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カミングアウトの映画が本当にアウトだった件

同居人が突然某国の大手制作会社の映画配信サイトに登録した。なんでも最近公開された短編アニメーションがあって、このサイトでしか観られないのだと言う。映画はその制作会社が「初めて同性愛を扱った作品」として高らかに宣伝しているそうだ。
それで僕も一緒に観た。
だいたい10分ちょっとの作品だったと思う。

……ごめん。
なんというか、こんな薄っぺらい映画は初めて観た。

ストーリーはこうだ。
新居に引っ越したばかりの男同士のカップルのところに、片方の両親がサプライズ訪問する。両親にどうカミングアウトしようか悩んでいた男は突然の訪問にパニックになる。あわてて相方を追い出し、カップルが映っている2ショット写真を隠したりしてごまかそうとするが、飼い犬の首輪がなぜか自分の首に巻きつき、魔法がかかって脳みそが犬になってしまう。で、反対にこの魔法で人間の思考を持ってしまった犬は、飼い主のため母にその写真を見られまいと悪戦苦闘する。
結局母は息子の性的指向を最初から知っていて、なぜ打ち明けてくれないのか、母ちゃんは淋しいと独り言をこぼす。それを聞いていた犬は家から飛び出してしまった主人を探し出す。すると魔法が解けて、最後は両親に相方を紹介して大団円。

このあらすじだけでどれぐらい理解してもらえるか分からないけど、どうして薄っぺらいと思ったかというと、肝心な部分が何も描かれていないからだ。
カミングアウトを題材にしているはずなのに母は最初から全部知っている。問題はただのコミュニケーション不足だったということだけ。難しいところは全部魔法が解決してくれるのだからハッピーエンドは当然だ。
男は犬に変身したおかげで親と対峙すらしていない。追い出された相方は笑顔で戻っていて、ラストじゃ初対面の親父と握手する。なんというユートピア。こんな風に丸く収まるならば断絶する親子なんかいないわけで。

この映画、冒頭に「実話をもとにした話」という一文が出る。うーん、実話ならばもう少し掘り下げる部分があったのではないか。本当に魔法に頼ったのですかと訊きたくなる。

「旬な題材」だからか知らないが、これがアカデミー賞の短編アニメ賞候補になっているという。同居人は「どうせこれが獲るよ」と憎々しげにつぶやいた。

こういうキャッチーで優しい映画は万人受けするのかも知れない。でも僕に言わせればこれは「易しい」映画だ。ここには親を含め、他人に分かってもらおうとする痛みが描かれていない。
もちろん感性は千差万別だからこれを観て励まされる人もいるかもしれない。でも少なくとも自分は呆れて腹が立ってそれから虚しくなった。
有名な会社が作る映画だからって思考停止には陥りたくない。まあ、疑問を持つって意味では観て損ではなかったかもだけど。
ちなみに同居人はもういいやと言って配信サイトの契約を解除してしまった。


週末は天気が良かったのでセーヌ河へ行った。
僕は色んなことを思い出したり考えたりしていた。でも穏やかな緑の河を見ていたら、もやもやしたものが流されていくような気がした。

仰々しくテーマ性を謳った映画より、セーヌ河の方がずっと優しさと安心感を与えてくれる。
もうすぐ春だし。
気持ち上げていきましょう。

それから一般公開もされてない映画の批評になってすみません。
読み返して嫌になったら消すかもです。

17件のコメント

  • 近況ノートへのお邪魔、失礼いたします。

    なんだか、その映画が気になります。
    観てみたい。笑

    柊さんが紹介しているあらすじを読むと凄くおもしろそうですけどね。
    めっちゃしっかり練られたストーリーに思えます。
    でも、薄っぺらいなのなら、僕の作品も薄っぺらいのかも。笑
    僕が薄っぺらいから、薄っぺらさに気づかない的な。

    でも、もしかしたら薄っぺらさが中途半端なのかもしれませんね。
    (観てないなくて言うのもなんですが)
    小説とかでもそうですけど、思いきり薄っぺらくすると、意外といけたりするんですよね。
    読者に考えさせる空白を作るというか。
    僕は昔デザイナーだったんですが、そのときも中途半端にデザインをシンプルにすると、ただ寂しいだけになりました。やるなら贅肉をしっかり削ぎ落とさないと、シンプルでシャープな作品にはなりません。
    すみません、偉そうなことを長々と・・・

    とにかく、柊さん、映画の説明がうまいですね。薄っぺらくておもしろくない映画だと言いながらも、めっちゃおもしろそうに感じます。映画の宣伝マンに向いているかもしれません。笑


