ロクサーヌは殺された。
大勢に嬲り弄ばれて。
彼女の人生でも晴れがましい日であった。
村の名主に見染められた彼女は、その長男の花嫁となったのだ。
つつがなく式も終わり、初夜を迎える前の不幸であった。
傭兵団が村を通りかかったのだ。
戦争明けの傭兵団など、野盗の類となんら変わりがない。
村は荒らされ、男は殺され、女は犯された。
ロクサーヌだけが逃げられることはなかった。
今夜のための純潔は、傭兵団の頭(かしら)によって散らされた。
抵抗が意味をなさないと理解したロクサーヌは、泣きながら痛みに耐えていた。
すぐ横に転がる夫の首を見つめながらだ。
いくら待っても解放などされなかった。
終われば次の男がのしかかってくる。
おぞましく醜悪なものが、大切だった場所を穢していく。
欲望を吐き出した男たちは、飽きることなく次の犠牲者を冒涜する。
そんな血と酒の匂いが鼻をおかしくする宴が朝まで続いた。
昼になると、傭兵たちは村からの略奪を終えようとしていた。
「いい指輪じゃねぇか」
頭は、横になったまま震えているロクサーヌの結婚指輪を舐るように見下ろす。
そして、手を伸ばして奪おうとした。
だが、一晩暴力を受けて腫れあがった指からは、抜くことができなかった。
「しかたねぇ」
頭が剣を抜く。
感情が擦り切れたロクサーヌもこれには恐怖した。
「いや! やめて!」
「うるせえ! 黙れ!」
腹を思い切り蹴り上げると、手首を踏みつける。
そして、薬指の根元に当てると、体重をかけた。
「ああああああああああああ!」
その悲鳴は長く続かなかった。
ロクサーヌの喉に剣が突き立てられたのだ。
「お頭! 酒も食料もたんまり頂いたぜ!」
「よしお前ら! 金も入ったし、都でパーっとやるぜ!」
「おおおおおおおおおおう!」
そして傭兵団は、蹂躙した村を去っていく。
この時代では、よくある悲劇だった。
◇◆◇
あれから十年くらいが過ぎた。
「お頭、そろそろプロポーズなさるんで?」
「いい加減、団長と呼べ!」
傭兵団は、とある新興国の騎士団となっていた。
お頭と呼ばれていたのも昔の話である。
もっとも、古参からは変わらずであったが。
「照れ隠しですかい? そろそろ覚悟決めないと、他の男に取られちゃいますぜ!」
「うるせえ! 俺だって決める時は……やるんだ」
やや赤らめた顔が、まったくらしくない。
そんなものだから、団員からは笑いが起こった。
「ええい、くそ!」
ここで癇癪を起こしたら負けを認めたようなものだ。
団長は、バツが悪そうに寄宿舎から逃げていった。
そのポケットには指輪が隠してある。
いつ手に入れたかは忘れたが、いいものだった。
もしその時が来たら、彼女に渡そうと持っていたのだ。
戦場では無敵の蛮勇を轟かせた団長も、色恋沙汰では子供と変わらなかった。
まして相手はベテランの娼婦だ。
そっち方面で勝てる気がしない。
でも、ついに彼女を見受けするための金は溜まったのだ。
あとは、勇気だけだった。
踏ん切りの付かない団長が、三周くらい女々しく色街を歩く。
そして、自分の顔を殴った。
「待ってろよ、ルクシャナ」
団長は色街一の高級娼館の門を叩いた。
通されたのは応接間だ。
「ルクシャナを身請けしたい」
いきなりの話ではない。
そういう前振りはしてきた。
もちろん店側との段取りも取れている。
だから楼主(ろうしゅ)も、待ちくたびれたようにうなずいた。
「もうちょっと遅かったら、破談でしたよ?」
「うるさい、黙れ。早く会わせろ」
団長は、酷くいらついてはいたが、態度だけは紳士的だった。
「では、お待ちください」
楼主は奥へ下がり、だいぶ時間を空けてから応接間に戻ってきた。
「今日は会いたくないそうです」
「なんだって!?」
団長の怒号を、開いた両手で押しとどめる楼主。
「明日の日が沈んだ頃に、西の丘の廃教会で待っているとのことです」
意外な誘いに団長はポカンとした。
そして、はやる気持ちを飲み込むと大きく息を吐いた。
「明日だな? そん時はもう俺のもんだな?」
「もちろんでございます」
楼主はおどおどしているが、あれでも闇社会で百戦錬磨の男だ。
小物ぶるような演技力に感心するしかない。
それ故に、この件で騙すこともないだろうとは思った。
