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人によっては全く顧みない

私自身は死ぬ時、何にも一切残したくないんですよね。
一切。何も。
前から言ってるけど、棺桶の中に自分の作品の本だけを入れてもらえればうれしいけど、別に燃やされたら同じです。灰になるのみ。
もし私の遺言を知っている人がいて、本を入れようとしたけれど、どうせならばと思って燃やさず手元に残して、その人が読んで楽しんでくれたりしたら、それもまたすっごい嬉しいしね。

別に理想だけど、そうならなくてもいいのですよ。私は。

ただまあ自分自身が納得できない話は自分の棺桶なんかに絶対入れたくねえじゃん?

そういう意味で言ってます。自分の作品は絶対最終的に商業だろうと自費出版になろうと本にするから、最後には入れてくれと。

自分への戒めなんですよね。

ふざけた内容の話は作らないという。

プロになることも間違いなく100%の願いで、望みですが、
それを遥かに凌ぐ領域に「自分の作品を絶対に本にする」という真の願いがあります。

だから自分の為に完結させる。
自分の為に書く。



まあとにかく、私自身は正直な所何にも残す気無いんですよ。

誰とも繋がりたくない。

と言った方が正しいかもしれませんね。

死ぬ時は、一人で死なせてほしい。

一人で、っていうとね。

独り

という言葉に慣れてなかったり、
本当の意味でなったことの無い人は、

うわぁ……寂しすぎる悲しい可哀想……とか思うと思うんですよ。
その理論は分かります。

しかし、一人で自分に向き合う時に、自分の中に強さや光のようなものを強く自覚できることがあるのですよ。

たった一人で向き合うからこそ、本当の自分の気持ちや願いが分かったり、

美しい、
心に残る風景を見た時に、

そら愛しいあの人と眺めたい……そう思う人もいるでしょう。私も分かりますよ。そういう気持ちは。ありますし。ただ常にそうではないのです。

私の中には孤独を望む気持ちもものすごくある。

一人だけでそこにいたい時に、

誰かが側にいたら、ものすごく邪魔なのです。

邪魔に感じることがある。

私写経をするのが好きと書いたことありますが、
一人で、寺という空間で、
知り合いもいない中で、
ただこう古より語り継がれてきた言葉を、たった一人で書き写している時。

無性に幸せと安心感を感じるのです。

隣に知り合いとかいたら、あんな幸福感は生まれません。

同時に、私は誰かといる幸せも、非常によく分かります。

この近況ノートをよく見て下さる方は分かると思いますが、大学行ってからの、そこで出会った人たち。私の、暗闇の世界を一気にある日変えてくれた、素晴らしいひとたち。

この人達への感謝や、この人達といられる幸福感、安心感も、紛れもなく私の中にあるので、単に孤独を気取って孤独を好んでいる人間というわけではないのですよ。

スポーツとかでもスポーツを共に応援してる仲間とかいますしね。私は。

誰かと共にいること。

素晴らしいですよ。




……しかし、思うんです。




最後の最後の瞬間。

死という巨大な、宇宙の闇のようなものに飲み込まれる瞬間。

だからこそ、家族に側にいて欲しい、愛する人に手を握っていて欲しい、自分は一人だと思わないまま、そういう得体の知れないものの中に向かっていきたい。

そう思う人がいるのも分かります。

死生観とかはやはり生きているうちに変わることもあるのでね。

だから「今現在は」とは言っておきますが、

そういう人もいるのは分かります。



しかし私は違うんですよ。



私は今まで、自分の中に強さを求める時に、
そういう瞬間に他人に全く依存して来なかったのです。
何かあったら、最後の最後に試されるのは、自分自身の強さしかない!!
と思って生きて来ました。

辛い時も悲しい時も、

「この気持ちを乗り越えられるのは、自分だけ!!」

だからしっかりしろ!!✨ って自分自身を鼓舞して、全ての苦難を私は乗り越えて来ました。

この世で一番信じれるのは、私自身なんです。私にとって。

だから思うのは、

死に飲まれる瞬間くらい、

最後の最後くらい、自分だけにしてくれと思う。

一番安心する場所。

苦しい時にいつも見つめて来たのは、
自分の心、あとその心が紡いで来た、私の心が凝縮された、自分の創作だけなんですよ。

それだけが勇気をくれたので、

正直死に向かう時は一番この世で勇気をくれるものに側にいて欲しい。

大切な人とか側にいたら、私はその人を気に掛けてしまう性格をしてるんですよ。逆に。
そんで泣いてる孫娘を笑わせようとして頑張ったりしちゃうから!!!!😇

そういうこと!!!

