白縫いさやさんの「硝子玉」という作品を読みました。
両親が他界して叔父の家に身を寄せる事になった千夜子と叔父の息子、晶少年との関係を描いた話です。彼を中心とした三者の関係とその変化と言った方が正しいでしょうか。
晶は父の狂気(亡き妻を息子に求めている)によって女性の格好をさせられている。させられているとは言ったものの晶自身がそれを拒んでいる様子はない。彼は純粋で美しいが自身の美しさには無自覚で、誰かを惑わそうというつもりもない。女装しているのも父の言いつけ通りにしているだけなのだろう。女装に偏見もない様子。ただ言いなりという訳ではないので、まだ疑いの持てない年頃なのか、或いはそうなるように育てたのか。
一方の千夜子は自身の美しさを自覚していて冒頭からそれを利用している素振りがある。叔父に対しても躊躇いなくその力を行使するのだから、それを当然の事として生きて来たのかも知れない。小悪魔的と言う表現では足りないが、蠱惑的という程の圧倒的な美によって他者を支配する程のものでもないように思える。求めずにはいられない程に美しいのか、人を惑わす妖しさがあるのは間違いないのだろうが(叔父がそれを証明している)、どちらかと言うと晶の方が蠱惑的に思えた。
晶自身に無自覚に人を狂わせる魅力があるのか、叔父と千夜子が元から狂っていたのかは分からない。
今の晶は美しいが、成長と共に男性的な骨格は隠しきれなくなる。これは一時的な限られた瞬間の美であり、だからこそ叔父と千夜子は彼に魅入られたのだと思う。もし晶が女性であったなら、二人はここまで執着していなかったとも思う。
当の晶には女装への邪な感情や美への執着もないが(女性的な美しさへの憧れはあるようだった)、千夜子の現れによって化粧に興味を持つなど、彼女によって変化し、彼女に心酔していく。昨晩のことに関しては解釈が定まらない。
と、かなり乱暴なまとめ方になってしまいましたが、私にはこういう話に見えました。美に魅入られた人間たち、そんな話にも思えます。叔父も千夜子も、どこかで狂ってはいても自身の思い描く美に対しては真摯であるような気がします。邪な感情がないとは言えませんが、ただ欲求を満たすだけのものとして晶を見ているかと言うと、それだけではないように思えます。私がそう思いたいだけのかも知れません。
少し気になったのは、千夜子の髪に艶がないということ。彼女が自身の姿に気を配らないはずはないからです。ただこれは手入れするもの、リンスやコンデショナーと呼ばれるものが存在していないからだと思われます。美顔水は明治時代(1800年代末期)から、リンスは1970頃かららしいので、千夜子の時代にない可能性が高いです。もしあれば欠かさずに手入れをしていたでしょうからね。
ですから、髪の艶に関しては食事や環境の変化によってなのか、それとも女性の性質によるものなのか。
まあそれはさておき、晶は千夜子を崇拝し、彼女という存在に沈んでいく感じがとても良かったです。私はこれが支配のようには思えなくて、そこも好きでした。千夜子も晶を支配するつもりはなく愛でているだけなのでしょう。ただそれがどこか支配的に思えるのは、千夜子にとって望ましい晶でいて欲しいからなのかなと感じます。
また、これは私から見た千夜子ですが、彼女には美しい存在をこの手で汚したいという欲求があるようには思えませんでした。実際には大いにあるのかも知れませんが、その欲求自体が汚れたものには思えなかったというか、単なる遊びでもないように思えます。晶に抱く感情がどうであれ、大事にしようとはしているようでした。単に男を破滅させる女ではないように思えます。様々な見え方、想像の余地のある人物なので魅力的です。
限られた時の、いずれは消える美しさ。 狂った二人によって知らぬ間に少しずつ狂わされていく無垢な少年、というのが私のイメージです。決して良い結末にはならないのでしょうが、破滅までの過程は美しい。
まとまりがなく非常に長くなってしまいましたが以上で終わります。
作品外の感想としては、短編に挑戦してみたいなと思いました。話のまとめ方、話の見せ方、人物の見せ方、短い中でそれらを書き切るのは大変でしょうが、私はいつも冗長になるので短編はきっと良い練習になるでしょう。いつかは別の話も書きたいです。