本当に紀元前4世紀のどこかに飛ばしたのか、21世紀に飛ばしたのかは本人に聞かないと分からない。
桜雪さゆはくすくすと笑いながら、首を取って回した。再び彼女の頭が外れる。水鏡冬華がそれを見て、思わず額に手を当てた。
「やめなさいって。さっきもプトレマイオス驚かせたでしょ」
マケドニア貴族はその光景を見て、膝から崩れ落ちた。これ以上の衝撃を受け入れる精神力は残っていなかったのだろう。女(紀元後21世紀)も再び座り込んでしまった。ガートルードが慌てて彼女を支える。
桜雪さゆは頭を元に戻すと、女(紀元後21世紀)の前に膝をついた。
「ごめんなさいね。わたしの力の余波で、あなたがこんな目に遭うなんて。今すぐ元の時代に戻してあげるわ。
なーんて言わない!! 21世紀なんてしーらね! あんな腐った時代に戻りたくないでしょ~~?
紀元前4世紀でクソして寝ろ!!!!」
そう言うと、桜雪さゆは指をパチンと鳴らした。女(紀元後21世紀)の体が青白い光に包まれる。そして、彼女は徐々に透明になっていった。
(中略)
六人の女性たちが21世紀化したマケドニアの王都ペラへと足を踏み入れると、そこはまるで異なる世界だった。
古代の石造りの建物と現代的なガラスの高層ビルが不思議な調和を見せている。
道路には自動車が走り、かつてのマケドニア市民たちは混乱しながらも、この奇妙な状況に適応しようとしている様子だった。
水鏡冬華は周囲を注意深く観察していた。この時空の歪みがどこまで広がっているのか、そしてフィオラの居場所を探る手がかりはないか。
「あのアホ女……本当に面倒な事を」
水鏡冬華の心の中では苛立ちと諦めが入り混じっていた。彼女の霊波動の感覚で、この街の異常さを敏感に感じ取っていた。
時間と空間が不自然に融合し、歴史の糸が絡み合っている。
「頭病めそう」
と口ずさまずにはいられなかった。。
「わあ! これがちたまの21世紀なんだね! 原始人~~!」
天馬蒼依が目をキラキラさせて叫んだ。
「すごーい! あの箱みたいなの、中に人が入ってる! 動く墓(車)とか動かない墓(ビルを遠くから見ると墓に見える)に自分から入るってちたま(地球)のマイブームなの?」
天馬蒼依は車を指さして興奮していた。彼女の周りにはまだ青い霊気が漂っているが、先ほどと比べると随分と落ち着いている。戦闘の昂りから好奇心へと感情が切り替わっているようだった。
「さっきいったでしょ。あれは自動車っていうのよ。まあ軽四は走る墓って言っても差し支えないかしらね……」
冬華が説明する。
「蒼依、あんまり浮かれないで。私たちは今重要な任務があるのよ」
ガートルード=キャボットは静かに周囲を見回していた。彼女の白い衣装が人々の注目を集めるが、21世紀化したこの街には奇妙な服装の人も多く、それほど浮いてはいなかった。
「この状況、市民に与えるショックは相当なものでしょうね」
ガートルードが心配そうに言った。
「癒しの魔法で少しでも心の平穏を……」
「そんな暇はないわよ」
桜雪さゆが十二単の袖をひるがえして言った。
「フィオラを見つけなきゃ。きっとアンティゴノスの宮殿にいるはずよ」
アン=ローレンは銀髪を風になびかせながら、鋭い眼差しで街を見渡していた。
「宮殿らしき建物は、あの高い丘の上にあります」
アンが指差した先には、現代的な高層ビルに囲まれながらも、古代マケドニアの宮殿が威厳を保って建っていた。
「ただ、警備が厳重なようです」
ユーナ=ショーペンハウアーは青い杖をゆっくりと回しながら考え込んでいた。
「この時空の歪みは正確に言うとどういう状態なのでしょう?」
彼女は学者のように分析的に質問した。
「過去と現在が混ざっているのか、それとも過去が現在に変質したのか…」
「詳しい分析は後にしましょう」
水鏡冬華が遮った。
「今は早くフィオラを見つけて、エウメネスの計画を助けることが先決よ」
六人は宮殿に向かって進んでいったが、すぐに問題に直面した。宮殿の周りには混乱した市民だけでなく、アンティゴノスの兵士たちが警戒を強めていたのだ。宮殿に入るためには、何らかの策を講じる必要がありそうだった。
桜雪さゆはにやりと笑って、首を軽く回した。
「簡単よ。わたしが空間ごと時間を凍らせれば、時間凍結であらほらさっさ……」
「待てい」
水鏡冬華が半眼で桜雪さゆの手を掴んだ。
「もうこれ以上余計な混乱を起こすな。このままでも十分混乱してるんだから」
桜雪さゆは不満そうに唇を尖らせた。
「つまらないわね。でも、いいわ」
天馬蒼依が前に出て、拳を握りしめた。
「じゃあ、正面から突っ込むしかないじゃん! わたしが霊気のキャノンで突破口を……」
「おーまーえーらーは~~~~!!」
水鏡冬華が頭を抱えた。
