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テッサテロニケ

 テッサテロニケっていい名前だと思う。
 個性的だし。人魚伝説もあるのねー。テッサ。
 絵はヤマトタケル。アレクサンダー大王の時代はまだ生まれてません。出雲と同じ、生まれるのはアレクサンダーより630年後。
プレビューは↓


「テッサテロニケ無害に思えるんだけど、手を出さなければ。」
 桜雪さゆがそういう。
 オリュンピアスは桜雪さゆの言葉に一瞬驚いた表情を見せた。テッサロニケの名前を妖怪が知っているとは思わなかったからだ。
 彼女の目が鋭く細くなる。
 人間の王と妖怪の間には、常に一線が引かれていると思っていたが、この雪女は予想以上に多くのことを知っているようだ。
「テッサロニケ……」
 オリュンピアスは名前を口にした瞬間、その声色が柔らかくなった。
「あの子はただの駒にすぎぬ。カッサンドロスが私の息子の血筋を奪うために利用しておる駒じゃ」
 桜雪さゆは指先で小さな氷の結晶を作り出し、それをテッサロニケの形に変えていく。
 繊細な顔立ち、震える瞳、内気な佇まい―—すべてが氷の中に閉じ込められていく。
「でも無害じゃない? カッサンドロスの妻になってるけど、自分からなったわけじゃないし。
 オリンピックさん、あなたも彼女を怖がらせてたんでしょ? 密儀とかいうので」
 オリュンピアスの顔に一瞬憤りの色が浮かんだが、すぐに消えた。彼女は長く息を吐き、宮殿の柱に触れながら静かに言った。
「密儀は神々との交わりじゃ。あの子に理解できんのは当然。弱い心の持ち主にはな」
 桜雪さゆの手の中でテッサロニケの氷像がゆっくりと回転する。氷の中の少女は悲しげな表情を浮かべていた。
「弱い心? それともオリンピックさんが怖すぎただけ?」
 桜雪さゆは意地悪く笑みを浮かべながら問いかけた。
「テッサロニケは天パの意気地がない顔したカッサンドロスとの間に子どもがいるんでしょ? その子たちはどうなるの?」
 オリュンピアスの表情が一瞬だけ揺らいだ。孫と呼べる存在への複雑な感情が浮かび上がったようだ。
「奴の子であっても、わが息子アレクサンドロスの血を引く者たちじゃ……」
 桜雪さゆは氷の像を手で包み込み、突然それを握りつぶした。砕け散った氷の破片が宮殿の床に散らばる。
「面白いわね。テッサロニケをどうするか決めた? わたしはねー、あの子と会ってみたいの。カッサンドロスを困らせる方法を考えるために」
 オリュンピアスは桜雪さゆの行動に眉をひそめながらも、その言葉に興味を示した。
「テッサロニケに会うというのか? どうやって?」
 桜雪さゆは床に散らばった氷の破片を見つめ、一本の指でそれらを動かして奇妙な模様を描き始めた。
「北マケドニアに行けばいいじゃない。わたしが作った紀元前4世紀に囲まれた21世紀地域よ。そこでカッサンドロスはきっと混乱してる。テッサロニケもね。
 そりゃあ自分の地域の2300年後がいきなり現れたらびっくりするでしょ~?」
オリュンピアスの目が光った。
「そこでエウメネスの件も……」
「そう、一石二鳥。フィオラの計画を邪魔しながら、カッサンドロスも困らせられる」
 桜雪さゆは嬉しそうに言った。
「そういえば、オリンピックさん。プトレマイオスとは話した? あの天パのノッポ鼻でかくんとは?」


