夏は海。
いや、山でもいいんだけどさ。
多数決の結果、海になったんだ。
いや、反対したんだよ?
なんでこんなオタクの男所帯で海に行くの? って。
「俺にだって……ゆずれないものはある」
そんなアニオタの意味不明な熱量にみんな賛同したってわけ。
……わけがわからないよ。
で、着いたら予想通りの光景だ。
キラキラな男女たちの笑顔の洗礼を受けるわけ。
「ぐおっ!」
「致命傷だ! ICUの準備を!」
「いや、斎場がこい!」
いまさらですかい?
予見できた未来だったろうが。
とはいえ、海だ。
きらっきらの真夏の海だ。
来てみれば気も晴れるし、楽しい気もしてくる。
男の気分なんて、流されまくってなんぼなのだ。
「玉髄ハッケソ!」
綺麗な石を見つけた岩オタがはしゃいでいる。
まあ、ここはあいつのフィールドだよな。
「うほぅ、なかなかの恵体!」
カメラオタは望遠鏡のようなレンズでパシャパシャやってる。
いいけど、捕まるなよ?
身の安全のために離れておこう。
「あれに見えるは……ミツクリザメでござるか!?」
ダッシュで海に飛び込む、生物オタ。
そのまま沖に流されてライフセーバーの厄介になるのだが……。
「オキに流されるなんて、後鳥羽上皇かよ!」
俺が言うと。
「フヒヒ、民話オタらしいつっこみでござるな。まこと、かたじけない」
そんなこんなでドタバタな時間が過ぎていく。
夕暮れビーチのサンセットが、目に映る全てを赤く燃やす。
「美しいでござる」
「なんと素晴らしきレイリー散光」
「空気嫁」
場違いなオタが黄昏たっていいよな?
いいものとする。
◇◆◇
そして、明日は帰る日だ。
なんだかんだで楽しかった三日間だった。
そんな感傷ってほどでもないが、名残惜しさで深夜の海岸線を歩いていた。
「もし……」
不意に背後から女性の声がした。
「ひゃい!?」
びっくりした。
もー、びっくりしたよ。
俺以外に誰もいない波打ち際だったのに。
振り向くと美人。
青白い顔、青いくちびる。濡れぼそった長い髪。
古い感じの浴衣を着ていて、胸の前に両手で何かを抱えていた。
「あなたの子です。抱いてやってくださいまし」
それは、静かに寝ている赤ん坊だった。
なるほど、ついにこの俺に子供が……。
「じゃない! 子供いるわけないじゃん! そもそも俺はやったことすら……」
「童貞ですか?」
「どどどどどど童貞ちゃうわ!」
すると女性はニヘラと笑う。
「とにかく、あなたの子です。抱いてあげる義務があります。あと養育も」
くそう、幽霊みたいに現れたくせに世知辛いことを言いやがって。
「だが断る。その子が俺の子であるわけがないんだ」
すると女は、アメリカ人かってくらいヤレヤレなモーションをとる。
「ならば説明しましょう。こちらをご覧ください」
女は14インチのタブレットを胸元から取り出すと、動画を再生させた。
最初に映った水着のセクシーなお姉さんたちに目を奪われてしまう。
しまった、逃げそびれた。
そして本編が始まってしまった。
その内容は、こうだ。
とある国の海底に人魚のお姫様がいました。
お姫様は王子様との結婚が決まり、嬉ションならぬ、嬉産卵をしました。
それを新鮮な酸素の循環する波打ち際に石で囲って隠したのです。
「待っていてね、わたしの卵ちゃん♪」
ところがある日、その石が崩されてしまいました。
不埒な輩がいたものです。
「はい、ここで注目」
女が動画を止めました。
「え? いいところだったのに」
産卵のシーンは健全なのに、なぜかエロスを感じたくらいだ。
「いいところじゃないです。あなた、一昨日の夜は何をしていました?」
俺は首をひねる。
「えっと、海岸線を歩いて、ちょっと海に入って、足の指を石にぶつけて……あれ?」
「あれ? じゃないです。それです」
タンスの角だったら即死だったろう。
海の中だし、石も蹴飛ばしてどこかにいったので、痛いですんだのだ。
「まさか、俺が犯人か? だったらごめん、大変申し訳ない……」
「ごめんで済んだら、警察はいらねーんですよ!」
いや、人魚の国にも警察あるの?
次々に謎を繰り出されても困るんだけど。
「じゃあ、俺が元通りに直すからさ」
「もういらないんです! あなたのせいで!」
「だから、壊したことは謝るって。気のすむまで! 何度でも!」
「もうそれはいいんです! 問題なのはその後のことです!」
その後のこと?
何をしたっけ?
……。
……。
……。
あ!?
