藍条さんの【三つのオルゴール】の話、
完結なさったそうです!!
全437話。
私はまだ読み途上ですが、完結のお知らせとても嬉しい。
ここからどんな展開になるんだろうなあ~~~~
そしてそれ以上に「どんなラストになるんだろうか」の気持ちがすごくあります。
読み手に【どんなラストになるんだろうか】とそこを気にさせる長編小説こそ、私は最高峰だと思いますね。
ほぼいません!!!
プロでもそうそういません!! 私の場合!!!
プロでも「あーもうええわ。この話のラストがどうなってもいい」と途中で見放すことがしょっちゅうあります。
なんでしょうね……。
長編ってね、最初は「どんな話なんだ?」という原動力で読み始めますが、
ある所である程度、話が見えて来るのです。作者が書きたいこと。
その「書きたいこと」があまりにも魅力が無いと(例えば、主人公とヒロインのドタバタコメディが結局ずーーーーーっと続いていくんだろうなとか)、実の所そこで見捨てます。
先が見える話ほどクソつまんない話はありません!!
しかし先が見えても期待する話はあります! それは作者さんの描き方が上手いのです!!
先が見えても見たいかどうかは、作者の実力に掛かって来ます。
この「書きたいことは何となく見えて来た」が、読み進めたい話になることがまず実力者の第一条件ですね。
長編って本当に難しいと思いますよ。
いつしか読み手の心境としてどっちかというと【減点方式】になって来るのです。
少なくとも私はそう。
序盤は何かなーと思う展開があってもそんなに気にしませんが、中盤以降になって来て【好みじゃない展開】【飽きが来た】【魅力を感じるキャラがいない】など、鬱憤が溜まって来ると、どんどん自分の中で減点されてきます。
無茶苦茶好みの展開が来たら大逆転の大幅加点も稀にあるのですが、そんなことが出来るならそもそもそんなに減点されてない話であるはずなので、この可能性はごく少ないです。
減点方式で減点され過ぎて持ち点が無くなると、私はその時点で読むのを止めます。
これはアマチュア作品もプロ作品も全く同じ。
つまりですね、長編小説ってフィギュアで言うと加点を狙って志の高いエピソードはいつでも狙って行かなければなりませんが、【減点されるような展開】は厳に慎まなければならないのです。
減点されがちな行為は、中盤まで築き上げたものをぶち壊すような展開にすること。
私が伏線好きは気を付けろよといつも忠告するのは、「読み手をびっくりさせたい」と願うあまり、酷い展開を中盤以降に発動する作者がいるからなのです。
そういう作品を見ていつも思うのは
「この作者の一番の目的は読み手、視聴者をびっくりさせることなのか?
それとも自分の想いを込めた話を最後まで付き合って読んで、見て欲しいか、どっちだ?」
ということなのです。
圧倒的にこれ後者であるはずなんですよ。
にも関わらず何故前者を取ってしまう人がいるのか。
それは「誰にも予想が付かない展開を書いた自分」に酔ってるだけなんですよね。相手(読み手)のことを全く考えてない。
この方法をとる以上はもうどっちか決めて下さい。
自分に酔ってると言われても他人の意表を突くことに生涯を懸けるのか。
自分で築き上げて来たもの、そしてそれに付き合ってくれた人たちを尊重して守って行くのか。
いいんですよ。
とんでもない「なにそれ💢💢」っていう展開で読み手を驚かせるというよりがっかりさせる作品ってあるのです実際。たくさん。
そういうのを書きたいなら書く権利はあるし書いたらいい。
ただ読み手には「見捨てる権利」もちゃんとあります。
見捨てられた時に「読んで欲しいのに……」なんて後悔をしない覚悟でやって下さい。
海外ドラマとかでもあるんですよ。とんでもない視聴者が反感しか抱かないような展開を書いておいて、案の定反感を買い、視聴率が下がり、明らかにそれが引き金になってシーズン2や3で打ち切りになるドラマ山ほどあります。
「なんでじゃねえよ!!!!💢💢」
って私は思うんですよね。
分かってただろあんな展開書いた以上!!! 覚悟の上だろ!!
ってか覚悟の上で書けよ!!
