こんにちは。澄野あさひです。
W杯スウェーデン戦の余韻に浸っておりますが、今回も裏フレンズ始めていきましょう。
今回は第1章 -1-(5)についてです。第1章-1-のラストですね。
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前話で保健室という居場所を手に入れた朋弥。今回はそこでの毎日のルーティン描写から始まります。つまり少し日数が経過しています。
ここは特に一語一語に深い意味を込めているという箇所ではないのですが、なぜこれを書いたかという意図はあります。たとえば……
《新しい教科書を開く。テキストとプリントで自分なりに解いてみる。時間割通りの教科を、時間割通りの時間で取り組む。》
ここは、朋弥は学校をサボっているわけじゃなくて真面目に過ごしていますよ、というのを伝えたかった箇所。保健室登校だからってダラダラしているわけじゃないですよ、と。
朋弥は真面目な性格で、コツコツと勉強していて頭もいいという説得力を持たせるための行動描写です。設定じゃなく行動で見せたい!
意識して見ていただくとお分かりかと思いますが、朋弥の勉強描写は今後もちょいちょい挟んでいます。
《拓海が必死でノートをとり僕に渡してくれた。こんなに真面目に授業を聞いたことはないと笑っていた。おかげで頭が良くなりそうだ、とも。》
ここは拓海の人柄や関係性を見せるための描写。この描写で拓海は朋弥のように真面目に勉強しているタイプではないと分かります。でも朋弥のためにできることを自分なりに考えて頑張っている。しかもそれを恩着せがましくしない。いい奴ですね。
拓海の読者人気は高いだろうと勝手に予想しているんですけどいかがでしょうか?私は大好きです。まあ、朋弥視点で書いているのでいい奴に映るのは当たり前なのですが。もし彩香目線で書こうものなら“うざい兄”ですよ。笑
《先生は、何も言わない。》
ここに先生のプロフェッショナルな人柄も出ていますね。踏み込みすぎず、適切な距離感を保って接する。こんな先生と出会いたかった!
朋弥視点で言うと、先生はどこまで気づいているのか、何を考えているのか、信用できる大人なのか……関わり方を探っているところでもあります。だからまだ《頬杖をつきながら半ば適当に返事をする。》という態度なわけです。心を開いてはいないですね。
この毎朝のルーティン描写は、「朋弥が生活を手にした」という表現です。大阪から引っ越してきて、小田家以外に知り合いのいない東京で、朋弥なりにひとつの形を手にして、毎日生活を営んでいる。相変わらず淡々としているけれど、そこにはちゃんと生活があり、呼吸がある。そんなことを表すための描写でした。
そして《バスケ部》というワードも登場します。物語上でバスケが重要なわけではないのですが、朋弥を構成するものの一つとして登場させています。
《七兄に憧れて、課外のスポーツクラブに入りたかった。月謝が高くて諦めた。だから中学の部活を楽しみにしていたはずだったのに。》
朋弥はバスケが好きなんですよね。七海がバスケをやっていて、その姿を見て朋弥や拓海も自然とバスケをするようになった。兄の背中を追いかけているわけです。
本当はやりたい。でも学校、教室、クラスメイト……そういうものに属するのが苦手。というより過去のトラウマが邪魔して、入る勇気が出なかった。中学生になったらバスケ部に入るぞ、と希望を持っていたのに、変われなかった自分のせいで。
「バスケをやりたい」という本音を押し殺して、諦めているわけです。小学生の頃はお金の関係で親に言えなかったんでしょう。そして今は人との関わりへの恐怖心で諦めている。
切なく、もどかしく、朋弥の抱えているものが垣間見える箇所です。
そして前話の如く無理矢理飲み込んだ給食を食後に吐き出します。4月下旬、つまり入学式から2週間ほど経過していてもまだ朋弥の精神状態は変わっていません。
気持ちを落ち着かせるため、昼休みに外へ出て学校の敷地内を歩いてみると、お気に入りの場所を見つけます。ここが後に大きな意味を持つことになる“校舎裏”ですね。
ここでお守り代わりのウォークマンで音楽を聴く。ノラネコの登場です。
《ジャケットの二人組が、街角で歌っていた姿と重なる。》とプロローグにも登場した彼らは何なのか?その出会いの回想です。
