読んでくださる皆様、評価を下さった夢神様、ありがとうございます。
ようやく一区切り書き溜めることができ、投稿を再開しました。
で、安芸(広島県)がすっ飛ばされて、もう周芳(山口県)なんですか?
てところなんですが……。
広島県の皆様、すみません、安芸って、神功皇后の伝承が少ないようなんですよね。
安芸の国風土記が、逸文さえ伝わっていないのも、大きいかなと。(少なくとも、手持ちの角川ソフィア文庫の風土記には掲載無し)
もちろん、地域の伝承はゼロではなく、船を着けた、釣りをしたという、よくある由緒のほか、鯉を出された喜んだという話が伝わっているのですが、そこから話を膨らませることができませんでした。
鞆の浦での雨乞いについては、鞆の浦の沼名前神社(ぬなくまじんじゃ)が、大綿津見命、須佐之男命をお祀りしているので、創作してみたものです。
沼名前神社参考URLhttps://ameblo.jp/yumenowarutu/entry-12930312417.html
スサノオノミコトは、複雑な性質をそなえた謎多き神ですが(わかりやすいところでは、完本である出雲国風土記に、スサノオノミコトが重要な神として語られていない。ヤマタノオロチ伝説もないなど)、古事記や日本書紀をつぶさにみていくと、
・泣きいさち、暴れることで、山を枯らす(水を操る)
・樹木を授けたことから、山、伏流水、に関係が深い
・紀の国の五十猛命の祖神であること
などから、水の脅威を祀った神、台風を祀りあげた神ではないか、
という手触りが得られます。
なので、雨乞いのためにスサノオノミコトを祀っていただきました。
続く、三原市の浮き鯛神社の話は、日本書紀の条をそれらしく語ってみました。
さて、周芳までやってきた虚空津比売ですが、仲津日子大王は豊浦にはおらず、内陸に逃げていました。お話は続きます。ぜひ引き続きよろしくお願いいたします。