とんでもない展開を書いておきながら「なんで続き見てくれないのか」なんていう奴がこの世で一番私は大嫌いなので皆さんもお気を付けください。
読み手の意表をつくのもたまにはいいでしょう!!
でもそれが生き甲斐になったらプロでも嫌われる人はいます!!
私はこの伏線至上主義といいますか、読み手や視聴者をびっくりさせるために裏切りの展開に走りがちな作品は大嫌いで、こういうのに生き甲斐を感じているプロでもいけ好かない人がたくさんいます。
ものすご有名な脚本家とかでも、中盤以降ふざけた展開とか書きがちな人、「面白い」という人もいるけど「いつもその手法だなつまらん」と私は思ったりするので、私個人的にはあまりにアンフェアに【読み手や視聴者の感情を支配しようとする】作り手は嫌いな傾向ありますね。
つまり人間で言うと信頼関係が無くなるのです。
戦場で言えば「あいつはいつ裏切るか分からない奴」という感じで定着します。
そういうのは凄まじい不信と嫌悪感になるので、
だから「○○が脚本家のドラマはもう見ない」とか「この作者の話は二度と読まん💢」とかいうのが生まれるんだと思いますね。
長編小説では中盤以降【減点方式】に見方が変わります。
ある程度中盤までで描かれた中に好きなキャラ、好きな展開、こうなって欲しいなと思うような未来の展望が読み手にはあります。
期待があるから、先を読む。
なのにその期待を自分から裏切ってはやはりだめだと思いますね。
駄目と言うか、結果ヘタクソだと思います。そんなことで中盤まで付き合ってくれた読み手や視聴者を失うなんて。
失策をする軍師ですわ。
これ……今の時代場合によっては出版社によって「終盤の大どんでん返し推奨!!」みたいな所もあるのでお気を付けください。
その出版社のレギュレーションとしてはそういうものがそのごく狭い範囲では推奨され受け入れられても、常識的には嫌われることとかありますので。
ひとたび外に出たら全くそういうレギュレーションに合わせて書いた自分の作品が他の出版社のレギュレーションには全く整合しなくなる危険性もあります。
レギュレーションに合わせて作品を作れるのはクレバーですが、
それに自分自身の全てを持っていかれたら絶対に破滅します。
とにかく長編小説は流れが大事なので、序盤で自分が築いてきたものは大切にしないと駄目です。突然「貴方そんな人じゃなかったでしょ!?」と言われるようなことはしてはいけません。それは大いに読み手からの【減点】に繋がるので、それまでどんないい話を書いていても「なにこの展開……最悪……」とまでなればそれ以後読んでもらえなくなると思います。
海外ドラマもこよなく私が愛するこれだけはするなっていう大減点になりがちなミスは【意味もなく主要キャラを死なせる】こと。
意味、の定義が難しいですが、
海外ドラマでいうと信じがたいでしょうがよくあるのが「俳優が交代降板することになったので、キャラごと死なせる脚本を書く」というものです。
これまさに意味もなく主要キャラを死なせていますので最悪です。
これをやりおった海外ドラマ私は大抵その時点で見捨ててます😇
見たくないもん。それ以上。また俳優が交代するたびにそんな好きなキャラ殺されたらたまんないし。好きになる意味も無くなるやん。交代するにしろもっとやり様はあります。フィクションなんだから知恵を絞れ知恵を!!! なに知恵を絞りもせず殺してんだ殺人鬼の考え方か!!
と非常にスタッフチーム自体に嫌悪感を覚えるので、縁が切れるナンバーワンの展開はこれです。
小説や漫画に「俳優交代」という要素はありませんが、
まあ要するに「無理に死ぬ要素ねじ込んだ」ようなのはやはりいただけません。
しかし命の重さや大切さを描く過程で、議論のように命を失ったり、守ったりは戦記物でもあるので、これは「無駄にキャラを死なせる」とは全く別の要素です。
こういうの書くと絶対一人は「違いが分からない」などと言って来る人いるのですが、
その作品をしっかり読み込んでいれば判別可能です。
この作者さんがそんないたずらにキャラを犠牲にして楽しむ人のはずがないことなど、それまで描かれた内容を見ていればどうか分かるはず。
しっかりとそういうものを書いていれば「死」を伴ってもきっと読み手は理解してついて来てくれると思います。
物語の終盤に向かって、話を広げていく中で、
新しい感動や、積み重ねて来たものがより輝いていくように展開を工夫し、【減点】要素は出来るだけ回避しながら、描いていく。
長編はとても難しいものです。
書けば書くほど自由になんでも書いていいわけではなくなる。
でも、上手い人は何もかもが自由に出来るわけではなくとも存分に力を発揮できます!! それが実力なのです!
