「親元を離れると、親子の時間はもう残り少ない」
母の日に目にしたその言葉は、28歳の私の胸に、突き刺さりました。
大学進学で家を出て10年。仕事に追われる日々のなか、母への連絡はLINEで近況や観た映画の話を添える程度。生涯で母と過ごせる時間は約7年半、その7割以上は18歳までに終わってしまうという事実に、愕然としたのです。
年に数回の帰省では、あの「7年半」を数日分しか積み増しできない。「また今度」と先延ばしにできるほど、時間は潤沢ではないのだと思い知らされます。
母の日の贈り物が届いた頃を見計らい、電話をかけました。
「私が花より団子なの、我が子はわかってるわー!すき焼き肉!嬉しいわぁ!」
受話器から弾けたのは、そんな明るい声でした。
兄からはステーキ肉、学生の妹からは焼き菓子が届いたそうで、
「母さんに食べ物を送ってくれる子供たちスッキ!」
と笑う母。その陽気な響きに触れ、失われゆく時間を惜しんでいた心に、温かな灯がともりました。
母は昔から、面白い人でした。
幼い頃の寝物語。母が語ってくれたのは、飼い猫の「三条」が喋りだす不思議な冒険の数々。あのワクワクする時間が、今の私が物語を愛する原点になっています。
物語の続きを夢中で聞いていたあの夜も、受話器越しに笑い合う今この数分も、かけがえのない「7年半」の一部。
しみじみとそんな幸福を噛み締めていたら、母が言いました。
「夏、帰省するんでしょ?待ってるからね!」
待っていてくれる母がいる、ありがたい。
限られた時間だからこそ、大切に積み上げていきたい。 受話器を置いたあと、カレンダーの夏休みに赤丸をつけました。