もし、そんなことがあれば、地の果てまで追いかけて八つ裂きにするだけだが。
「わかった。世話になったな」
団長はズシリと重い金貨の袋をテーブルに置いた。
「ありがとうございます」
楼主は確認することもなく受け取ると、安堵したような微笑みを浮かべるのだった。
◇◆◇
「ルクシャナ!」
はたして団長は、夕暮れの廃教会に足を踏み入れた。
約束の時間には、少し早かったかもしれない。
それでも、ルクシャナは東壁が崩壊した廃教会の陰で待っていた。
「あら、早かったじゃない?」
「そうだ! 待ちきれんかったんだ!」
すでに余裕を失った団長は、すがるように両手を差し出す。
「ふふ、わたしのことはこんなに待たせたのにね」
「それは……すまないと思っている。でも、だから!」
団長は、ロマンスのかけらもなくポケットから指輪を取り出した。
掲げられた指輪が、西日を受けて赤く輝く。
「まあ、素敵! わたし、それが欲しかったの!」
ルクシャナはいつだって怪しく笑う女だった。
そんな彼女が、心から喜んでいるような笑顔を浮かべたのだ。
「そんなに嬉しいかよ」
「ええ、とっても!」
男冥利に尽きる。団長は、そんな気持ちを初めて知った。
そして、ルクシャナの左手に視線を注ぐ。
いつも黒いシルクの手袋をつけていた左手を。
「なあ、ここ教会だし、二人で式をしないか?」
「あなたには似合わないけど、まぁ許しちゃおうかな」
少し前かがみになったルクシャナのはにかむような笑顔。
それだけで、団長は幸せがこみ上げた。
「お前の左の薬指に、この指輪をはめてやるよ」
「うれしい! 約束ね! お願いするわ」
ルクシャナは手袋をしたまま、手の甲を上にして左手を差し出す。
団長の若干の疑念は、これからの幸せに吹き飛んだ。
「手袋、外すぞ」
黒い手袋を外したルクシャナの、すらりとした美しい左手。
改めてルクシャナの手を取り、指輪を当てがう。
その時になってようやく違和感の原因に気づいた。
「え」
ルクシャナの左手には薬指がなかったのだ。
「はやく、はめてくださいな」
ルクシャナの無邪気な声が、ひどく恐ろしい響きであった。
その声が、どこかで聞いたような声に思えてきた。
「ひ!?」
意味もわからず腰が引ける団長。
「ねぇ、はやく! その指輪、返してくださる?」
団長は、いまになって思い出した。
この指輪の持ち主を。
そう、あの時、あの村の。
……花嫁。
「お前は!? く、くるな!」
ルクシャナは深くため息をつく。
「やっと、思い出してくれたのね。あは、あはははははは!」
高らかに嘲笑するルクシャナ。
心の底から楽しげな響きが、日も暮れた廃教会にこだました。
「なんだ!? 何が望みだ!?」
団長が叫ぶと、ルクシャナは嘲るように言う。
「わたしの指に指輪を返してくれるのでしょ? そういう契約をしたの。さあ、履行しなさい!」
無理だった。
その指は、団長が切り落としてしまったのだから。
そして、団長はぶるぶると震える。
一体何と、契約をしてしまったのかと。
「あぁ、この時をずっと待っておりました。わたしは地獄に落ちるでしょう。でもね、あなたも道連れです」
「いやだあああああ!!」
団長は逃げた。
振り返らずに逃げた。
それを見送ったルクシャナは満足そうな笑みを浮かべた。
「もういいか?」
ルクシャナの横に、黒いドレスの魔女が現れた。
「はい、これで十分です」
「そうかい。しかし、ふふ。欲深い魂を手に入れられたよ」
魔女の左手の上には、青白い魂が浮かんでいた。
魂までは逃げることができなかったのだ。
「指輪はどうするね?」
「もう、いらないの」
「なら、報酬としていただこうかね」
魔女は金の指輪を拾うと、自身のコレクションに加えた。
「ありがとうございました。もう会うことはないでしょう」
「そうだな。ルクシャナ、いや君の国の言葉でロクサーヌか」
最後に本当の名前を呼ばれたロクサーヌは乙女のような微笑みを浮かべる。
そして、ようやくこの世から去っていった。
「団長の体は……こと切れたか。しばらくはゴシップに困らんだろうな。ハハ」
独り言を終えた魔女は、ローブのフードを深くかぶる。
そして、完全な夜の闇に溶けていった。
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