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第14話【失われたもの】

私が思うに小説を書くにあたって大事なのは【伏線】ではなく

【緩急】【テンポ】【流れ】

じゃないかと思っています。

この三つを意識して物語を描いて行くと、
地雷のように【伏線】【伏線】……と伏線祭りにしなくとも、

じゅーーーーーーぶんに読者を飽きさせず、ワクワクさせ、「この話次から次に面白いな!!✨」と思わせることは可能です!!

可能であるということを私が証明してやりたいと思います!

地雷原のようにやたら【伏線】の網を張りまくる作者、付き合いにくくて私はキライであります!🥰 漁師か!! お前は罠張り巡らせて獲物待つ漁師か!!! とそういう人に会うといつも突っ込んでいます!

この狩猟民族めが!!

私はもっと読者と共に心地よく共存できる世界を目指すナチュラリスト(?)であります!

いちいち読みに来た読者を【伏線】という地雷で吹っ飛ばして仕留めなくても生活していけます!



第11話【牙を剥く】で急転直下の出来事が起きました!
第12話【紫闇は再び】でその衝撃の理由が明らかになり、
第13話【闇を飲む】では物語自体に震動が走ります!


もうこの三つで物語自体が揺れています。

私は言いました……

「小説表現で重複は三回が限度」

だと……。

第14話も衝撃が走っていたらもう読者が揺さぶられ過ぎてしんどくなります!!
酔いが回ります!!😇

だからこれは第14話は揺れに対して震動を収め、静かな雰囲気の話にした方が、今までの流れも生かせるし、第14話も引き立つはずなのですね。


さてちゃんと揺れは収まっているのか!? 果たして!


________________


陸遜

 例え自分たちは血に塗れて戦ったとしても、もたらした平和な世で、
 次の時を生く者達が剣や弓を持たずに平穏に生きて行けるなら、
 その礎になるというなら自らは戦いばかりの人生でも本望だと、
 そう思うような人たちだった。


___________________



陸遜

「歩んで行く道の先に望むものがあると思うから、
 それを信じているから人は歩んでいける」


__________________


陸遜

 ……例え自分が死んでも、周瑜への恩に応えなければならなかったのだ


________________


陸遜

 自分が、自分の心の弱さで死ぬならまだいい。諦めがつく。


________________



陸遜

(あの人は例え敵中に一人で残ったとしても、
 戦う意志を失ったりしないひと)



__________________


陸遜

 人間は一人一人、生き方を自分で選ぶのだ。
 選択肢が例え自由でなくとも、
 道が幾つかしかなくても、
 たった一つでも、
 それでも一人一人が、それが自分の道だと思い定めて選ぶ。


___________


陸遜

「暗い夜の海で、星も見えない空の下で、
 何の目印も失って彷徨っていた人間が、
 一つ明かりを見つけたら、
 必ずその光に心惹かれて近づいて行ってしまうものです」

______________


……。

……。

……さすがですね~~~~~~~~っ!!✨✨

揺れ収まっているのが分かります!?

明らかにこれより前の三話と雰囲気が違います。

なんな時間帯も違う。

私は完全に自分の頭の中で映像化してから文章化しておると前に書きましたが、この前の三話は全部【夜】とか暗い部屋の中での話になっています。

この話で初めて夜が明けてるんですよね。

【朝】が来ていて、

私はこの話の陸遜と司馬懿の書き方もすごく自分で気に入ってるのですが、

例えば第13話からの流れで、何故14話がこんな雰囲気になるのか、分からない人がいる気がします。分からないということは、分からない人は多分こういう話や展開を書けないんですよね。【思いつけない】のです。

まあ敵を捕らえて虜囚にするなんて戦記物ではつきものですが、
虜囚になること自体に物語性を持たせて殺す殺さないだけの話にせず持っていける人なんかなかなかアマチュアにはいません。

書けて味方が助けに来るとかそういう白か黒かの展開でしょう。

そうではなく、虜囚にした人間と虜囚にされた人間が、こうして言葉を落ち着いた状況で交わす。
こういう流れは非常に読者に意外な印象を与えられます。

ピックアップしてて気づきましたが、

この話のピックアップしたセリフは、かなり文章自体長い傾向が見られます。

ここまでやって来たので分かりますが、

セリフ自体が長いのは【戦闘シーン】で見られる傾向。

つまりこのエピソードは剣や暴力を使わない軍師二人の戦闘シーンなんだなと思いました。

第13話はRー15レイティングに従って容赦していますが、
性描写シーンというより、剣の斬り合いに近いようなニュアンスのことが行われています。
司馬懿が第13話の時点で牙を剥いて襲い掛かって来たらこの二人は殺し合いになっていましたが、そうはなりませんでした。
でも話し合いにもならなかった。
もっと、相手が自分をどの程度殺す気があるのか、確かめ合うような展開になっています。

