第一章を公開しました。
この物語の始まりは、何かが起きた瞬間ではなく、「まだ何も起きていない時間」の中にあります。
長月音依は、東京の夜と、故郷の海と、そのどちらにも完全には属さない場所に立っています。
満たされていないわけではないが、満ちきってもいないです。
季節が変わる直前の空気、月が丸くなる直前の輪郭、人生が動き出す直前の静けさ。
この第一章では、何かを選ぶ決意も、はっきりした行動も描かれていません。
ただ、「このままではいられないかもしれない」というまだ声にならない感覚だけが、夜の匂いや音の層と一緒に、静かに立ち上がっています。
帰れる場所があること。守られていること。だからこそ踏み出せずにいること。
その矛盾を抱えたまま、音依は“始まる前の位置”に留まっています。
この作品は、何者かになる物語というより、何者かになる直前の、満ちきる前の時間の重さを見つめていく話です。
欠けているからこそ光っている月のように、未完成であることそのものを、まずはそのまま夜の中に置いてみました。