したくない!!! 最後くらい!!! 🤗✨



自分のことだけ、考えて見つめていればいい。
そういうのが私の至福の境地なのです。



何が言いたいかというと、つまりですね、

私はそういうわけで、全然死ぬ時誰かに何かを託したいとか残したいとか、よいか……私が死んだら三年は伏せておけ……そして影武者を立てるのだ……とか伝えたりしたくないんですよ。

理想は、自分の最愛のスポーツクラブの試合を流していただいて、それを見ながらスッ✨と死ねたら最高ですな。

自分のことだけ考えたい。最後くらい。もともと他人のことを考えてしまう性分なので、最後くらい自分だけの世界に浸らせていただきたい。


そういう考えを自分が持っている為、


逆に、「何かを残したい」と思う人の心理が、思いを馳せることは出来ても、実感としては無いわけです。思わない。


だからこそ、最後に誰かを求めたり、残したいと考える人の思考は興味深いんですよ。私にとって。
自分の中にそういうものが無いからです。
だからなんで最後に何かを人間が残したがるのか? という部分に興味がある。


大好きな海外捜査ドラマにはたくさんの魅力的な死が描かれます。

生と死が。

残される者たち。

死に際に何かを残すものたち。
残したかったけど残すことも出来なかった無念とかも描かれます。
無茶苦茶号泣します!! そういうの!! だから理解出来ないとかではないんですよ。

自分の中にはないけど、

ないからこそ、興味があるのです。



何が言いたいかと言いますと、そういう私にとって【人間の最後の言動】という非常に興味深く思っていて、長年取り組んでいて、作品の中でも書いたりして、
多分これからもずっとずっと真剣に取り組んで、

私自身の作品の中でも、

色んな死の瞬間を書いていくんだろうな

書いていきたいな!! と思っている、そんな大好きなテーマで、


【俺×幽霊×股旅】の本尾さんが、新作書いて下さってたので、





本尾 美春さんの

【極悪人でございました ーー中二病ヒーロー外伝2 巾着田ダンジョン前夜ーー】

ぜひ皆さんもごらんください🤗

大好きなテーマなんですよね~~~~
こういう話読むと色んなこと考える……✨


本尾さんは、プロフィールにこういうことを書かれてます。
「サブキャラも主人公並に活躍する作品が好みです」と。
私がふらっと本尾さんのアカウントに一番最初に立ち寄った時、
この言葉を見た時に、作品読んでみよう!! って直感したんですよ。


というのも私もそうだから。


同じ思想を持った人かもしれん!✨ だったら主人公以外のキャラもきっと大切に書いてくれる人だ! って思って当時(今もだが)全く興味の無いジャンルの一つ【ダンジョンもの】という分類だったのにもかかわらず、読んだんですよ。
この文言が無かったらダンジョンものかーじゃあいいわって弾いてた可能性があるんです。

あんなに面白い話を!!!!

弾いてた可能性があるんですなんて恐ろしい!!!!!!😇


んでも本当にその通りでしたよ。


本尾さんは話も面白もの書く方ですが、
私が思う本尾さんの最大の書き手としての魅力は、【主人公並みに活躍するサブキャラ】を本当に書いて下さる部分だと思います。
そういう人たちに埋もれないような主人公を書こうとするから、全体的に底上げされ、主人公もまた魅力的になるのです。