司馬懿はこの時点で陸遜を殺す気が全くありません。
彼は陸遜と戦うのが好きなので、陸遜がなんかやり返して来たら、応戦してそれもまた別の展開になっていましたが、
陸遜は龐統ことでこの時点でもう心に深手を負って瀕死状態なのです。

だから派手な応酬が行われませんでした。
この二人はどちらも相手が攻撃を仕掛けて来ると思っていたので、
攻撃が行われないまま、


この、不思議と静かな朝のシーンから話が始まっています。


でも【言葉の戦い】はまだ行われておらず、第13話では接近戦になりましたが、第14話はつまり言葉の戦いです。

魏の軍師と呉の軍師。

違う国を負う軍師二人が言葉で斬り合う。

だから表面上は剣を収めてるので穏やかですが、この話で交わされた司馬懿と陸遜の会話にはパワーがあります。
相手を屈服させようとしたり、相手を弾き返そうとしたり、
そういう意図がある会話だから。
特に陸遜は第13話では心が弱り過ぎていたのでほぼまともな応戦が出来ていません。

でも第14話では言葉で抗っています。

抗っていますが、司馬懿を論破することは出来ませんでした。
第14話のこの二人の【言葉の戦い】は、圧倒的に司馬懿が形成有利です。

しかしここはこれでいいのです😊

初戦は司馬懿の勝ち。一部で戦場で戦った時は、うちでは陸遜が二勝し、司馬懿に手傷を与えています。

うちの司馬懿は陸遜の才気を見込んでますので、打ち砕かれず立ち向かって来るかぎりその才能を愛し続けます。

ただ完全に打ち砕かれたら興味を失い、殺すでしょう。

この話で、二人の軍師は上記のような暗黙の合意をしました。

つまりこれがうちの<魏編>の始まりになります。

この話から始まりました。

<魏編>とは。

司馬懿と陸遜の、心の戦いを描いているのです。

陸遜が魏に観光に行ってるわけでもなく、司馬懿と同盟を結びに行ってるわけでもない。

戦場で交えて、戦っている状態が私にとっての<魏編>。

龐統もこの陸遜にとっての司馬懿は【凶星の赤い星】として予知していました。

これからこの二人は魏で共に過ごし、人間としてやり取りをし、お互いの姿や考えを明確に認識する、そういう戦いに入ります。
和合しているように見えても、していません。

肉体的に完全に第13話で今回は司馬懿が陸遜に勝って来ました。
でも心が打ち砕かれなかったので14話に繋がり、司馬懿の陸遜への興味も繋がり、共に生きて言葉の戦いのターンに突入したわけですね。

司馬懿と陸遜の言葉のやり取りは【戦っている】という緊迫感を忘れずにいようと心がけています。よってしょーもない言葉のやりとりとかはこの二人の間には絶対無いです。

私の中で<魏編>の位置づけは、陸遜が魏にたった一人で行って、長いこと司馬懿と一対一で戦った、というものにしたいのですね。

その早くも初日から言葉で遣り合っている感じがちゃんと出ていていいですね~~~

セリフにパワーがあります!

陸遜が何を言っても司馬懿が言葉でねじ伏せて来る感じが素晴らしい。
司馬懿のあの史実でも人を言葉で論破してねじ伏せて来る感じが私は大好きなので、

ここから長い長い司馬懿と陸遜の【言葉の戦】が始まります。


①なんかは孫策と周瑜のことを言っていますが、うちの陸遜も実の所これなんだよなあと思います。陸遜も、自分が平穏な世界に生きることが目的になってない。自分は生まれてから死ぬ時まで、ずっと戦乱の世でもいいのです。
でもこの人の凄い所は「自分の子供達や未来の人たちには、平穏な世を生きて欲しい」とそう願える部分なのです。

陸遜にこの気持ちが無かったら、【二宮の変】なんかにそもそも関わってません。耄碌した孫権なんかほっといてもあれだけ無実の人間を殺しまくって、恨みを買って、そのうち暗殺されていたでしょう。

陸遜なんか武昌にいたんだから、とち狂った孫権なんぞ放っておいてのんびり釣りでもしておけばいいんですよ。

でも私はそれが出来ますが、陸遜には出来なかったのです。
この人には国への忠義、孫権への恩義、丞相としての使命感、国を守るために死んでいった敬愛する人たちへの友情があったからなのです。

