一人旅なんてするもんじゃない。
見た瞬間に惹かれて秘湯に来たまではよかった。
料理は上手いし、温泉は最高だ。
電車で四時間以上かかる以外は文句はない。
いや、なかったのだ。
さっきまでは。
夕暮れ迫る、山裾を上った田舎道。
畑の横には、トマトが下から順に赤くなっていた。
そんな細道の向こうから風呂敷を抱えたお婆さんが歩いてきたのさ。
スイカかな? 重そうだけど。
とにかく、よろよろ歩いてたのさ。
で、田舎に来た開放感かな。
何の気なしに声をかけちゃったんだよね。
「大丈夫? 重そうだけど」
「大変なのよ。ちょっと持ってていただける?」
「え? まあ、いいけど……」
まさかのお願いだ。
しまった、と思っても後の祭りだ。
まあ、ちょっと持ってあげるくらいいいだろう。
「じゃあ、お願いね」
「あいよ」
その風呂敷を受け取ると、ズシリと重さを感じた。
「ちょっと待っててね」
そんな言葉を残して、お婆さんは歩いて行ってしまった。
「え?」
これはさすがに意外だろ。
俺、ここに放置なの?
……。
まあ、すぐ帰ってくるだろう。
そう思ったのだが、そうならなかった。
三十分くらい待った。
夕焼け小焼けの西日が目に染みる。
路肩にあったいい感じの石に座って待ったが、そろそろ尻も腰も痛い。
え、待って。
このまま帰ってこなかったらどうしよう?
……。
そもそもコレは何だ?
スイカと思ったけど、大きさ的にはメロンくらいだ。
それにしては重い気がする。
そして、触った感じが、きれいな球形でもない。
「見るくらい……いいよな?」
風呂敷を座っていた石の上に置いて、結び目を解いてみた。
すると……。
出てきたのは、美少女の生首だった。
「こんにちは!」
こっちが驚く前に、愛想のいい声をあげる生首。
恐怖、驚愕、興味、疑問がコンマ1秒ごとに切り替わった。
「こ、こんにちは?」
かなり整った顔だ。
美人なのに、愛嬌があるからか可愛い系にも見える。
ショートボブの黒髪が生首にはジャストサイズだ。
クラスにいたら絶対に一目惚れしちゃうね。
「いやー、待ちくたびれちゃいましたよぅ」
「それは……すまん?」
こんな時、どんな反応をすればいいのだろう。
美少女の生首に話しかけられた場合の攻略マニュアルをアマゾンで検索したい。
絶対ないだろうけどな……。
「それでは行きましょう!」
「え!? どこへ?」
美少女の生首は困ったような顔で。
「あなたの泊まっている旅館ですよ。それ以外どこがあるんです?」
そりゃそうだ。
よそ者の俺が、旅館以外に戻れるところなんてない。
だが……生首と一緒に?
この状況、流されていいのか?
考えろ俺、こんな時は……。
質問か?
「ところでキミ名前は? 俺は英司(エイジ)」
「名前? そうね、エイコよ」
しまった、嘘の名前を言ったら適当な名前で返された。
そして、俺に手札はない。
そうなると……。
①このまま置き去りにして逃げる。
②連れて行って、途中で捨てる。
③旅館まで連れて行く。
どう考えても、②は絶対に恨まれるだろうし、③も怖すぎる。
そうなると①しかない。
覚悟を決めよう。
「あ、俺すぐに帰らないといけないんだ! ごめん! それじゃ!」
目は合わせない。
できる限り爽やかな笑顔で手を上げると、振り返らずに走った。
走って、走って、走った。
旅館が見えた時、びっくりするほど安堵した。
決して夢ではないけれど、現実に帰ってこれた気がした。
「あらあら、遅くまでお疲れさまでした」
旅館の玄関で靴を脱いでいると、女将さんから声をかけられた。
「ええ、ちょっと問題がありまして」
女将さんが、怪訝な顔をする。
しかし、何もなかったかのように笑顔を戻す。
「先にお風呂にどうぞ。あがる頃にお夕飯を用意いたしますね」
「ありがとうございます」
いまさらになってどっと疲れが出た俺は、部屋に帰らずに温泉に直行した。
何度も言うが温泉は最高だ。
変な疲れも、嫌な感情も、全部解けていくようだ。
そしてさっぱりした俺が部屋に戻ると、テーブルに夕飯が並んでいた。
二人分。
そして。
「放置プレイはまだ早いんじゃないですか?」
プーっと膨れる生首、エイコがいた。
テーブルの上に。
俺はめまいがして、畳の上に崩れ落ちた。
「どうしよう、俺、もうダメかもしれない」
すると、エイコは無邪気な感じにうふふと笑う。
「それはもう受け入れるしかないと思いますよ?」
「なんでだよ!」
たはー、困ったなぁ。
そんな表情を浮かべるエイコ。
天井に目を泳がせてから、再び俺を見る。
「だって、わたし、美少女に見えているんでしょ?」
「そうだけど?」
今度はぞっとする笑顔を浮かべ。
「だったら、あなたはもう手遅れです。ありがとうございました」
最後に見た笑顔がとても美しいなって思った。