周囲のキャラが魅力的だからなのですよ。主人公が魅力あるのも。


この話は、そういう主人公以外の人たちにも思いを馳せたり、丁寧に描いてあげたりするのが好きな、本尾さんならではのお話だと思いますね。


こういう話を書く気が無い人とかは多分一生書かずに終わる書き手もいるんだろうなって思います。

間違いなく本尾さんならではのお話ですな!✨

いいね~✨

2件のコメント

  • 七海様、レビューコメントと近況ノートでの言及、本当にありがとうございます。こんなにたくさん私の作品について語ってくれたこと、素直に嬉しかったです。

    この外伝を書くにあたって意識したのは「現代版股旅小説」というコンセプトでした。股旅ものの渡世人というのは、もともと社会の外縁を生きる、褒められた存在ではない人間です。藤崎剛三も、そういう男として描きたかった。彼の半生で語られることのひとつひとつは、全部ほんとうのことです。否定も美化もしていません。だからハヤテに「極悪人でございました」と繰り返させました。

    ただ——私が書きながらずっと思っていたのは、悪事はなかったことにはならない。でも、善行は決して無駄にはならないということでした。

    剛三が洞窟の底で桜井芽衣を助けたこと。それが数ヶ月後、足を痛めた見知らぬ探索者へと繋がっていく。剛三本人はそのことを知らないまま死んでいます。でも確かに、何かが続いていた。

    封筒の中のお金の一部は剛三が用意していたものです。ただハヤテは、それだけでは足りないと判断して自分のお金を加えました。借金の清算と葬儀代まで含めて。お嬢さんには全部お父さんが用意したと思っていてほしかった——そういう男なんです、ハヤテは。それが七海様の読んでくださった「娘さんの苦しみを軽視しなかった」という部分に繋がっていると思います。

    三度目の「極悪人でございました」には、ひとつだけ意図がありました。真帆に「許しなさい」とも「憎みなさい」とも言いたくなかった。あの言葉の後は、真帆自身が決めることだから。許してもいい。許さなくてもいい。どちらも正しいと。

    七海様が書いてくださった「死に際に何かを残す人間の心理」——私自身が実感として持っているかどうかは、正直なところ分かりません。でも、だからこそ書こうとしました。分からないものに想いを馳せて書く、その行為にこそ意味があると、七海様の言葉を読んで改めて思いました。

    これからも読んでいただけたら嬉しいです。本当にありがとうございました。
  • おあ~!! 本尾さんコメントありがとうございます!
    レビューの文章は実は最後のエピローグで感想コメントを軽く書いてから、レビューを書こうと思ったのですが、やっぱりすごく大切にしているテーマなので読み終わったら色々考えるものが生まれたり、感じたりするので、ちょっと感想を書こう……と思ってるうちにやっぱり書きたいことが膨らんで来て、感想コメントには長くなってしまったのでレビューにするか!! ちょっと呼び掛け文章みたいになってしまったけど要点はきちんと言いたいこと書けているし!! って思ってレビューの方に書かせていただきました。

    やはり私も本好きなので、いい作品を読むと感想を自然と言いたくなってしまいます。でも色々やはり本尾さんの作品は見所があるので色々な所に言及してしまっていつも長文になってしまうためなんだか申し訳ない……😊 ただ、多分「最後の善行で全てを肯定し、美化するパターンもあるなあ」とかも思ったんです。それでなんとなくいい感じにまとまる時もあるんですよね。決して最後の善行で全てを肯定したり美化するのが「間違い」とかでも無いと私は思っています。

    この世には親に冷たくされても、やはり子供は親を想ってしまうという理不尽なんかもありますからね……。そういう子の場合、たった一度親が気に掛けてくれたと感じられるだけで、すごく全部が報われる気持ちになれるとかも、人によってはあると思うのです。それこそそれは本人次第なので、誰かが否定する必要の無いことなんですよね。

    しかし本尾さんはそんな中、最後の最後の善行で全てを肯定し、許すのは全てにおいていいと思うわけじゃない、と言っていらして、やはり作品って言うのは作者の思想とか考え次第で、描き方変わって来るものだよなあ……ってすごく感慨深かったです。

    個人的には最後の行いに「意味を持たせた」こと自体が、私はとてもいいなぁって思いました!✨

    そういう考えとても好きです! 

    またぜひ作品読みに行きますね! 素敵な作品ありがとうございました!
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