仲良しのライターさんがイタリアンジェラート持参して遊びにきてくれた。
ひんやりと甘いジェラートを味わいながら、愛猫の三条さんを傍らに、彼女とこんな会話を交わした。
乃東「登場人物に血が通うって、どんなことを言うのでしょう?」
彼女は少し考えて、こう答えてくれた。
ライターさん「その世界で息づいて生活しているリアリティかな?人生って積み重ねでしょ?誰だって今まで、家族や友達、先輩後輩、先生や上司、恋人とかと関わって生きてきたじゃない?そういう社会的繋がりって人を作るんだよね。小説の人物にも転用できるよ」
この言葉には、創作における極めて重要な真理が隠されていると感じ天啓を得たような気がした。
多くの書き手が、キャラクターにリアリティを持たせようとするとき、年齢や職業、あるいは「ツンデレ」「冷徹」といった属性をプロフィールに書き連ねがちだ。
ライターさんに自分のメモを見せたら、それだけではキャラクターは「設定」という名の骨組みのままで、血は通わない。と言われた。
キャラクターに生きた血を巡らせるもの。それこそが、彼女の言う「人生の積み重ね」であり「社会的繋がり」なのだ。設定は別に全て小説で語る必要はない。物語の中で見せる人物の生き様を考えるために作るのだと。聞いた話をまとめてみた。
1. 「他人の影」が人を形作る
私たちは完全にゼロから出来上がったわけではない。母親の口癖、昔の恩師に叩き込まれた礼儀、あるいはかつて深く愛した人が好きだった音楽――。
今を生きる私たちの内側には、これまで出会ってきた人たちのエッセンスが、地層のように積み重なっている。
キャラクターも同じだ。彼らが持つ独特のこだわりや無意識の癖の向こう側に、「かつて彼に関わった誰かの気配」が透けて見えたとき、読者はそこに「生きてきた時間」を感じ、物語の幕が上がる前の人生を想像する。
2. 関係性のグラデーションが「多面性」を生む
人間は、対面する相手によって違う顔を持つ。上司の前での顔、旧友の前で見せるくだけた笑顔、大切な人の前だけで零す弱音。誰に対しても一貫して同じ態度を取り続ける人間など、現実には存在しない。
キャラクターに血を通わせるには、この「関係性によるグラデーション」が不可欠だ。冷徹な主人公が、特定の誰かの前でだけ年相応の顔を見せる。その落差と揺らぎこそが、記号としてのキャラクターを「一人の人間」へと昇華させるという。
3. 画面の向こうに広がる世界
社会的繋がりは、作中に直接登場する人物だけに留まらない。「実家の親がうるさくてさ」という何気ない一言や、誰かから譲り受けた古い万年筆。画面の外に控える「見えない関係性」を匂わせることで、キャラクターが生きる世界は一気に奥行きを増し、ワイドレンズのように広がっていくのではないか?
◇◇◇
キャラクターに血を通わせるとは、彼らを孤立した「点」として描くのではなく、無数の出会いと別れが織りなす「線」の中に置くこと。
さすがは、プロの文字書きさんである。
物語に命を吹き込むための、深い知恵だった。
三条さんの柔らかい毛並みを撫でながら、改めて思う。私のキャラクターもまた、誰かを愛し、誰かに影響されながら、あの世界で確かに息づいているのだと……。
要は行き当たりばったりではいかん。
と言うことなんですね。
賢くなった気がします。