「す、すごい……」
「それと、人に話しかける時は『ごめん』じゃなく『失礼します』、『うん』じゃなく『はい』。そういう小さい積み重ねが信用になる」
信用。生きるためには必要なものなんだ。私には何もない、だから少しでも自分の身を守るための武器は必要だ。
だったら、ここで私が言うべき言葉は――。
「あの……ここで働かせてください!」
はっきりとした声と敬語で気持ちを伝えた。すると、今まで無表情だったおじさんがニッと笑った。
「あぁ、採用だ」
6.コハルト支部輸送組合(2)
扉を開けると、そこは広い倉庫のようだった。沢山の棚があり、その棚には大小さまざまな箱が置いてあった。
木箱、麻袋、樽。見たこともないほど沢山の荷物が積み上げられている。天井も高く、むわっとした木と麻の匂いが鼻をくすぐった。
「わぁ……」
思わず声が漏れる。
その倉庫の中を、大人たちが慣れた様子で歩き回っていた。重たい荷物を肩に担ぐ人。台車を押して走っていく人。帳簿を見ながら何かを確認している人。
みんな忙しそうだ。
「ぼさっと突っ立ってるな! 邪魔だ!」
「ひゃっ!?」
慌てて横に飛び退くと、大きな木箱を載せた台車が目の前を通り過ぎていった。
「ご、ごめん……なさい!」
「おう、気を付けろ」
大人の男の人はそれだけ言うと、また仕事へ戻っていく。怒鳴られるかと思ったけど、そんなことはなかった。
「こっちだ」
おじさんに呼ばれ、私は急いで後を追いかけた。倉庫の奥まで進むと、一つの机が置かれている場所にたどり着く。そこには、ちょっと若いおじいさんが座っていた。
「むっ、組合長。何か用ですかな」
「日雇いの働き手を連れてきた」
「ほう、子供か……」
「あぁ、実はな――」
すると、おじさんとおじいさんこそこそと話し始めた。一体、何を話しているんだろうか? 気になるけれど、無理やり聞くのは失礼だよね。だから、黙って待っていた。
「――という訳だ。働かせてもいいか?」
「組合長が決めたなら、従う」
「なら、頼んだ」
どうやら、私のことを頼んでいたみたいだ。おじさんに一言声を掛けられると、いなくなってしまった。すると、おじいさんがこちらを見てくる。その目がとても鋭くて、怖くなった。
「子供だからって、特別扱いはしない。普通の大人のように働いてもらう。それでいいか?」
「えっと、うん……」
「あぁっ? 言葉が違うな」
「ごめんなさいっ! は、はい、です!」
いけない、つい普通に話してしまった。慌てて言い直すと、怒り顔のおじいさんの表情が少しだけ緩んだ。
「で、どんな仕事か分かるか?」
「えっと、初めてなので……教えて欲しい、です」
「よく、聞けよ。ここには依頼主から託された荷物や手紙がある。それを、届ける仕事じゃ。流れは行き先を確認し荷物を届ける。もし、不在だった時は不在票を入れる。基本はこれだけだ」
ちょっと難しそう。ちゃんと住所を見れるのかとか、間違いなく届けられるのとか。失敗したらとても大変なことになりそう。
「日雇いの場合、出来高制で給金が支給される。手紙が一通50タル、軽い小包なら80タルじゃ。もっと大きくて、重たいものだと200タル以上にもなる」
運ぶのが大変な荷物が高いね。高い値段の荷物を運んだ方がお金を稼げそうだけど、私には無理かな?
「レミはまだ小さいし、仕事の要領も分かっていない。だから重い荷物は無理だろうし、手紙で数をこなすのも無理じゃ。じゃから、軽い小包から始めた方がいい」
おじいさんのいう通りだ。重い物を持つのは無理だし、かといってたくさんの場所に配り歩くには道を知らなすぎる。私の分からない所を教えてくれるのは助かるな。
「始めは見繕ってやる。その次からは自分でやるんじゃぞ」
「は、はい! お願い、します!」
「それと、何か役に立つスキルは持っているか?」
「えっと、≪努力補正≫っていうスキルを持ってる、ます」
「あー……行動に補正がかけてくれるスキルか」
おじいさんは髭を撫でながら考え込んだ。やっぱり、ハズレスキルだから役に立たないよね。
自分のスキルに落ち込んでいた時、おじいさんがぶっきらぼうに答える。
「……まぁ、役に立つじゃろう」
「えっ……でも、ハズレスキルって聞いた……です」
「ハズレスキルじゃとしても、使い方次第じゃ。工夫次第で、どんなスキルでも役に立つ」
私の工夫次第? 強い目で伝えられた。そうしたら、自分のスキルが本当は良いものじゃないかって思えてきた。
そうだよね、神様からの贈り物なんだから、それを使わないのは悪い。折角の自分の力なんだから、ちゃんと使ってあげないと。もう一つの自分なんだから。
「……分かった。信じ、ます」
「ふん、ようやく分かったか。話は終わりじゃ、仕事をするぞ」
おじいさんは大きな鞄を持って立ち上がると、倉庫を歩き出した。ついていくと、倉庫の出口付近に到着した。
「棚の説明をする。出入口の扉に近いほど、古く依頼された荷物じゃ。じゃから、出入口に近い荷物から配達する」
「は、はい」
「この棚で持てる物は……」
おじいさんは棚に近づき、荷物を一つずつ吟味していく。そして、私のカバンの中に入れていった。すると、カバンがどんどん重たくなっていく。
体がどんどん傾いていくと――。
「そこでスキルを使わんでどうする」
「あっ、そうだった!」
こういう時に私のスキルが役に立つんだ。確か、意識を集中して……。すると、体から力が湧き上がってきた。思っただけで発動するなんて不思議。
「軽くな、りました」
「もう少し、自分で考えるようになりな。じゃあ、まだ詰めるぞ」
頷いて答えると、おじいさんはさらに荷物を詰めていく。どんどん重たくなっていくけれど、スキルのお陰でそんなに重たさを感じない。
「こんなものか。体はどうだ?」
「……大丈夫、みたいです」
荷物を持って歩いて行くと、問題なく歩けていた。これなら、荷物を持って配っていけそうだ。
「全部で八個か。まぁ、こんなもんじゃろう。それじゃあ、これが不在票じゃ」
おじいさんが棚の端に置いてあった紙の束を渡してきた。これは不在の家に入れておく紙。うん、ちゃんと覚えた。
「最初の流れを教えておく。カバンに荷物を詰めると、わしのところに来い。何個配達するか記録する。帰ってきたら、すぐにわしのところに来い。どれだけ配ったか確認する。どれだけの給金を渡せばいいのか計算する」
「はい」
「休憩時間は好きに取って構わない。自分の体調管理は自分でやるんだ。そこまでは、面倒見切らんぞ」
「……やる。ううん、やります!」
覚えることはたくさんあって、体を動かさなきゃいけないこともたくさんあって、とても大変だ。だけど、生きるためには働かなきゃいけない。
だから、めげない。この仕事をしっかりとこなして、信用を手に入れて、認められるんだ。そうしたら、少しは生きやすくなるはず。
すると、おじいさんは厳しい顔つきのまま頷いた。
「やる気はあるようじゃな。これが簡易な地図になる。これを見て、荷物を届けてくれ」
「はい。それでは、行ってきます!」
地図を貰うと、私は重たいカバンを背負って外に飛び出していった。