 オリュンピアスは桜雪さゆの質問に眉を寄せ、プトレマイオスの名前を聞いて表情が変化した。
 古代エジプトの権力者との関係は複雑だ。彼女の手が宮殿の石柱に触れたまま、指先が微かに震える。
「プトレマイオスか。奴は狡猾な男よ。まだ直接は会っておらぬ。この地に逃れてきたとき、彼の部下が迎えただけじゃ」
 オリュンピアスはプトレマイオスという名前を口にするだけで、唇が僅かに歪むのを抑えられない。
 アレクサンドロスの将軍たちへの不信感が根深いのだろう。
 かつて息子を支えた男たちが、今は自分の利益のために権力を奪い合っている現実を、彼女は受け入れられずにいた。
「奴らは皆、わが息子の栄光にあやかりたいだけ。真の忠誠心など持ち合わせておらぬ」
 桜雪さゆは氷の破片で描いていた模様を完成させ、それが北マケドニアの地図の形になった。
 氷の地図は妙に現代的な地形を示している。彼女の指がゆっくりと地図の上を這い、ある一点で止まった。
「ここにカッサンドロスがいるわ。わたしの氷の目が教えてくれたの。きっと混乱してるわよね、いきなり2300年後の世界が出現したんだもん」
 桜雪さゆは楽しげに笑い、十二単の袖を揺らした。彼女の周りの気温が急激に下がり、オリュンピアスは思わず腕を抱いた。
「プトレマイオスにも会わないと。彼の協力がないと、カッサンドロスへの復讐も難しいでしょ? それに、エウメネスのことをどう思ってるか聞いてみたいわ」
 オリュンピアスは桜雪さゆの提案に考え込んだ。
 プトレマイオスとの関係を強化することで、エジプトでの自分の立場をより確かなものにできるかもしれない。
 そして何より、カッサンドロスへの復讐の可能性が彼女の心を強く動かしていた。
「よかろう。まずはプトレマイオスに会おう。
 だが気をつけよ。あの男は賢い。妖怪の力など見せれば、利用しようとするだろうからの」
 桜雪さゆは妖しい笑みを浮かべ、氷の地図を両手で包み込むと、それを小さな氷の球に変えた。球の中には微かに北マケドニアの風景が見える。
「わたしを利用しようとするなんて、面白いわね。逆に利用してやるのも楽しそう。プトレマイオスと会って、それから北マケドニアへ行きましょう。フィオラの計画も知りたいし、テッサロニケにも会いたいわ」
 オリュンピアスは静かに頷き、宮殿の窓から外を見た。エジプトの太陽が眩しく照りつける中、彼女の心は故国マケドニアへの思いで満ちていた。復讐と権力への渇望が彼女の目に宿る。
「さあ、行こうか。プトレマイオスの宮殿はここから近い」
 彼女が歩き始めると、十二単の桜雪さゆは軽やかに空中を漂い、彼女の後を追った。

 エジプトの宮殿。プトレマイオスがくつろいでいる。警備兵もあくびをしている。
 とそこに小さな炎の竜と小さな氷の竜がプトレマイオスに向かって急直進する!
 ごぽごぽごぽごぽごぽごぽごぽごぽごぽごぽごぽごぽっ!
 小さな炎の竜と小さな氷の竜はプトレマイオスの中に入ってしばらく暴れた。
「!? !!!!! ?????!」
 声にならない声で暴れるプトレマイオス。
 やがて、プトレマイオスの全身の毛穴から毛穴の総数分の桜雪さゆの小人が出てくる。
 そして、全員が合体して、元も大きさの桜雪さゆになった。
 さゆが炎を出し氷も出す。
「呼ばれて飛び出てこにゃにゃちはー」
 桜雪さゆが挨拶をする。
 玉座の間の半分が-10度になりもう半分は50度となる。
 後ろから、オリュンピアスが優雅に歩いて、玉座の間に入った。
「寒いのが熱いのかどっちだ、これは」