「思い出しました?」
そう、ここは夏のビーチ。
昼は健康な女体、夜はむさ苦しい男所帯。
発散されない、発散できない。
そう俺の下半身は限界だった。
かといって宿ではできず……処理に困ったのだ。
それで……。
海で……。
こっそり……。
一人で……。
「そろそろ理解できたんじゃないですか?」
女は再びタブレットを再生する。
壊れた石の内側で波に耐えながらの卵ちゃんが映っている。
頑張れ卵ちゃん。
負けるな卵ちゃん。
そんな卵ちゃんに奇跡が起こる。
受精したのだ。
「あれぇ!? おっかしいなぁ!」
「おかしくないわ、ぼけぇ! ヤルことやれば子供はできるんじゃい!」
「待って! 違う! 俺はやってない! 完全なソロ活動だ!」
「こっちの世界では、それを 放 精 って言うんです!」
「ステイ! ステイ! 生態が違うよ!」
常識の異なる世界で生活した経験はあるが……。
異文化を受け入れるには、時間がかかるのだ。
「まずは抱いてあげてください。お 父 さ ん」
白い産着に巻かれた我が子(?)を差し出す女。
これを抱いたら、人生終了のお知らせが鳴るのでは?
だからと言って拒絶したら、人間のクズ確定だ。
人生最大の選択を迫られていると、産着からチラリと見える幼子のモチのような頬が微笑む。
それを見た時、俺はその子を抱いていた。
「おっしゃー! 認知させたったぁ!」
両手がフリーになった女が、一人できららジャンプを決めた。
そこだけ見ると、実に可愛い女性なのだが……。
「はぶ?」
抱いた子が、キョトンとした顔で俺を見上げる。
そして、その体重がどんどん重くなっていった。
「ああああああ! やっぱりこうなるのかよぉぉぉ!」
民話オタである俺は当然知っていた。
だからこの状況は予想していた。
かなり雑味はあったが、姑獲鳥(うぶめ)の話はこうでなきゃな!
そして、我が子(?)はさらに重くなっている。
徐々に、足が砂に沈み始めていた。
この子を投げ捨てれば、一時的には助かるだろう。
その後で、大きな不幸が起こるのがお約束だ。
「ふんぬうううううううう!」
だが、俺は負けない。
俺がただの民話オタだと思ったか?
実は俺は、異世界召喚されて世界を救って帰ってきた男なんだ!
「俺は! 勇者は! お前を見捨てたりはしない!」
「だあ!」
そんな決意に我が子(?)は全力で答える。
お前の民話力と、俺の勇者力の勝負だ!
例え死んでも、俺は……この手を放しはしない!
「燃え尽きろハート! 震える足元がビーチ! 勇者SYSTEMのオーバードライブ!」
お前が無限で来るなら、俺は無敵で応えるぜ!
「ぐおおおおお!」
「あばぅ、きゃは!」
そんな激しい攻防が続いていく。
そして、水平線の先に朝日が昇ってきた。
手に感じる重量もなくなっていった。
「勝った……のか?」
いや、何に勝ったのかも定かではないんだけど。
「あ、終わりました?」
レジャーシートを敷いて、寝っ転がりながらポテチを食べていた。
ビールも数缶空いている。
この女……。
「おい、俺は耐え抜いたぞ。この話のオチはどうなるんだ?」
民話オタとして、そこは明確にして欲しかった。
「そうですねぇ」
女は立ち上がると、背中の砂を払ってから俺のほうに歩いてきた。
「こうなると、もう海には帰れません。今後ともよろしく♪」
愛嬌たっぷりの笑顔で俺の腕に手を絡める。
おっぱいの感じが……よかったです。
◇◆◇
そして朝食。
女を連れて帰ってきた俺を、オタクどもが呆然と見つめる。
「え……、まさか……彼女さん?」
「妻です☆」
「お、お名前は?」
「竜宮真凛(たつみやまりん)です☆」
着替えた真凛は、白ギャルみたいな装いになっていた。
そして、みんなに愛想を振りまいている。
「あ! 焼き魚! おいしそう!」
「俺の食うか?」
「うん、ありがとう!」
よかった。
俺は食欲がごっそりなくなったからな。
しかし、あいつって人魚だろ?
魚食っていいのか? いや、もう食ってるが。
ひょっとしたらサメかもしれん……。
「なあ、民話オタ氏?」
「なんだね、岩オタ氏」
「これは……違反行為ではないのか?」
こいつは何を言っているの……あ!?
俺は旅のしおり(みんなで作った)を開く。
その最初のルールにこうある。
ひとつ、旅の間、決して彼女を作ってはならない
ひとつ、万が一彼女ができても、見せびらかしてはならない
ひとつ、この二つに反した場合、打ち首獄門に処する
「……えっとぇ?」
これは、ダメですね。
やっとのことで、昨晩を生き抜いたのに、勇者また死ぬの?
「誰だよ! こんなルールを決めたのは!」
「お前だろがい!」
うん、そうだった。
前にいた異世界の魔王から「絶対に人間からモテない呪い」を受けていたから油断してた。
こんな結果になるとは、まさかのお釈迦様でも思うめぇ。
まさに、ブーメランじゃないか……。
え? だったらウブーメランだって?
上手いこと言うな!
全然うまくないからな!
◇◆◇
ちなみにあの子は陸には住めないようで、海に還しました。
真凛は、全然問題ないって言ってたけど。
お父さんは心配です。
◇◆◇
あと、昨日の近況ノートのロクサーヌのイラストを更新したから見て欲しいって?
やかましいわ!
