篠村八幡宮で明智光秀が読み上げた願文は、250年前に足利尊氏が鎌倉幕府に叛旗を翻す旗揚げの際に読み上げたものと同じです。それを現代文に訳すと以下の様になります。
さて、八幡大菩薩は、
神聖な時代の中心にある宗廟であり、
源氏の家を再興した霊的な神である。
本地における真の証しの月は、
広大な天に高くかかり、
その現れた姿は外界に光を放ち、
七千余りの座の上に明らかに輝いている。
縁に触れれば万物を分化させるとしても、
まだ正式な礼による供物を受けたことはない。
慈悲を与えて生を助けるとしても、
それはあくまで、先祖からの正直な家系の頭であることを守るためである。
なんと偉大なことであろう、その徳の働きは。
世のすべての人々が誠を尽くす理由である。
ここに、承久の乱以来、
先祖からの困難を受け継いできた家臣たち、
平氏の末裔たちが辺境で、
勝手に四方の権力を握り、
九代にわたる暴威を振るった。
さらに今では、聖なる主を西の海の波に追いやり、
その頂を南山の雲の中に苦しめている。
その悪逆は非常に甚だしく、前代未聞である。
これを朝敵の最たるものとする。
臣として、この道義に背き、命を差し出さぬことがあろうか。
また、神に敵対する者の先頭に立つ者である。
天の理によって、誅を下さぬはずがあろうか。
光秀は、もし彼らの積み重なった悪事を見たならば、
まだ自らの身を省みる暇もない。
まさに、魚肉のように弱き者を救うため、
偏に刀やまな板の利を正義のために用い、
義に従い力を合わせ、
西南に軍を張り、
上は将軍のもとにあり、
下は臣下の軍が篠村にいる。
ともに瑞籬(神の加護の象徴)の影にあり、
同じく守護の懐から出てきたのである。
函蓋(守護の盾)が相応しているのだから、
誅戮を行うことに疑いはない。
仰ぐべきは、百王を守護する神の約束である。
勇気を石馬の汗のごとく尽くし、
頼るのは累代帰依の家の運命である。
奇策を金鼠のかみつきのごとく用いる。
神は、義の戦いに加わり霊威を輝かせ、
徳の風は草木に影響を与え、敵を千里の外に従わせるであろう。
神の光が剣に代わって、
勝利を一戦のうちに得させてくださるであろう。
心からの真摯さに誠実さがあれば、
玄鑑(天の智慧)も誤ることはない。
天正10年6月1日
源朝臣 光秀 敬白