  • なんて薄っぺらいんだ、現実はこんなもんじゃないだろうと思われる気持ち、なんとなくわかるかもです。優しく描くにしても、たとえば隠し忘れたものがあってごまかしきれなくなって、そこからカムアウトするかどうかの葛藤くらい描いてほしいですよね。そこで母親が実は知ってたよって話になったとしても。

    最近視た映画で〈フランクおじさん〉っていうのがあるんですけど、その映画はとてもよかったです。でも、しっかり描かれているぶん、見ていて苦しくなりました。最後はいちおうハッピーエンドなんですけど、途中がね。つらかった。
    でもその映画は70年代頃の設定なんですよね。今から50年近くも前なわけです(笑)

    ひょっとしたらそのアニメは、当事者の痛みとか葛藤とか、そういうのはあえて描かなかったのかもしれないですね。もうそういう時代じゃないんだよ、軽いし楽観的かもしれないけど、ほんとはこんな感じで、なにも悩まなくていいことのはずなんだよと、そういうことを伝えたかったんじゃないでしょうか。
    少しずつ時代が変わってきて、当事者の抱えている状況などのドキュメンタリーなんかはTVでもけっこう取り上げられています。でも、そういうものって当事者や、もともとある程度わかっている人しか視ない気がするのです。
    だから、そういうあえてマジョリティがなにげなく観られるような描き方も、あってもいいのかなと思いました……まあでも、実際に観たら私もなんじゃこれ! って思うかもしれませんが(笑)
  • こんにちは。
    あらすじを拝見して、わたしも薄っぺらいなと感じてしまいました。
    実話を元にと言いつつ『万人受け』を狙って『当事者』の生の認識は排除されているような。

    『当事者』の人たちはこういう解決を望んでるんでしょ? 皆さ〜ん、ソウイウ事なんで。じゃ! と言っているグラサン&アロハシャツの監督さんが頭の中に出現しました(笑)偏見ではなく、悪気なく陽気なイメージで。
    勝手な妄想ですが、監督さんは理解者ではないのかな、という印象です。
    注目してもらえそうな、賞を取るための題材として『使われた』だけのような。
    もしかしたら監督さん自身も『当事者』で、様々な葛藤の末、徹底的して『当事者』のナマの苦悩や壁を越える難しさを排除したのかもしれませんが、映画として鑑賞した人の多くは、きっとそんな風には考えないでしょう。

    先のお二方がコメントされているように、できるだけ垣根を低くする試みではないか、という見方も確かに頷けます。千弦さんが書いているように、元々理解のある人しか見ようとしない可能性なども。

    ただ、わたし自身は柊さんの『ジュールの森』や千弦さんの『THE DEVIL』を拝読して、そこに『人の深み』を感じるからこそ踏み込みたいと思いました。作品として描くならエッジの効いたものに昇華して欲しい。誰しも人に見られたくない部分があるものです。それが違いとして認識され、人の見る目に影響しがちな性質であるほど。その部分を具に描くことは勇気のいることだからこそ称賛したいし、描かれた彼らにも作者にも愛情を感じるし、堂々と生きて欲しい。

    人間は違いをくまなく探して分類して生き延びようとする種属だと思います。だからこそ多様性が生まれて発展もする。結果、自然現象として『淘汰』も生まれる。
    でも人間だからこそ抗って生きる姿に生命力を感じますし、あらゆる苦悩から解き放たれてお花畑を走り回るのは死後の世界でいいかな、と。

    「万人受け」は難しいです。理解より興味が先行する。なんかそういう世界もあるらしいね、という『知っているけど他人事』になり、結果誰にも真には響かない可能性も。

    「知る」は「理解する」の第一歩だとは思いますが、「万人受け」よりも「真の理解者が一人ずつ増える」を辿って欲しいな、と考えたりします。そもそも100%の理解が及んでいる物事なんてこの世に存在しないでしょうし。

    創作物としては、創り手自身も描く際に苦悩や葛藤を乗り越えた作品に賞が手渡されるといいな。
    例の作品は「人同士で描かなかったこと」「有耶無耶魔法であったこと」「逃げ回っている間にママがハードル下げてくれたこと」あたりが陳腐さを感じてしまったポイントでした。

