【翡翠】第103話【母なる世界樹】を更新しました。
この話も、非常に思い入れのある大好きなエピソードの一つです。
実力者二人の会談とか、
実力ある魔術師同士の会話とかほんと大好き🥰
この話の要点は何と言っても二つ。
一つは、ラムセスの①「アミアカルバとリュティス」についての分析。
もう一つがラムセスの②「魔術を楽しむ才」について。
まず①ですが。
私は常々よい作品には作者の感性、魂、好み、考察が込められているものだと書いています。
①で語られているのはいわゆる【母親について】の考察です。
母親というものも、
人それぞれ理想や、好む描き方、好まざる描き方が表われるテーマですね。
作者として、一体どんな母親が素晴らしい母親だと思っていますか?
またその逆は?
私は実は、アミアカルバのような王妃や女王は非常に大好きです。
優れた指導者。
しかし、同時に実はアミアカルバのような母親を、非常に苦手とします。
キライなタイプの母親像と言っていい。
しかし、作中そういう、私自身の嫌悪感は今まであまり書いてきませんでした。
というのも、人によっては母親としてのアミアカルバも「良い母親だ」と十分言える領域の人だからです。
アミアカルバの母性の強さは、何と言っても「血の繋がっていないメリクを実の子のように遇して、自分の許で育てた」ことです。
しかも彼女の場合、周囲が非常にこれに反対しました。
サンゴール王国は、男しか王位を継げません。アミアカルバは例外的に認められましたが、一人娘のミルグレンを、アミアカルバは王位につける気はなく、そのことで自分は一代限りであり、きちんと次は伝統に則り男に王位を継がせる意志があることを示して来ました。
それ自体は非常に賢い判断ですが、
だったら「平民といえ男子を手元で育てる」というのは要らぬ誤解をされても仕方ないことです。
リュティスなどからすると愚かにしか思えない判断で、
周囲の人間たちの心が「まさかあんな平民の孤児を次の王にするのでは……」と騒ぎました。
アミアカルバはこいつらの言葉を、全く気にしませんでした。取り合わなかった。
メリクを王位に据える気など、彼女は皆無だったからです。メリクもまた野心とは無縁でした。
ですが、王家に関わるものはこういう、火種を抱えることすら避けるべきなのです。
それが王家の者としての賢さであり、このエピソードでラムセスが言ってる通り「メリクを早々に城から出して、どこぞの貴族の養子にでもすればよかった」のです。
そうすれば、周囲もざわざわしませんでしたし、
何よりメリクも痛くもない腹を探られることもなく、のびのびと過ごせました。
このあたりの考察はラムセスの今回の考察が最も正しいです。
つまり彼がこの時代のサンゴール王国にいたら、メリクを気に入ってるに関わらず、彼でさえアミアカルバに進言し、メリクを外に出させました。
ラムセスはメリクを非常に愛して気に入っていますが、
メリクがサンゴール王宮にいたこと自体は「多くの火種の許になる」と認めています。
アミアカルバは「私が拾った子だから、最後まで手元で育てる」という我を貫きました。
メリクが子供の頃なら分かりますが、彼は学び、魔術学院に入るような才を早くに見せていたので、養ってもらう必要性が途中から無くなっています。
それでも手元に置いたのは、アミアカルバの「私欲」なのです。
ある人はこれを「母性だ」と賛美するかもしれませんが、
当事者のメリクからすると女王の庇護を受けることで、周囲の人間に野心を疑われ、リュティスからは国の火種になると憎み尽くされました。
孤独な孤児であったメリクは、自分を実の子供のように扱ってくれるアミアカルバや、慕ってくれるミルグレンの手を乱暴に振りほどくことは出来ません。
第58話【大好きなひと】で、自分を追って出て来たミルグレンに対してメリクが内情を曝け出すシーンがあります。
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多分叱りつけて帰す方が、きっと正しい。
自分がミルグレンを幸せになどしてやれるはずがない。それは目に見えている。
だから帰すべきだった。
だがその正論とは、メリクがその時突きつけられた想いとは、全く別なのだった。
帰れという言葉がもし正しくても、彼の手には余る言葉だった。