優れたアスリートにとって【ルールに従う】ことが、彼の素晴らしいプレーの妨げになったりしないように、優れた作者はある程度ルールを提示されようと存分に自分の思う通りの話を楽しんで書けます!
これが出来る人がドラマの監督でも小説、漫画の作者でも私が一番好きなタイプ!!🥰
自分も満足し、
読み手も満足させるなんて
凄すぎます!!✨
さて。3月一発目の文字数制限が近づいてそうで恐ろしいですが
ここまでは前置きです。
昨日話してた【歪み】の話。
これ全く計算でもなく偶然なのですが……人間を多層的に書く、という話なのです。
話を書く時に辻褄が合うように書く。これは確かにとても重要です。
私もそれはそう思います。
しかしいつも言っているように全ての創作の見本は現実世界。
現実の人間の世界は様々な「上手く行かない」「予想とは違う」【歪み】に満ちていませんか?
なのに創作の世界では辻褄ばかりを追おうとする。
それは矛盾するように私は感じるのです。
キャラの個性を書く。
【個性】とは、
そんなステータスで張り付けたようなものではない気がするのです。
むしろそのキャラの個性が出る時は「一度も規律を乱したことが無いような聖騎士が、どうしても守りたい人のために規律を破ってその人を逃がした」とか。
「自分以外のために魔法は使わないと誓った魔術師が、誰かの願いを聞き届けて初めて自分の利益にならないことに対して大魔法を使った」とか。
無謀なキャラじゃないのに、突然敵陣に突っ込んだ。敵方にいる妹を守る為だったとか、
その場限りの、
その時だけ現われる、
利害関係や、
キャラの人間関係や、
「心という曖昧なものに身を委ねた為に起きる、一度限りのイレギュラーな行動」
そういうものが表層に現われた時に、
「この人こういう人だったのか!!」
と一番思いませんか?
①優しい人が優しいことをするのが個性ではなく、
②優しい人が何か理由でその時だけ鬼のようになるのが真の【個性】が発現した瞬間だと私は思うのです。
だから、何もない時は①を書いててくれて全然いいのですが、真に物語を動かし、そのキャラの個性を出したい時は②を書かなければそのキャラの個性を書いたことにならないと思っていて、
実は①は誰にでも書けるが、
②をちゃんと描いている人は非常に少ない!!!
だからキャラは出て来るのに無個性だなーと感じてしまうことがあるのではないかとこの前ずーっと考えていたのですよ。
作者からすると①を書いているから「私は作品で個性あるキャラを書いている!」と思い込んでしまうのです。
だけど「このキャラって本当はこういう人なんだ!」と思った時に読み手の心に強く刻まれるのであれば、②を書かないと読み手に個性は届かないのです。
辻褄ばかりを合わせるのではなく、
辻褄の合わない行動も描かないと、よりリアルな人間描写は描けません。
さて。
私が藍条さんの【三つのオルゴール】の話がとても好きな理由。
藍条さんはこの人間の持つ「いつもはこういうスタンスだが、この時はこういう状況だったから、こういう行動を取った」という、理に適った行動と共に、歪みに満ちた人間の行動を描くのが、抜群に上手いです!!
文字通り抜きんでています!!
芯の強い人間たちも物凄い出て来るのです。
他の方も芯の強い人間を書ける人はいます。でも芯の強い人間を書いたら芯の強い人間を書きっぱなしになったりするのですよね。
それはそれで歪みの無い、人間離れした描写となり、心を感じられなくなってしまうのです。
藍条さんの人間の描き方は大いに「状況に対応して人間の行動が変わる」のです。
だから嘘くさくない。
現実の人間もそうですよね。
弱い人間の前では偉そうにしていて、自分より強い奴が来ると大人しくしたり。
しませんか?
