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祈りと追悼の日

言葉が出てきませんでした。
震度7。

想像を絶する恐怖だったと思います。
身の安全を確保すること自体が難しいと思います。

どうか、どうか生きてください。


3.11のあの日。
私はいつもどおり仕事をしていました。
昨日まで送っていた生活が、日常が一瞬にして崩れました。

車でしか生活できないのに、ガソリンスタンドには長蛇の列。
救急車両優先とはいえ、生活物資や給油が行き渡らない
不安がありました。

明日からの生活が突然止まるなんて考えられませんでした。

病院ではエレベーターが止まり、病棟に食事を運ぶために
トレイに載った食事のバトンリレーの列ができました。
建物は無事でしたが、傷跡が残りました。

近隣の公民館は避難所になり、婦長さんは朝礼の挨拶で
泣いていました。

今でも帰省すると、着の身着のままで非難された方や
ご家族を亡くされた方のことを思い出します。

私の住んでいた地域は被害を免れましたが
放射能を浴びた可能性があるとして市へ
調書も提出しました。

忘れることなど、出来ません。
うまく言葉にはなりませんが、一人でも多くの方の
命が救われるよう、お祈り申し上げます。

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