空の大きさが、怖くなったとき

こんにちは
紬です。


私の近況ノートを開いて読んでくださった方ありがとうございます。


ふと見上げた空が、あまりにも広すぎて、少しだけ息が詰まるような気持ちになる日があります。

青くて綺麗なはずなのに、自分だけが取り残されているような感覚になることがあるのです。

周りの人はちゃんと前に進んでいるように見えて、季節も時間も変わらず流れていくのに、自分だけが同じ場所に立ち止まっている気がしてしまう。
そんな日に見る空は、優しさよりも「広すぎる世界」を突きつけてくるようで、少し怖い。

昔は、空を見れば元気が出ると思っていました。
疲れた日でも、夕焼けを見れば救われる気がしていたし、夜空を見れば「明日も頑張ろう」と思えていた。

でも、大人になるにつれて、空は時々残酷です。

自分の悩みなんて小さいものだと分かってしまうから。
自分が抱えている不安も、寂しさも、どうしようもない焦りも、こんな広い世界の中では簡単に飲み込まれてしまう気がしてしまうから。

「このままでいいのかな」
「ちゃんと生きられているのかな」
「誰かみたいになれない自分には、何が残るんだろう」

そんな答えのないことばかり考えてしまう夜があります。

そして、そんな夜にふと思い出したのが、きずなごとの歌詞でした。

「こんな夜、月くらいは見えてもいいのにな」
という言葉には、ただ月を探しているだけじゃない、救いを探しているような寂しさがあって。
真っ暗な気持ちの中で、せめて小さな光だけでも欲しいと願ってしまう感情が、そのまま閉じ込められている気がします。

「幸せになりたいと
思っていいだろうか」

この歌詞も、とても静かな言葉なのに、胸の奥へゆっくり刺さってくる。

本当に疲れてしまった時って、「幸せになりたい」と願うことさえ、どこか申し訳なく感じてしまうことがあります。
自分なんかが望んでいいのかな、とか。
ちゃんとできていない自分には、そんな資格はないんじゃないか、とか。

でも本当は、誰だって幸せになりたいと思っていいはずなのに。

「変われてない私はあの日に残ったまま」

この一文には、時間だけが進んで、自分の心だけが過去に置いていかれてしまったような感覚があって、すごく苦しくなる。

忘れたと思っていた出来事。
乗り越えたつもりだった感情。
それなのに、ふとした瞬間に昔の自分が顔を出して、「私はまだここにいるよ」と囁いてくる。

人は簡単には変われないし、綺麗に過去を終わらせることもできない。
だからこそ、前に進めていない気がしてしまう夜があるのだと思います。

けれど、変われていないように見える日々の中でも、ちゃんと今日まで生きてきたことだけは、本当なんですよね。

空が怖くなる夜も、月を探してしまう夜も、幸せを願うことに戸惑ってしまう夜も。
全部抱えたまま、それでも朝を迎えている。

それだけで、本当は十分すごいことなのかもしれません。

いつかまた、空を見上げた時に。
「怖い」より先に、「綺麗だな」が浮かぶ日が来たなら。
その時はきっと、少しずつでも、自分の時間を生きられるようになっていますように。




本日の一曲は、きずなごと/UNFAIR RULE



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