歩いていたらたまたま歌声が聴こえてきて、惹かれて、CDを買った。ストリートミュージシャン・ノラネコとの出会いは、結果的に朋弥の人生を変えるものになります。
音楽と出会い、音楽に支えられ、やがて————そんな未来に向けて、序盤から仕込んでいます。
《銀行から下ろしたままになっていた封筒》というのは、朋弥は母親から毎月振り込まれるお金で生活しているのですが、その扱いが適当というか無頓着というか、あまり大切にしていない感じが伝わればという意図です。
これはお金を大切にしていないのではなく、「母親との関係」に対してです。あまり触れたくない、という感じでしょう。
《「あなたたちの音楽は、簡単に無料で配るようなものじゃないです」》
この朋弥のセリフ、覚えておいてくださいね。かーーーなり後で回収します。笑
この価値観が朋弥の本質なのでしょう。不貞腐れて世界や人間を睨んでいるようで、しっかりとした誠意を持っている。根はいい子ってやつです。
朋弥は決して人間嫌いではないんですよね。他人ではなく自分が嫌い。だから、良いと思うものには誠実に向き合う。それが朋弥という人間の魅力だと思います。
ノラネコもうれしかっただろうなぁ。ノラネコはこの時点で既に人気者のストリートミュージシャンです。ファンもいっぱいいて、売上も安定している。だから中学生にもなっていないような子ども相手にお金を取ろうと思わなかったんでしょう。また来て、聴いてくれるだけでうれしい!って。大人はそう思いますよね。
けれど朋弥の誠意と熱意に押されてお金を受け取る。ノラネコは朋弥を、対等な関係として扱ったわけです。お互いにリスペクトし合ったんですね。
そしてこのノラネコ回想シーンで、初めて朋弥の「」付きのセリフが登場します。実はこれまでずっとモノローグのみだったのです。
この演出の狙いは、上手く言語化できなかったのでChatGPTさんにまとめてもらいました。↓
・朋弥が心を閉ざしていた世界に対して、初めて声を出す
・ノラネコが、朋弥にとって“沈黙を破る存在”である
・言葉を交わすことで、朋弥の人生が少しずつ変わり始める前触れ
そうそう、これが言いたかった!
ノラネコとの出会いは入学式より前の出来事なので、「東京に来たこと=朋弥の人生が動くきっかけ」になったわけですね。
実はプロローグより前の段階で人生が動き始めていた。それを第1章の1話目のラストで見せることで、ノラネコとの出会いは大きな意味を持ちそうだぞ、キーパーソンだぞ、と感じていただけたら狙い通りです。
朋弥はなぜノラネコに惹かれたのか、理由は作中では明言していませんが、それは朋弥自身が言語化できていないからです。
実際のところは、感情のままに歌っている様子を見て、感情を表に出せなかった朋弥が、こんなふうに感情を出していいんだと思えたからなんだと思います。
ところで「ノラネコ」って名前、結構いいでしょ?
この物語が私の妄想内だけで留まっていたときは、実在のミュージシャンを思い浮かべていました。しかし小説として世に出すのに実在の名前を使うわけにはいかない!(年代も現実と違うし)となり急遽考えたのが「ノラネコ」です。なのでモデルがいるんですよ。わかった人〜?
地の文でも埋もれず固有名詞とわかりやすい字面で、ストリートミュージシャンっぽくて、かっこつけすぎず、呼びやすく覚えやすい。そんな条件で考えました。
最初は「暫定で、嫌になったら後で変えよう」って思っていたのですが、書き進めるうちに予想以上に私の中でしっくりきまして、今では愛着MAXです。この名前にしてよかった!
校舎裏で一人静かにノラネコの音楽を聴く。そんなシーンで第1章-1-は幕を閉じます。
第1章-1-は、朋弥という人物像の提示、生活環境や人間関係、居場所の確保、そして今後の展開への布石を打つ回でした。
序盤にしては暗い雰囲気で好みが分かれる作品だとは思いますが、暗さを積み上げたところに光を差し込みたくてこうしています。
こうしていますというか、朋弥の人生はこうなんだから仕方ない!笑 私が勝手に変えられるものではありません。
新規読者の方にはどうか乗り越えて……!と念を送っています。
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ということで第6回の裏フレンズでした。
いかがでしたか?
次回も楽しみに!