    せめて苦悩と葛藤を乗り越えてみたら、意外と温かくて心が救われた流れにして欲しかった。はじめから受け入れ体制なんですよ、なんて誰に向かって言ってるんだろ。

    なんて、偉そうに、しかも長々と書いてしまいました。
    こちらのノートやわたしのコメントは柊さんの一存で遠慮無く抹消してもらって大丈夫です。
    こんな風に映画を批評できる柊さんは素敵だなと感じましたよ。
  • 柊さんが語ってくださる映画のあらすじがとても分かりやすかったです。
    設定や展開を聞く限り……そうですね、良くない傾向の荒唐無稽な作品に感じました。
    登場人物の努力や成長が感じられない物語は、わたしにも魅力が感じられません。。(そういうのが好きな人もいるかもですが)

    しかし、この作品が受け入れられる世界があるということは発見でしたし、ある意味視野が広がりました。

    春、間近ですね。
    昨日(3/3)はひな祭り散らし寿司を作って食べました。一気に春の気分になりました。
    フランスではどんな春のお祭りをするのでしょう。
    柊さんのエッセイも近況ノートも楽しみにしていますー。^-^
  • 私はくだらないと言いつつコメディとして結構楽しく見てしまいそうだなと思いました、その映画。柊さんの内容紹介が上手だからでしょうか。

    隠していたつもりでも相手はすでに知ってた、というオチって好まれるのだと思います。

    読んでいて、とあるイタリア映画を思い出しました。

    ある男が同性愛者であることを息子に打ち明けようとし、葛藤するが結局勇気が出なくて打ち明けられずに終わり、でも実は息子はすでに知ってたことがラストで観客に分かるオチでした。映画はコメディですが、そのシーンは結構ホロリとさせる出来だったんです。

    あらすじを読む限りですが、問題の映画の場合、主人公は隠し通そうと奮闘しているのでそのへんの葛藤がみられない? ことも薄っぺらく見える一因では……なんてことを感じました。あっ、見ていないのに、頓珍漢なことを申していたらすみません。

    それにしても実話をもとにした話……って、どこまでが? 突っ込まずにいられませんね(笑)
  • 烏目さん、
    コメントを下さりありがとうございます。一般公開もされてない映画の話ですみません。でも興味を持って頂けてよかったです。
    この映画、多分面白いんだとは思います。コメディとしてドタバタ中心ですけど。
    「薄っぺらさが中途半端」←そうかも知れません。スッカスカに描いてあったら逆に考えさせますもんね。
    コメント頂いて思ったのですが多分空白がないのだと思います。行間を読むことをさせないというか、誘導的というか。「こう考えなさい」と暗黙のうちに指示されてる感じです。プロパガンダっぽいんですよ。
    デザインをシンプルにすることと贅肉を落とすこととは全く違うことですよね。多分この映画は最初にもっと贅肉をつけて削ぎ落すべきだったのかなと思いました。
    短編で人を描くのは容易ではないですね。烏目さんは心に残るお話いくつも書かれていてすごいなと思います。
    映画の宣伝マン(笑)考えつかなかったです!