打算的な行動を。
弱い人間をいたぶらない普通の人でさえ「あの人は目を付けられると厄介だからな~😇」と大人しくしておこう……ってなったりしますよね。それは生きるための処世術なんですよ。
人間の本能的な行動に【上手く生きる行動を取る】というものがあります。
国の為に生きている人が、国の事情を優先しなければならない時に、個人的な優しさを選べない行動に出る。
それは一過性のことで、その人が突然冷酷な人間になったわけではなく、
今は冷酷になろうと演じている状態なのです。
その人自身が普段優しい人であることと、今は全く優しい人に見えないこと。
こういう【歪み】が存在するのがリアルな人間描写であり、
その人の本当の個性が現われる瞬間なのです。
藍条さんはこの【状況に応じて人間が対応する】描写が抜群に上手く、凝っていて、多彩です。
そういう描き方をしてなお、このキャラはこの国の人なのに何でこういう行動するの? という読み手が迷子にならない感じ、本当に描き方が上手いんだと思いますね。
正直人によっては「優しい人を優しくしか書いていない」のにも関わらず、それでも全然優しく見えない描写になっていたりする人もいます。
それは恐らく「優しさ」を端的にしか描けておらず、「時には人を冷たく突き放すのも優しさ」「優しいからこそ他人の言葉に心を閉ざし、聞かなくなった」とか、「自分の優しさが原因で人が亡くなり、以後優しさを自重するようになった。だから今はそう見えなくても元々は優しい人だ」とか、
多層的に「優しさ」というものを作者が捉えられず、表現出来てないから、非常に印象に残らない形だけの「優しさ」描写になっているからキャラの印象が残らないんですよね……。
【個性を表現するためには行動が伴わないと伝わらない】ですし、
人間が【その日、その場限りの行動を起こす時にキャラの心が一番現われる】のです。
藍条さんのところのキャラがどのキャラも魅力が如何なく発揮されており、個性が立つのはこの二つを押さえているだからではないかと思います。
確かに……藍条さんの話、一番最初読み始めるとその一話の文字数に少し慣れるまで時間かかるかもしれません。こちらも容易く文量を書いて来る方なので。
これは短い文章形態に慣れている、カクヨム界隈の一般論として言っておきます。
ですが私個人の感覚で言えば、
全く藍条さんの一話の書き方、私には問題ないですし、恐れるにも足りません!!😇
私自身無茶苦茶一話長いですが、カクヨム出身カクヨム育ちの方よく覚えておいてください。これだけは言っておきます。普通の文庫小説出身者からすると、こっちが普通です!!✨小説は文字を読むものです。文字がいっぱいあるの当たり前です。
私なんて短すぎてweb小説の一話読みにくいくらいですわ!
つまり!
そんなもん人それぞれなのです。
大切なのは「何が書かれているか」という部分。
世に出ているプロの方も、きっと究極には「貴方の作品、読みやすい文量だからプロになって」などとそんな所を一番の魅力として引き抜かれてる人誰もいないと思います。
プロになる人は、書いてる話が魅力的だからプロになっているのです。
「読まれないと始まらないじゃないか」と言いたくて一話の適正文量とか気にする心理は分からなくはないですが、そればかりに囚われるのは小説家の本分ではないのですよ。
それを考えると、藍条さんの作品に出て来るキャラたちは本当に生き生きとしていて、人間としての魅力ある歪みに溢れ、読み手に訴えて来る何かをみんなが持っています。
これを「一話が二万字だから見ない」なんてそんな理由で見なくていいんでしょうかね? と私は思うのです。
前も書いたけど「五千字は読む。一万字の話は読まない」そんな決め事を作ってる方、つまらない決め事に囚われてると私は思うのです。五千字二回読んだら一万字じゃないですか。
つまらないと思ってしまう五千字の話を二話読むのと、一万字だが感動する話なら、後者を読んだ方がいいのでは? その可能性があるのに、文字数で最初から弾いてしまうなど、損をしている気がします。
書かれている内容が素晴らしいものを、見れば、自分の中でそれが糧になります。