 プトレマイオスは目を見開いたまま、体を震わせていた。全身の毛穴から出てきた無数の桜雪さゆの小人たちが合体して元の大きさになるという奇怪な光景を目の当たりにした彼の顔は青ざめ、冷や汗が額を伝っていた。
「な、何だ、貴様は……!?」
 プトレマイオスは震える声で言った。
 彼の頭の中は混乱で一杯だった。今まで経験したことのない恐怖と戸惑いが胸を締め付ける。
 この妖怪のような存在は一体何者なのか。そしてなぜ自分の体内に入ってきたのか。狂気と思えるほどの出来事に、理性的な説明を見出せずにいた。
「呼ばれて飛び出てこにゃにゃちはー。
 何だ貴様と聞かれたら! 答えてあげるが世の情け! とはわたしは思わなーい! よ~ん!」
 と桜雪さゆは言い、周囲の温度を奇妙に操作していた。玉座の間は半分が極寒の氷点下、もう半分は灼熱の暑さに包まれている。
 オリュンピアスがそこに優雅に歩いて入ってきたとき、プトレマイオスの目はさらに大きく見開かれた。アレクサンドロス大王の母が突然現れるとは思いもよらなかったからだ。
「オリュンピアス殿下?」
 プトレマイオスは半ば信じられない様子で言った。
「どのようなご用件で……」
 オリュンピアスは涼しげな表情で返した。
「久しぶりじゃな、プトレマイオス。わしを忘れたとは思わぬが、アレクサンドロスの母をこのような待遇で迎えるとは思わなんだ」
 プトレマイオスは瞬時に気を取り直し、政治家らしい冷静さを取り戻そうとしていた。この突然の来訪には何か意図があるに違いない。彼は慎重に言葉を選んだ。
「申し訳ありません。ご無礼をお許しください。ただ……」
 彼はさゆの方を見て言葉を濁した。
「彼女は桜雪さゆじゃ。わしの……新しい友人だ」
 オリュンピアスは微妙な笑みを浮かべた。
「貴殿に会わせたいと思ってな」
 さゆは十二単の袖を揺らしながら、プトレマイオスの周りをひらひらと舞い始めた。彼女の動きに合わせて、温度の境界線も部屋の中を移動していく。
「へー、これがプトレマイオス? トレミー髪の毛がふわふわしてるね~。ミハエルが言ってたとおり、天パのノッポで鼻デカいや。でも面白そうだから燃やさないであげる」
 プトレマイオスは明らかに緊張していたが、エジプトの支配者としての威厳を保とうとした。
「このような訪問の目的は何でしょうか、オリュンピアス殿下?」
 オリュンピアスは玉座に近づき、あたかもそれが自分のものであるかのように腰を下ろした。
「単刀直入に言おう。カッサンドロスのことじゃ。奴の計画について話し合いたい」
 プトレマイオスの目が鋭くなった。カッサンドロスの名前を聞いただけで、この訪問が単なる社交的なものではないことが明らかになった。
 彼は椅子から立ち上がり、警備兵たちに下がるよう手で合図した。
「詳しく聞かせていただきたい」
 プトレマイオスは言った。
「寒いか暑いか分からんこれをどうにかせい」
 オリュンピアスが桜雪さゆに命令する。
「はいはい、エアコン何度がいいですかー1000兆度から-270度まで行けますよ~~」
「普通にせい」
「ほいほい」
 桜雪さゆは指先をひらめかせ、部屋の温度が一瞬で快適な状態へと変化した。冷たい氷の気配も、灼熱の炎の感覚も消え、エジプトの宮殿らしい心地よい涼しさだけが残る。
「で、プトレマイオスよ」
 オリュンピアスが話を始める。
 桜雪さゆはくるりと回って、十二単の長い袖を揺らしながら、オリュンピアスの後ろに控えたように見える。見える。見えはする。
 プトレマイオスは急激な温度変化に唇を引き結びながらも、表情を整え、政治家らしい冷静さを取り戻そうとしていた。
 額から流れる冷や汗を拭い、オリュンピアスに向き直る。目の端では、常に桜雪さゆを警戒していたが。
 彼の頭の中は混乱している。アレクサンドロス大王の母がここに現れること自体が予想外だった。
 しかも、この不思議な力を持つ妖怪のような存在を伴って。
(この訪問には何か重大な意図があるに違いない!)
 カッサンドロスの名前が出た時点で、単なる社交的な訪問でないことは明らかだった。
「カッサンドロスについて、何を話したいのだ?」
 プトレマイオスは慎重に言葉を選びながら尋ねた。彼はディアドコイの中でも特に計算高いと知られている。
 せっかく築いたエジプトでの地位を危うくするような行動は取りたくない。
 オリュンピアスはプトレマイオスの玉座に深く腰掛け、まるで自分がこの宮殿の主であるかのように振る舞った。彼女の鋭い目はプトレマイオスを貫くように見つめている。
「聞いておるか? マケドニアの一部が何か奇妙な変化を遂げたという話を」
 オリュンピアスは静かに、しかし威厳ある声で言った。
「北マケドニアと呼ばれる地域だ。さゆの力によって、そこはわしらの時代から2300年後の未来の世界になっているらしい」
 桜雪さゆはくすくすと笑い、指先からまた小さな氷の結晶を生み出した。
「21世紀の北マケドニアよ。ちょっと面白いでしょ? カッサンドロスはきっと混乱してるわ」
 プトレマイオスの目が驚きで見開かれた。もしそれが本当なら、戦略的に非常に重要な情報だ。カッサンドロスの混乱は彼にとって好機となるかもしれない。
「それだけではない」
 オリュンピアスは続けた。
「エウメネスのことも知っておろう。彼が生きていて、日本という東の島国へ逃れようとしている」
 プトレマイオスは目を細めた。
(日本ってどこ?)
 この頃の地中海の認識はこの程度である。
 アレクサンドロス大王の元将軍で、最後まで忠誠を尽くしたエウメネスの名前は、彼にとって懐かしいものだった。

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