五歳の時、故郷を焼かれた瞬間から、孤独の中に生きて来た彼にはどうしても言えない言葉だった。
メリクには神聖な光を消す力がないように。
思えばエドアルト・サンクロワに同行を許した時もそうだったのだ。
自分のような空虚な人間が、あの少年にまともな教育など施せるはずもない。
彼ならばきっともっと、魂から師と仰げるような人に出会って行けるだろう。
だが貴方に学びたいと真っすぐ言って来た少年の、あの清らかな、誠実な光をメリクは拒絶出来なかった。
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メリクには「自分のように心の貧しい人間が他者の好意を容易く無下に出来ない」という弱点があります。
悪意を向けられたり、疑われたり、嫌われたりにはメリクは対処出来るのですが、
彼はアミアカルバには「女王陛下なんだからそんな甘えてはいけない」、ミルグレンには「いつか誰かを夫に迎えて王妃となる少女」という意識がちゃんとあり、この二人はメリクに好意を向けてくれましたが、それに彼はどうしても応えられなかったのです。
応えると、その絆の深さから王位への野心を疑われたから。
リュティスがメリクを憎んだのは、
彼にとって「国の為なら個人的な感情など殺す」ことが容易いから、
だからアミアとミルグレンが出来ないのであれば、お前がとっとと城から出ますと言えばいいんだとリュティスは思う為、それが出来ないメリクの野心を疑い、孤児である弱さを盾にしているように感じられ、余計卑怯な考え方だと思ったのですね。
アミアカルバは「自分が愛するだけでメリクは幸せになれる」と思っている所が、ラムセスやリュティスを怒らせてる所なのです。
そういうのは【母性】の一言で美談にも出来ますが、
母性を持たない男たちからすると、感情だけの忌々しいものなのですね。
理解しがたい、理を考えてない感情なのです。
私は女ですが、非常に感性が男っぽい所があり、
実はこういう「母性があればなんでも相手を幸せに出来る」と思っている女性像は苦手で、嫌いだったりします。押し付けなんですよね。
本当に相手を大切にするっていうのは相手の置かれた環境や、立場や心を考えてあげるということだと思うので、相手が不自由で、多くの人間に、そこにいることで疑われたり敵意を向けられているのに、ただ「その子はうちの子」しか言ってやらず放置するというのは、優しさでも母性でも何でもないと思うのです。
単なる私欲を満たしてるだけだと。
このエピソードでラムセスが
・(あいつはメリクを死の底から救ったが、だがそれだけだ)
・アミアカルバのメリクに対する『無関心』の冷酷さを考えれば、リュティスがメリクを張り飛ばしながら魔術を教え込んだことなど、称賛されるべきものだ。
と言っていますが、私も心の底からこう思うので、この二つのセリフにはものすごおおおおおおおおおおおく実感が籠っています。
同時に、この実感は自分の中の「母親像」とか「母性の美談と身勝手」などを常日頃から考察しているからなのですね。
アミアカルバのような女性の行動は、人それぞれ感じるものが違うと思います。
「母性に満ちた女性だな」と思う人もいれば、
「メリクを手元に置き続けたのは単なる私欲で身勝手」と思う人もいると、
私はここは両方の意味があっていいと思っていますが、個人的には後者だと感じます。
でも別にどっちの解釈であろうと、物語の本筋には関わりない部分なのでどっちであろうといいのですが、
こういうのが多分「読み手に判断をゆだねる部分」を残す、ということなのかなと。
読み手に判断をゆだねるというのは、こういうあくまでも【本筋に関わらない部分】でやることかなと私は思っています。よくこれ本筋でしてしまう人がいるんですが、個人的には作者が作品では主導しろよと思う方なので、あんまり本筋で「読み手に解釈を委ねる」をするのは感心しないし、好みません。
しかし本筋に関わらないのなら、
アミアカルバの母性にイライラするか、イライラしないかは、どっちだって読み手次第でいいと思います。
【アミアカルバのメリクに対する『無関心』の冷酷さを考えれば、リュティスがメリクを張り飛ばしながら魔術を教え込んだことなど、称賛されるべきもの】
というこのセリフが私は好きでね……✨
実感籠ってるのです。
【何故ならリュティスがメリクに与えたものは、彼の財産になっている。魔術だ。】