  • 烏丸さん、
    コメント頂いて、自分はかなり主観的なものの見方をしてるなと気づきました。烏丸さんは大人ですね。客観的に冷静な目で見ておられるので。
    「あえてマジョリティがなにげなく観られるような描き方」
    きっとそうなんでしょうね。確かにこういう題材は当事者あるいは興味のある人しか見ようとは思いませんよね、映画だけでなく小説もですが。
    ただやっぱり自分には表面的すぎると思いました。一箇所だけでも掘ってある部分が欲しかったです。
    あと本文には書いてないけど、いやらしい見方をすれば、「うちはちゃんとマイノリティも描きますよ」みたいな、そっちの客層も入れとかないと、みたいな媚を感じたのです。特に今は肌の色とかもバリエーションつけないと世間がうるさいっていう風潮もあるでしょう。この相方の肌の色も白人じゃないんですが、「その辺も考慮してます」的なものがあざとく感じたのもあります。モチーフにレインボーカラー使ったり。
    生々しく描けばいいとは自分も思わないし、笑わせるうちにどこか心に引っかかるものがあればいい作品になるような気もするのですが、引っかからなかった…(笑)やっぱり簡単すぎるなあ、と。
    「フランクおじさん」あらすじ読んできました。時代感じますね。「ブロークバック・マウンテン」じゃないけど、その土地でその時代では生きられない雰囲気がでていそうな。
    コメント頂いてなるほどなと思いました。主観的にならずに視点を変えて見なければですね。
    ありがとうございます。
  • 蒼翠さん、
    このノートの中でこんなにたくさん汲み取って考えて下さり恐縮&感謝です。
    監督か脚本かは分かりませんが、この映画は当事者が「自分の話」として関わっている作品のはずです。だからこそ…なぜもうちょっと踏み込めないか、と思ったんですよね。コメディでも何でもいいけど魔法には逃げないで欲しかった。作り手がそこで自分を楽にしてはいけないと思ったんですよね。
    「様々な葛藤の末、徹底的して『当事者』のナマの苦悩や壁を越える難しさを排除したのかもしれませんが」
    おそらくそこは狙ってあるのだと思います。コメディと魔法に包んで優しく語った方が抵抗が少ないですもんね。でも仰るようにそこまで考えて観る人がどれぐらいいるでしょうか。
    個人的な気持ちですが、無難に人に受け入れられようとするほどテーマが薄れてしまうのかなと…。特にこのプロダクションはお子様がお客さんの中心なので、抉れないし必ずハッピーエンドだから。それはいいんだけど、どうしてそんなにオブラートに包むのか、何を恐れているのかと思います。
    もちろん抉ればいいというわけではないのですけど、リスクがなさすぎる作品にどれぐらい作る意味があるのかと。
    逆に言えばヨーロッパの映画はエッジが効きすぎてお客さんには厳しすぎるとか、理解不可能なものも多いですけどね。でもすごく考えさせます。よく言えば議論ができる映画。
    でもこの映画は観客に考えさせないのです。みんなが笑顔で頷くことを求めている映画、とでも言いますかね。
    急いで万人受けを狙うより「真の理解者が一人ずつ増える」を辿って欲しい、ですね。
    こんなに真摯に考えてくださって嬉しいですよ。貴重なご意見ありがとうございます。
  • サクヤさん、
    こちらにコメント下さるの初めてですね。読んで頂きありがとうございます ^^
    あくまでも僕の主観的な感想なので、いや、結果的に映画の悪口になっちゃってますので、あまりそのままに捉えないでくださいね。ほんとに個人的な感覚だし読み返したらなんか感情的だなあと思って。観ていただけるのが一番なんですけど、一般公開されてないのが残念です…。
    最近は扱われる題材も多岐に渡ってるし、センシティブなテーマも増えてきましたね。描き方はいろいろあっていいとは思いますが、肝心なところを魔法で包まれてしまうと何も言えなくなっちゃというか…あまりに無難すぎるというのがこの映画の感想です。
    このようなノートにコメント下さってありがとうございます。嬉しいですm(__)m

    あ、ひな祭りでしたね。日本の行事、もうすっかり忘れてます。節分も忘れていました。季節感を大切にされる暮らし方いいですね。
    こっちは四月に復活祭がありますかね…。そう言えば春節を祝ってましたが、中華街のパレードがなかったですね。

    あたたかいお言葉感謝です。御作も楽しみに読ませていただきます。
  • 橋本さん、
    ノートにお越し下さりありがとうございます。
    「隠していたつもりでも相手はすでに知ってた」オチは簡単そうで実は難しいのかも知れません。
    この映画、一応ドタバタコメディとしてはちゃんと出来てるとは思うんです。でもこのテーマには表面的すぎるというか、安直すぎると感じました。主人公の葛藤よりも、作り手の思考の方が透けて見えてしまうというか。僕の見方もうがってるのかも知れませんが。
    魔法が出て来た時点で「実話です」が吹っ飛びますよね(笑)ずるくない?!みたいな。
    ちなみに冒頭にはレインボー星から来た宇宙人(犬)が登場して、事の次第を見守っているんです。そして和解したファミリーを見て涙するんです。客が泣く前に自分が泣いてどうすると思いました。
    ああやっぱり悪口になっていくのでこの辺にしときます。
    イタリア映画は親父さんのカミングアウトですか。親子関係でいえばこっちの方が厳しそうですね…。うまくペーソスを持たせて笑いながらホロリとさせるって感じでしょうか。
    コメント頂き嬉しかったです。ありがとうございます ^^
  • 壁|д゚)ジー

    よし!今なら誰もいないわ。突撃よっ!
    すみません、監督!実話をもとにした話とありますが、どこら辺が実話なのか教えてください!
    ①犬の首輪をしたことがある
    ②魔法が使える
    ③脳みそが犬になったことがある
    どれですか?え?この三択の中にはない?そもそも監督ではない?じゃあ、あなたは誰ですか?……マカロン鈴木…。???どこかで聞いたことがあるような?
    日本のお天気もとても良いですよー。ではー( ´ ▽ ` )ノ

