近年は秋が消失して久しかったですが、今年は秋らしい秋を楽しめるのではないか。そんな期待がする8月末です。
お祭りとしてお邪魔させていただいている「ありす甲子園2026」、参加作を一通り拝読して、自分の中で投票先はほぼ決まったかなというところです。ただしどのレベル感でコメントするかは周囲の温度感に合わせてやや様子見の構え。
(参加作一覧:https://kakuyomu.jp/works/2912051601248012302/episodes/2912051601280871891)
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日曜にちょいと責任重めのタスクをこなしたので、今日はオフの日。行ってきました、まどマギ映画。
細かい感想はおくちチャックするものとして、個人的にはエンドロールが一番よかったです。二つの足跡はそういう軌跡を辿るのですかそうですか、と。
それはそれとして、作品としてそろそろ楽にしてあげてほしい気もしました。
具体的な話を避けようとするとやはり漠然としてしまいますが、視聴済の同志各位にはたぶんこれで伝わることでしょう、たぶん。
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で、そんな一日を過ごして、ふと思うのが「いい作品って何?」という話。
最近私のなかでは「倫理的であること」というのが基準として上位に上がってきている感覚があります。ここで言う倫理的とは、一般的な道徳的価値観と照らし合わせて云々、あるいは作品内の世界の価値観に一貫性がある云々、というよりは、【その作者が作品世界内で起こる事象や結末に対してどこまで倫理的な責任を負っているか】という意味で述べています。これはたぶん特殊な用法で、他にもっと適切な表現があるのかもしれませんが、現状私のなかでしっくりくるのがこの表現なので、一旦そういうものとしていただきたく。
作品内で生きる存在たちは、何のために生きて何のために死ぬのか。その生涯にどのような意味や意義があったかは、そもそも評価することすらできないものなのだろうと思いますが、作品の創造主たる作者が作中の人物ひとりひとりについてどこまで意識を張り巡らせているのか。言い換えれば、粗末に扱われている人物がいないか。
そこにどのような意味や意義を見出すかは正直趣味の問題のように思うので、一旦ここはノーカン。ただし作者の都合で人物の意思や行動が歪められているようなものは、倫理に欠けていて良いとは思えないです。
技術の巧拙は経験がある程度解決するので、目くじら立てて批難するものでもないです。
ただ作品に対して真摯で献身的であること。丁寧に向き合って、いかなる結末であろうとも最後まで見届けていること。作者がそういう姿勢で臨んでいる作品を、私は「いい作品だな」と思う傾向にあるように思います。
たとえば今日見た映画は最後の最後でメチャクチャ悩んだ軌跡が見えたので「いい作品だな」と思えました。
どんな作品も面白く受け止めようと思えば受け止められますし、難癖付けようとすればどうとでもこき下ろせます。しかし、その作品が倫理的かどうかは受け手側にはコントロールできないことなので、そこの部分だけは作者側で何とかしてほしい。
……ということなのかなあ、と自分では解釈しています。