さて、昨日に引き続き鬼の博物館の話。
そこで、驚いたのは、置かれている資料や参考書の中に古代史に関するものがずいぶんあったという事。
特に神武東征の件のものが多い。
あれ?コレひょっとして同じ経路で鬼のルーツ辿ってない?ってなってました。
で、昨日もざっと買ってきた本やらを流し読みしたり、博物館で見聞きした事を並べてみます。
一、鬼という言葉は仏教と共に広まっており、古代にその言葉はない事
根本漢字が仏教と共に広まり、仏教、陰陽道が拡大するに従って「鬼」という言葉が広まったという事。
どうも、それに従って土雲。土蜘蛛、土熊みたいな対抗部族の人たちを卑下していう言葉が「鬼」に変わった気配があります。
あ、つまり土蜘蛛=鬼というのが奈良時代から進み、平安時代くらいには完全に「鬼」という言い方に変わった様子があるんです
二、大江山には鬼が繰り返し出没しているという事
コレ私知らなかったのですが、大江山には鬼が出て退治されたという伝説が3つ出来上がっています。
一つ目は玖賀耳之御笠(くがみみのみかさ)を崇神天皇の時代にヒコイマスノキミが土蜘蛛の玖賀耳之御笠討伐した話(古事記)
この時は「鬼」という言葉が無く土蜘蛛と括っています
二つ目は聖徳太子の弟の麻呂子親王が大江山の奠胡、迦楼夜叉 槌熊を退治したと言う話(清園字縁起略記)
ちなみに、上記した三鬼の漢字は最古のもので、資料によっては英胡、軽足、土熊となっています。
て、この土熊って土蜘蛛の当て字?とも思ったのですが、最古の表記「槌熊」っていうのも引っ掛かります。つまりは槌を使っていたひとなのでは?と思いました
そして三つ目は、ご存知源頼光が酒呑童子を退治した話。
なんかいろんな伝説が混在し、大江山にはその遺跡があちこちにあります。
大江山は鬼やら土蜘蛛やらの抵抗勢力がなんだかんだで根城しにやすい要素があったという事なんでしょうね
三、鬼伝説を追いかけると何故か鉱山に当たる。
前述した「槌熊」も気になっていたのですが、なんであんなに大学の先生が製鉄についてこだわるのか?
と言う話が、買い漁った資料の中にありました。
どうも鬼の伝説を追いかけると、大体鉱山やなんやが近くにあるって言うのは有名な話のようです。丹後も古代は鉄の国として知られていたようです
大江山近辺でも、タタラ製鉄が行われていたらしく、その近辺は赤々火のともる「魔の山」なんて呼ばれていたとか。
当然、燃料として木材が必要なはずなので、近辺は里山、つまり木の切られた山がそこそこ広がっていたんじゃ無いでしょうか?
イメージすると「もののけ姫」のタタラ場みたいな感じです。
そら魔の山とか言いたくなるよなって気もしますね。
4、そして出てくる「ニギハヤヒ」
これは昨日コメ欄でも書きましたが大江山から北に行くと宮津、天橋立がありますが、そこに「元伊勢」とされる籠神社があります。
なんとここの御祭神はニギハヤヒと同一神と言われる彦火明命。
なんか物部氏の力のバックボーンに丹波があったんじゃ無いかという疑いがかかります
まず、お伊勢さんが、あちこち全国を回って最終的に今の場所に落ち着くわけですが、
コースがコレ
大和国(菟田の篠幡など)
• 伊賀国
• 近江国(淡海)
• 美濃国
• 尾張国
• 丹波国(丹後を含む、吉佐宮など。現在の京都府北部に「元伊勢」とされる神社多数)
• 伊勢国内の複数地点
これらの一時鎮座地を総称して「元伊勢」と呼びます(現在60箇所以上が候補・伝承地として知られる)。
4. 伊勢国 五十鈴川上
迷走ですw
なんで伊勢の前が丹波だったのかさっぱりです。
神社の形態も違うそうです。
少なくとも出雲近辺にはヤマト王権が無視できない勢力があったようです。
この辺はヤマトタケルの件でもあります。
大陸から技術がもたらされ、鉄器の技術があり、鉄が取れると言う事で、まぁそうなるよなって要素はたくさんあります。
もしかすると、ニギハヤヒを主神とする日本海側の大きな勢力がアマテラスを主神とする勢力に屈服した痕跡がそこにはあるのかも?
土蜘蛛はその中で採掘や鍛冶に従事した、人々、なんなら大陸から渡ってきた渡来人の集団だった可能性もあるとの事でした
うーん、奥が深くてまだ語れるんですが、長くなるのでこの辺でw
多分、私の書く話ではここまでは使いませんしw
なんぞ参考になれぼ幸いです