近況ノートを最後まで読まなくてもいいように、結論を先に置いておこう。
自分の描く物語って、絶対どこかで、『我慢』してるなあ……
・本当に好きだった話、覚えてます?
とあるカク友さんの日記の中で「藤咲あゆな」先生の名前が出てきて、懐かしくて小説を読み直した。「まもって守護月天」のノベライズ。
「桜野みねね」先生原作漫画。簡単に言うと、一人で住む中学生の七梨太助くんのもとに、父親から贈られた道具から、守護してくれる可愛い精霊がやってきて、一緒に暮らすことになった。惹かれ合う二人だけど、精霊のシャオリンは、彼女を守るために恋心が封印されていて……みたいなハートフルラブコメディーです。
小中学生ぐらいが対象の文章遣いだけど、驚いた。文章は簡単で口語的なのに、滅茶苦茶原作の雰囲気が文章で表現されている。
そして、キュンとした。
太助は奥手でシャオは恋愛を知らないから、滅茶苦茶初々しい。手を繋ぐことすらも恥ずかしくてできない。というか、シャオは恋愛的な行為の意味を知らない。
そんな二人が、一緒の車に乗っている時、ガラスに反射したお互いの顔を見つけた。ただ、何も言わず反射した顔を二人でずっと見つめていただけのシーン。
……なんか キュンキュン する!
不整脈かな?(病気)
キャバ嬢が弟を生活保護にしたことを後悔しているって話に、内心ではおもろいとか思いながらも「つらかったね」と甘言を吐けるコイツ(遠藤)にも、まだこんな中学生みたいな感性が残っていたなんて、驚きだよ。
実は原作は未完だけど、続編がやってるからもうkindleで買ってずっと読んでた。
結論を言おう。
泣 い た
シャオだけでなく、主を幸せにするルーアンも、試練を与えるキリュウも、精霊だから歳をとらない。つまり、出会ってもいずれは別れる運命。
だから、人を好きになってはいけない。別れがつらくて、役目を果たせなくなるから。
そんな、生きる時間の違いが物語の大きなテーマとしてある。フリーレンもテーマとしてそこがある。
いやもう、革命が起きた。昔のバージョンはラブコメ的なノリだったけど、今は完全にヒューマンドラマ。大きな事件が起きるというより、細かなすれ違いや、思いを出すか出さないかの葛藤。どこまで何を言うべきかという細やかで繊細な思春期の葛藤なんかがメイン。
現代のエンタメの真逆を行ってる。
いやもう、驚いた。思わずシャンプーで歯を磨きそうになるくらい驚いた。
(ちょっとネタバレ)私は守護月天だから、太助様を守ると言っていたあのシャオが。役目を果たすためなら名前をつけられない恋心を「いらない」と手放したシャオが。守るために、自分の感情やつらいことを見ないようにするシャオが。大好きだからこそ、頼りたくても頼らないあのシャオが。
はじめて「大丈夫じゃない」と言った。
そして、デートを続けるか止めるかで悩む。続けることで、もっと頼りたい一緒にいたい。でも想いが募るたびに別れの辛さが影を強める。だから、逃げてもいいと選択を与えられた。
それでも、彼女は選んだ。
自分の意思で、帰らないことを。
もう好き。
好き――――――!!
僕はもう、明日死んでもいいな(昇天)。
いやいや、物語の終わりを見届けねば(正気)。
とここまで見ていて思ったのですよ。
多分この物語の読書体験が、自分の物語の作り方に一役買ってたんだなって。
・我慢した先にあるもの
まもって守護月天。ああ女神様的なノリをティーン向けにした感じ。いや、女神様見たことないけど。
でも尋常じゃなくくらい、みんな我慢している。特に太助とシャオ。
太助はシャオのことが好きで、守護月天の役割から解き放ってあげたい。普通の女の子として接して欲しいと思っている。けど、その気持ちを伝えきれない。
守護月天として生きる彼女自身を否定することにもなるから。好きということを伝えると、彼女はつらい顔をするから。
シャオはシャオで、滅茶苦茶我慢している。本当は甘えたい、頼りたい。恋がなんなのかわからなくても、好きという感情に名前がないままで、行動をしたいと体が動いてしまう。でもそれが、ダメなことを知っている。それが彼女を守る封印だから。彼女が守護月天の役目として太助を守ろうとすれば守ろうとするたび、彼は悲しい顔をする。でもその理由がわからない。理由に名前をつけられないけど、心と身体は知っている。
結果、見ているこっちはどんな気持ちになるか。
めっちゃやきもきする――――!