  • 遊井さん、こんにちは。
    もうだいぶゲリラコメントにも慣れてきましたよ。突撃されても大丈夫です。
    いやほんとごめんなさい。映画に文句つけてるだけですね。
    大手なら&プロなら中身のあるもの作ってくれ。
    あっ、また毒を吐いてしまいました。嫌な奴ですね。なんかいたたまれないです。(嘘です。図太いので。)
    ちなみに僕は圭介ではありません。マカロン鈴木?誰それ?私はむしゃむしゃの小路フランソワですよ。
    ごめんなさい今日は調子が悪いみたいですね。笑わせられなかった。
    天気?……曇ってます。太陽分けてください。ではー( ´ ▽ ` )ノ
  • ああ、予告だけ観たあれか〜(*^^*)
    大丈夫かなとハラハラしてましたが、やはり浅いのかぁ。。まぁ、夢と希望を描かなくちゃいけないので、最終的にハッピーエンドにしないといけませんものね。実際のカミングアウトは、ほんとにひどいことになりかねませんもの……味方だと思ってた姉が嘆き悲しむ親を見てそちらの加勢にまわったり……泣いちゃいますよ(´;ω;`)
    セクマイのことは「流行り」とか言われて、扱う作品が多くなりましたよね。子どもたちの偏見がなくなっていくさまは見てとれて、それは良かったなと思う反面、そのアニメを見て、軽い気持ちで親にカミングアウトする子が出てくると思うと、それはそれで心配です。
    世間でどんなに「オッケーよ!」な雰囲気でも、実際は「(自分に関係ない人なら)オッケーよ!」だったりしますからね。。
    まぁそのアニメは今度みてみます(*^^*)
  • みりあむさん、
    こんにちは。お立ち寄り下さってありがとうございます。
    さすがご存知でしたか! 予告編だけじゃ今一つ掴めませんよね。なんかもう、うーん、です。口が悪くなるのでもうあまり言いませんが。
    ハッピーエンドは批判しないですよ。希望があるってことは悪くないし。
    ただ何にも対峙してないのがモヤモヤしまして…。家族にもよるんだろうけど、本当に真正面からぶち当たった人には「は?」でしょうね。あえて痛いところを描かなかったんでしょうが、もし「知ってたよ」のオチにするのなら、親子がお互いを思っているのに出来てしまった溝をもっと描いて欲しかったです。
    そもそもこれはカミングアウトする必要のなかったカミングアウト映画なので、すでに本題からずれてますけど。

    あと怖いのはプロパガンダっぽいことです。お客さんに考えさせる隙を作らないので。正解をおしつけられてるというか。「全部ケチャップ味にしたら美味しいよね!ね!ね!」って笑顔で言われてるみたいです。分かってもらえるかしら。
    逆にいうとその思考停止が偏見をなくすのに役立つのかも知れませんが、仰る通り他人事だからOKなのがほとんどですよね。
    アカデミー賞獲るのかなあ……
    日本でも配信されてるか分からないですけど、ぜひ話のネタに観てみて下さい。
  • すみません!
    先ほどノートにコメントして、すぐに削除したのですが、通知いったかしら?
    不審者ですみません。
    碧翠さんとほぼ同時の投稿になったのですが、碧翠さんのあまりにも素敵すぎるコメントに、めっちゃ恥ずかしくなったのー!(;≡ω≡)アホなコメント控えようかな。うん、もうちょっと真面目に生きよう。っていうか知性アップを心がけよう。
    失礼いたしました!
  • 柊さん
    話しかけてもいいのか、わからないけれど、とても素晴らしいレビューを書いてくださってありがとうございました。レビューが格好良すぎて、これから頑張ってレビューに見合うもの書かなきゃと良い意味でプレッシャーになりました。
    僕と話すの嫌だとは思ったんですけど、あんな素敵なレビュー頂いて御礼を言わないなんて失礼すぎるので、御礼だけ言わせて下さい。

    このコメント、読まれたら気にせず消してくださって大丈夫です。お気持ちを察せずすいませんでした。どうぞご自愛ください。
    本当にありがとうございました。
  • りくさん、
    とんでもないです。頭が自分のことばっかりで余計な心労をおかけしました。
    申し訳ないです。

    レビューはまとまったものが書けたタイミングで投稿しました。喜んでもらえたら一番嬉しいです。今まで読んだ感想のようなものですので、あまりプレッシャーと思わないでください。良い意味だったらいいんですけど。

    これからも思い通りのものを書き続けてくださいね。りくさんが自由に書かれるものを読みたいです。お話の続き、毎回うなっています。本当にすごいです。

    本当に、すみませんでした。
    どうか呆れずにこれからもお付き合いいただけたら有難いです。
    よろしくお願いしますm(__)m
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