これも本当にその通りだと思う。
確かにリュティスは厳しく張り飛ばしながらメリクに魔術を教えましたが、その魔術は後々メリクの命を助けています。一人で生きて行く為の力になっている。
アミアカルバからの愛情など、城から出てしまえば一文にもなりません!😇
メリクが母親の愛情に飢えていたり、拘る人なら話は別ですが、
メリクは母親の愛情を支えに生きて行くタイプの人では全くありませんでした。
彼が欲しかったのはリュティスからの信頼と愛情だけ。
アミアカルバの母性など、重いだけ、枷だっただけなのです。
そこが伝わっていなかった。
こういう時【母親】って嫌な存在だと、私は心底思うのです。
愛するだけで相手を救えると思い込んでる。
そういう時も勿論ありますよ。母の無償の愛。
動物ドキュメンタリーが大好きな私は動物の母親の、子供の為に己を犠牲にして守ったり教えたりするあの無償の愛には心打たれていつも号泣しています。
素晴らしいものだということも分かる。
でも、人間は動物じゃないんですから、「相手と状況によることはある」くらいは弁えて欲しいです。
だから私からすると、時には厳しく手を放してやる女性を見て「母性のある女性だな」と感じたりもするのです。
ただ抱きしめて離さないことが至高の母性とか決めつけられるとハァ!!!!!?💢💢💢って思うこともあるので、そうですね、色んな他人の話でも母親とか出て来ると色々そういう合う合わない含めて……すっごい楽しみます😊✨
この話のお母さん素敵だなーとか。
この話のお母さん勘弁していただけますかとか。
ある意味すっごい楽しみますね!!😇
さて、
話は変わりますが皆さん【知好楽】という言葉を知っておられるでしょうか。
これは孔子様の格言『これを知る者は、これを好む者に如かず、これを好む者は、これを楽しむ者に如かず』を略した言葉です。
勉強や仕事、娯楽、ある物事に対して、
知っているだけの人はそれを好きな人には敵わない。
ただ好きな人は楽しんでいる人には敵わない。
という意味です。
私はこの【知好楽】という言葉がとても好きで、本当に万物、これだなと思うのです。
勉強も、仕事も、娯楽のようなものでさえ。
楽しんでる人が最強。
この言葉を知る前から私はこう思っていたのですが、ある時孔子様も言っておったんか!!! さすがや!!!!✨✨と知って以来とても大好きな言葉になりました。
知らない人は知ってる人に負けます。
でもただ知ってるだけの人は、
それが好きな人には知識が負けます。
でも好きな人も、自分よりそれを楽しみまくっている人には敵わないことがあります。
スポーツなんか見てると非常によく分かります。創作もですが。
「私は創作が好き。好きなだけでいい。上手くなる努力したくない」
とか言ってる人は、
「創作大好き!! どんどん上手くなりたい! どうやったら上手くなるのか考えたりチャレンジすることすら楽しい!!🥰」
という人には負けます。
私は創作をまさに【楽しむ者】なのです。
創作について考えているだけで楽しい。
上手くなる努力。
地道な努力。
すぐ上手くならない、過酷なトレーニングさえ、
創作の為なら何にも辛くない。全てが楽しい。
ラムセスは【魔術】を楽しむ人なのです✨
つまり【翡翠】は魔術師達の生涯を描いてる話ですが、色んな魔術師や魔術に関わる人たちが出て来ますが、
実はラムセスが【翡翠】では一番最強の魔術師です。
何故なら彼は「楽しむ人」だから。
メリクもリュティスも魔術の技術も知識も半端ないのですが、
それでも負けます。
「楽しむひと」がどんな世界でも、一番最強なのです✨
今日の話を総合すると
【誰が見ていなくとも一人でも楽しめる人がこの世で一番最強】ということになりますな🥰
完全に私はこれ【創作】が当てはまります。
アスリートとかには「なんでそんな辛いトレーニング頑張れるんだ」とか思いますけど。
でもふと見方の角度変えてみると、私もスクワット100回やれ言われても筋肉痛になるからヤダって思うけど、
「自分の話を100回読み返せ!!」って言われたら全然
了解っ!!✨✨って一つ返事で実行出来ますもんね。
100万字書けって言われても全然平気。
出来る。
何度でも出来る。
結局【創作する】ことより楽しいことなんてこの世には私にとって絶対ないから。
だからこの【知好楽】すっごいわかる✨✨
私の座右の銘の一つですね!