もう半歩いけるだろと思う。手を繋ぐから繋ぎ合うに。間接キスからほっぺ同士の触れ合いまで。正面から右手だけで抱くんじゃなく、左手も背中へ回せよとか。
そのいきそうでいかない葛藤の部分が、めちゃくちゃやきもきさせられる。そして、そのなんとも決められない宙ぶらりんにされた感情の部分が、個人的に最もエモい状態なんだということに、うんざりするほど気が付いてしまった。
やっとわかったよチャッピー(ChatGPT)。おもしろい物語の定義についてひたすら議論していた時に、気持ちを確定させたらそれは理解になると、君が言っていた言葉を。
恋を恋と呼べるのかという、定義づけられない状態は、名前がつけられなくて曖昧だ。だからその状態が気持ち悪くて、読者は自分で探すしかない。
ただ眺めているんじゃなくて、物語に参加させるために、感情などを読者自身で発見させようというアドバイスの意味。理解が深まってきた。
確かに、スッキリとする物語は気持ちいい。炎でバーッと敵を焼き払えばスカッとする。自分が全部正しくて、やった結果自分の思い通りになればわかりやすい快楽だ。
そしてその後には何も残らない。あースッキリしたと、快感だけをしゃぶりつくした残骸だけが、処理されて消えて行く。
でも、本当に残る物語は違う。そこには葛藤がある。「なんでだよもうちょいいけるだろ」という足りなさがある。ライバルのイケメンキャラがヒロインと一緒に居る時にやきもきする。うじうじして気持ちを伝えられずにいる時、わかるという気持ちとともに「いやいけよ」という怒りにすら似たエールがある。
そして、少しだけでも前進した。そのつらくてやきもきした時間があるから、報われた時のカタルシスがある。
カタルシスってなんだろうと掘り下げて理解したのは、貯め込んだものの解放。
我慢して我慢して我慢した先に、鬱屈したものが解き放たれる快感。悩んだ時間すら、無駄じゃなかったと思える心地よさ。
というのを多分、本能的に理解していたんだろうなー。だから無双系とかハーレム系の即快感提示系の物語が肌に合わないのかと理解した。我慢の美学がない(全てそうとは言ってない)
・だから自分は我慢する物語ばっか書いてるのか
ひねくれたラブコメの千夏ちゃん(メインヒロイン)が物語上で明確に1回しかデレないとかいう物語を書いた理由がわかってしまった←それはラブコメと名乗ってはいけない。
意地っ張りすぎて、本当の気持ちが言えない。我慢が強すぎる。
遥から彼方までで、主人公のハルカも我慢はしてるけど、それ以上にヒロインのカナタは滅茶苦茶我慢してる。それは理由があるからだけど、本当は甘えたい。本当のことを言いたい。もっと撫でて抱きしめてもらいたい。それは恋愛とは違うけれど、限りなく恋愛に似た感情。でも、とある理由があって言えない。
作者目線でわかっているからこそ、滅茶苦茶健気で可愛い。
ただし、読者には伝わりづらい←改善事項です。
ストロベリーニャイトの真白は、臆病さもあるけど我慢をしていて元カレと綺麗に別れられない。だからただ、純粋に真白を守ろうとしたいちごの行動が気持ちいい。我慢していることや言えなかったことを、救済してくれるから。可愛いだけでなく、カッコいいとみんなから言ってもらえた理由は、きっとそこにある。
わんこ系男子の永遠さんって、正直まもって守護月天を事前に読んだおかげで生まれたキャラだったなあ……いや性格全然違うけど。彼女は別れが辛いから、訪れた人と必要以上に仲良くならないように我慢している。ここって、シャオとすごく繋がってる。彼女にとって保健室に来る客はすぐにいなくなってしまう人。どれだけ積み重ねても、もう二度と会えなくなる。だから、一見すると冷たくなる。
澄香先輩の恋愛相談での留美も滅茶苦茶我慢してる。だから本当にやりたいデートを言えない。嫌なことを嫌だと言えない。自分の弱さがわかっているけど、強くなる方法もわからないから、嫌われる前に別れるみたいな発想になる。というか、過去作での澄香先輩は実はもっともっと我慢して感情を出さなかった。今回は出せていたから、彼女もちょっと柔らかくなった。
こうしてみると、僕は何かしらを我慢しているヒロインばっかだしてんな!←性癖モロバレ
でもようやく、少しだけ殻を破れた。
だからこそ、青春の摂取の話が最近の中で一番(作者として)好きなのかもしれない。
今まではヒロインがなんらかの我慢側だったけど、今回は二人とも我慢している。青春を浴び過ぎないようにって。光よりも、むしろ和義の方が顕著。今まで、主人公側の葛藤を描くのが非常に下手だったけど、彼は一番揺らいでた。他の物語で男主人公を書いた時、葛藤してる風だけど基本ブレないんだもん。情けなくても、他のヒロインには基本なびかない。
でも、正直一番揺れた。和義も本当はキラキラした青春をしたいよね。陽キャと一緒に楽しい日々を過ごしたいよね。でも彼は青春にアレルギーがあるからできない。コントロールしないと、無事に青春を乗り切れない。でも、確実にキラキラ(春咲)に焦がれてはいる。
その揺らぎが、完璧じゃない主人公として好きになれた。光のことを確実に意識しながら、最後の最後まで恋とは言わなかった。でも、最後の最後までモブを辞めなかった。
振り返ってみたおかげで、自分の傾向がつかめて来たぞ。物語の地味さの原因の一つは、我慢をさせすぎなところにあるな。
傾向がわかったなら、対策も立てられるというものだ。
とはいえ、やっぱりなんらかの我慢からの解放というカタルシスが、僕の一番のツボなんだということを、改めて理解することができた。
皆さんは、自分で物語を描く癖や、ついついやってしまうことってありますか?
(締めのラーメン
マジで普通の醤油ラーメン)