必ず呉の未来を豊かにして、平穏な暮らしを民にさせる。

そういうのを約束して戦い続けて来た人たちが陸遜にはいたからです。
それを忘れて女に誑し込まれている孫権は、必ず諫めなければならなかった。
国を滅ぼさないために。

陸遜も完全に「自分は永遠に闇の中でも構わないが、次世代には必ず光の中で生きて欲しい」と願える人でした。

ここはそれを孫策と周瑜にも繋げています。

④。

これも【二宮の変】で陸遜が自刃を選んだ理由に関わっているかもしれませんね。
うちの陸遜は生粋の武官。死ぬことを恐れていません。
そもそも少年時代に経験した盧江戦で、じわじわと嬲り殺される一族の者たちを子供の頃から見つめて案じて、死をものすごく身近に感じていた人です。
この世の栄華を全て極めた60歳で、陸遜が今更死ぬことを恐れるとは到底思えません。

孫権が死ねと言えば喜んで死んだでしょう!!

しかし、陸遜自身は全く死を恐れていませんが、この人は自分の死に他人を巻き込むことは非常に警戒し、恐れています。孫権は建業、自分は武昌で離れ、建業では次々に孫和派が投獄され、処刑されていました。一刻の猶予も無かったのです。

【自分の弱さなら諦めがつく】

実はラストの【二宮の変】にもこのセリフ、陸遜の美学は関わって来ます。
陸遜は強い人間だったので、孫権がこれ以上他の人間に手を出す前に、一番最高位にある自分が命を絶って、混乱を収めることを選んだのです。

そこまでのことをこの時点では語っているわけではないのですが、
陸遜という人は本当に芯の通った歩み方をする人なので、少年時代の決意が本当に夷陵まで突き抜けて届いてることがあるんですよ。
そういう所もものすごいなこの人は!! って思う部分です。

⑤は陸遜の珍しい甘寧への惚気なのでピックアップしておいておきます😊

恋人にこんな風に言われる男でありたいねえ!✨✨ フ~ッ✨✨

⑥も魂が籠ってますし、
⑦も魂が籠っています。

やはり司馬懿相手だと生半可な言葉が出て来ません!!✨

さすがであります!

⑦なんかいいですね。私という作者の、非常に優れたバランス感覚が出ています。このセリフ「光」という部分が入っていますが、意味合いを考えると陸遜がこの時口にした光というのが、【司馬懿】のことなのです。

敵の中に、光を見い出すのも三国志の醍醐味ですが、

アマチュア戦記物書きの弱い所がここです。

敵は敵!! 永遠に敵!! 

そういう書き方しか出来ない人が多い。

現実の世界そうじゃないと思うんですよ。敵対勢力の中にも、こやつなかなかだなと思うのが普通であり、自然です。

こういうのは私はスポーツで各国に大好きなチーム、選手がいるので、非常に日々感じていることなんですよ。

好きなチームがたくさんある。

好きなチーム同士が戦い合う。

好きな選手同士が戦い合うのです。

W杯でも幾度もそういうシーンに巡り合い、魅力ある選手同士が戦う姿は最高にカッコよかったです!

以前カクヨムの話を読んでると、魅力的な敵がほとんど出て来ないことに絶望すると書いたことがあります。

これは本当ですね。
心底思います。
実力のない人はなんであんなにも魅力的な敵を書けないんでしょうか!?
主人公を勝ったように書きたいあまり敵を弱く、しょうもなく描くからそういうことになるんですよ……。
つまり魅力的な主人公も非常に見つけるの苦労しますが、逆説なのです。

カクヨムは多分、

【魅力的な敵がいないから、魅力的な主人公もいない】

ことが多いのです。

うちの小説は戦い合っている所に陸遜が司馬懿を「光」に例えたり、
敵対し合っていても互いを認め合っていたり、認め合っていても仕える国は違うのでそこだけは決して譲れなかったり。

出て来る【敵】も本当に魅力的です。
魅力的だから、魅力的なセリフを喋ります。


今後も私の作品に出て来る魅力的な【敵】たちを楽しんでいただけると嬉しいです!🥰✨

魅力的な敵だいすき!✨✨



⑥ですかね!

長いですが、言葉の戦闘シーンですから、このくらい行きます!
でも読んだ人は例えこの話を全く読んでなくとも、何かを強く感じるパワーを持っているセリフだと思います。


__________________


陸遜

 人間は一人一人、生き方を自分で選ぶのだ。
 選択肢が例え自由でなくとも、
 道が幾つかしかなくても、
 たった一つでも、
 それでも一人一人が、それが自分の道だと思い定めて選ぶ。


___________

実の所、これが戦乱の世であり、
これが三国志なんだと思ったりもする。

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