エウメネスくんほどわたしはギリシャ神話知らないので、勉強しながら描きます。
絵は少女漫画風にしたミハエル=シュピーゲル=フォン=フリードリヒ。
プレビュー↓
「我こそは、宮殿料理長のヘラクレス!」
男が堂々と名乗った瞬間、ミハエルは首をかしげながらエウメネスの方を振り返った。ヌアザの放つ蒼白い光の刃が宙を舞い、中庭の石畳に火花を散らしている最中でのことだった。
「ねえねえ、エウメネス」
ミハエルが霊波動の膜でヌアザの攻撃を受け流しながら、呑気に声をかけた。
「ヘラクレスってギリシャ神話でしょ? 君、ギリシャ神話得意だったよね。オデュッセウスとか」
「今そんな話をしている余裕ないっす!」
エウメネスが慌てて身を屈めると、頭上を光の刃が通り過ぎていく。羊皮紙を抱えたまま、必死に戦闘の余波から逃れようとしている。
「でもヘラクレスってあんな性格なの?」
ミハエルが続けた。ヌアザの銀の腕から放たれる破壊光線を軽やかに避けながら、まるで散歩でもしているかのような口調だ。
「キャラ崩壊してそうなんだが」
「キャラ崩壊って……」
エウメネスが困惑しながら答えた。突風に煽られて羊皮紙が舞い上がり、慌ててそれを押さえる。
「確かに、あのヘラクレスは少し……いや、かなり印象が違うけど……」
「誰がお尻好きだと言った!」
ヌアザの絶叫が響く中、ヘラクレスは依然として料理人のエプロンを身につけたまま、手に持った皿を誇らしげに掲げていた。
「特別にお尻の形をしたステーキを作ってきました! A5ランクの和牛です!」
「だから違うと言っているだろう!」
ヌアザの怒りがさらに増大し、今度は本格的な嵐が巻き起こった。翼を大きく広げ、銀の腕から放たれる光が中庭全体を照らし出す。
「う~ん…………」
エウメネスは突風に巻かれながらも、職業病の書記官として冷静に状況を分析しようとしていた。
「とりあえず、ミハエル殿」
「何だい?」
ミハエルが霊波動で光の刃を弾き返しながら振り返った。
「とりあえずギリシャ神話の基礎知識教えてくれ」
ミハエルが言った。
「わたしが知ってるのは日本神話、北欧神話、ギルガメシュ叙事詩、あと少しエジプト神話かな。先に言った3つはかなり詳しいぞ」
「今、この状況で講義を?」
エウメネスが信じられないという顔をした。ヌアザの攻撃が激化する中、のんきに神話談義を始めようというのだ。
「だって気になるじゃん」
ミハエルが当然のように答えた。
「あのヘラクレス、明らかに料理人キャラになってるし」
「料理人って……」
エウメネスが振り返ると、確かにヘラクレスは立派なエプロンを身につけ、手には丁寧に盛り付けられたステーキ皿を持っている。
「ヌアザどの! せっかく作ったお尻ステーキが冷めてしまいます!」
ヘラクレスが戦闘の最中に叫んだ。
「早く召し上がってください!」
「だから私はお尻好きではないと言っているだろうが!」
ヌアザの怒声と共に、さらに強力な光の嵐が吹き荒れた。
「あー、もう」
エウメネスが諦めたように息をついた。
「分かりました。お話ししましょう、ギリシャ神話について」
「ありがっとーエウメネスくん!」
ミハエルが満足そうに頷いた。
「で、本来のヘラクレスってどんな奴なんだ?」
「本来のヘラクレスは……」
エウメネスが器用に光の刃――クラウ・ソラスを避けながら説明を始めた。
「ゼウスと人間の女性アルクメネの息子で、半神半人の英雄です」
「ほう、半神半人か。ギルガメッシュと同じじゃん。母の要素を2/3受け継ぐから母が神なら66%、父が神なら33%神だっけ? ギルガメッシュは66%神なんだよな。雑種だ。ギルガメッシュは」
ミハエルが興味深そうに相槌を打った。ヌアザの攻撃を受け流しながらも、しっかりと聞いている。
「で、どんな性格なんだ?」
「基本的には……」
エウメネスが考えながら答えた。突風に煽られて髪がぼさぼさになりながらも、学者らしい口調を保っている。
「勇敢で力強い英雄ですが、短気で衝動的な面もあります」
「短気で衝動的?」
「はい」
エウメネスが頷いた。
「特に怒ると見境がなくなる傾向がある。
有名な『十二の功業』も、実は怒りに任せて妻子を殺してしまった罪を償うためのものだった」
「おお、結構ダークな話だな」
ミハエルが感心した。
「でもヘラクレスに料理人ってイメージは……」
「全くない!」
エウメネスがきっぱりと否定した。
「むしろ食事については豪快に食べる方で、料理を作るような繊細さは……」
その時、ヘラクレスが嬉しそうに叫んだ。
「おお、わたし、ヘラクレスの話をしてくださるのか!」
「あ、聞こえてたのか半神」
ミハエルが苦笑いした。
「じゃあ直接聞こうか。なぜ君は料理人になったんだ?」
「それは……」
ヘラクレスが照れくさそうに答えた。
「この世界に来てから、力だけではなく何か人のためになることをしたいと思いまして」
「人のためになること?」
エウメネスが首をかしげた。
「それで料理を?」
「はい!」
ヘラクレスが力強く頷いた。
「美味しい料理で人々を幸せにしたいのです! 特にお尻ステーキは自信作で……」
「だからお尻ステーキはやめろ!」
ヌアザが再び絶叫した。今度は翼を大きく羽ばたかせて空中に舞い上がる。
「もういい! 全員まとめて消し去ってやる!」
「あー、ヌアザさんがまた怒っちゃった」
天馬蒼依が苦笑いしながら言った。
「ヘラクレス、空気読もうよ」
「空気?」
ヘラクレスが首をかしげた。
「でも、せっかく作った料理を無駄にするのは良くないと思うのです」
「良くないって言っても……」
ユーナが困った顔をした。
「今は戦闘中ですよ?」
「戦闘中だからこそ」
ヘラクレスが真剣な表情で言った。
「栄養補給が重要なのです!」
「栄養補給って……」
カッサンドロスが呆れた。
「そういう問題じゃないでしょう」
「補給が大事とは補給の帝王エウメネスくんっぽい考え方するね。ヘラクレスって」
ミハエル=シュピーゲル=フォン=フリードリヒはエウメネスを見ながら言った。
その間にも、ヌアザの怒りは収まる気配がない。空中から強力な光線を放ち、地面に大きなクレーターを作っている。
「でも気になるな」
ミハエルがエウメネスに続けて聞いた。
「ギリシャ神話って、他にどんな神や英雄がいるんだ?」
「今そんなことを……」
エウメネスが体を弓なりにそらせてヌアザの光の破片を避けながら抗議した。
「命の危険があるのに神話談義なんて」
「大丈夫大丈夫」
ミハエルが軽く手を振った。
「ヌアザの攻撃なんて、この程度なら余裕だよ」
「この程度って……」
プトレマイオスが驚いた。
「中庭が半壊してますよ?」
「細かいことは気にするな」
ミハエルがあっけらかんと答えた。
「で、エウメネス、続きを」
「はあ……」
エウメネスが諦めたようにため息をついた。