こんなものかと思うものを何万回見ても、自分の糧にはなりません。
私の大好きなとある海外ドラマで、今でも大好きな最終話のセリフがあります。
全く趣味の違うコンビが、片方が病気で亡くなる前、残してくれる言葉があるのです。
自分の好きな趣味について「少しだけ我慢して、付き合ってみろ。そうしたらお前にもきっと素晴らしさが分かる」
この人、自分は自分、他人は他人という考えの人なので誰かに自分の趣味を薦めたりすることほぼ無いのですが、この時だけは「今は興味が持てなくても、辛抱強く付き合ってみろ。きっといつか好きになれる」とそういう言葉を残してくれるのです。
その愛する趣味への強い信頼感と、自分はもう間もなく亡くなるけど、相棒が自分と同じ趣味を楽しんでくれるようになったら嬉しいな、という想いがあったのかもしれません。
この趣味は、この人を何度も救ってくれた人生の彩りの趣味なのです。
だから、残される相棒のことも、きっと助けてくれると思ってそういうことを言ったのかもしれませんね……。
「少し我慢して付き合ってみろ」
という、この言葉が私は凄く胸に来て、大好きなセリフなのです。
好きな事しかやらない。
それも確かに素晴らしい。楽しい。
でも世の中にはまだ見知らぬ楽しいものがあるかもしれません(私もこの前のコルティナで バイアスロン・ボブスレー・アイスホッケーを初めて知って面白く感じれたし🥰)。
それを「今好きじゃないから」「今興味が無いから」という理由で永遠に関わりを持たなかったら、人生何も増えて行かないと思うのです。
素晴らしいものがこの世にあるならば、
形式やルールなど度外視しても、
とりあえず「少しだけ我慢して付き合ってみる」と、
もしかしたらそこに、今までは知らなかった素晴らしいものとの出会いがあるのではないかなと思うのです。
私は正直藍条さんの書き方に全く動じていませんし、活字中毒者と言っていいほど文字がたっくさんある状況大好きだ!任せとけい!!!✨人間なので、ちっとも「少しだけ我慢する」必要もなく読んでおるわけですが、
藍条さんの【三つのオルゴール】の話は読んでいると笑ったり泣いたり、胸にキャラの行動やセリフが深く残ったり、とてもします。
素晴らしい内容だと思うので、こうして「七千字以上なんて読めないわ私……」というような人でも大丈夫だ7000字を7回読んだら49000字実質きみは読んでいるそれ三回繰り返したら10万字だって読んでることになるじゃないか 君は長文読める力があるんだよ 自分をそんな見くびるな と私は思いますので、
作品は内容ですよ!!
素晴らしい内容なら多少長くとも、長いの苦手でも読んでみた方がいい!😊
今はやっぱり読めないと思っても、
もしかしたらこの先骨折して入院した時にやることなくて「やっぱりあの話気になるな……読んでみよう」と思った時に読めるかもしれませんよ!
多分あの人が言っていた【少しだけ我慢して付き合ってみろ。きっと素晴らしさが分かる時が来る】というのは、多分そういうことなんだと思うのです。
チャンスは死ぬまで永遠にあるからよ!!
魅力的な話は短かろうが、長かろうが、そんなの関係なく読んだ方がいいよ✨
以上! 終わり!!
今日はお休みだから自分の話のチェックをしまくる日にすると決めておる!
文字数制限になるんじゃねえぞ!頼むぞ!!😇
こういうのは一気に読んだ方が良いからな!✨
ちなみに私が近況ノートで好きなドラマとか小説とかアスリートの具体的な名前を出さないのは、この近況ノートを「私もそのドラマ見ました!あそこがいいですよね~」とか談笑の場にする気が全く無いからです。そういう話はここではしたくないので。ただ、創作に有益なセリフや、こういうことに感動したという例としてはとりあげるととてもためになったり分かりやすいので「外枠」を話しています。
具体的な名前をあげてしまうと内輪話になってしまうのを避けています。
具体的な名前で楽しむのは気の合う友達とだけで私は十分なので、近況ノートに書く気はほとんどないです(たまにはあるけど)。
ぜひ創作の役に立つ話で楽しんでいただければこれ幸い✨