これは米国との戦争が冬に始まる年の、半年と少し前、春の話。
腰まで伸ばした豊かなぬばたまの髪は、後ろで少し緩めに編んで。
紺色のセーラー服はスカート丈もスカーフの結び目も、規定通りに着こなして。
品行方正、だけれど発育が良く、歳に似合わぬ色香を纏っていたから、飾り気がなくとも垢抜けて見えた。
「御機嫌よう」
長い睫毛を伏せて、三白眼気味の大きな目を細めて微笑みを向ける。
廊下の隅からキャーと小さく悲鳴が上がる。
周囲からも感嘆のため息が漏れる。
今日も麗しい、お美しい、と褒めそやす声が聞こえる。
涼やかな顔をして、御学友と呼ばれている取り巻きたちを引き連れているけど、内心はこうだった。
━━私ったら今日もお世辞抜きで罪作りな美しさね。
陽宮睦子、十五歳。
女子習学院在学中の彼女は、絶賛、自身の美貌に自惚れ中だった。
皇女として注目を浴びる以上、美しく優れていなくてはならない、と相応の努力はしていたので、世界中から称賛されて当然、と受け止めていた。
けど━━。
━━見た目も振る舞いも成績も、演技も上手く出来すぎて、少しばかり退屈なのよね、近頃。
なので、ちょっとした退屈しのぎに、当時読んだばかりの小説の真似をしてみた。
「スカーフが曲がっていてよ」
女学校を舞台にしたエス小説の真似をして、可愛らしい下級生のスカーフを直してみた。
ふふっ、と上品に艶やかに笑って『お姉様』仕草をした。
ちょっとした出来心だった。
すると次の日、『陽宮様にスカーフを直してほしい』と希望する女生徒たちが、教室から外の廊下まで列を成していた。
大層な人数が集まっていた。
━━困ったわ。
でも、断ると昨日の下級生を特別扱いしたことになり、いらぬ軋轢を生んでしまう。
それは、避けたい。
なので、この大人数に対応せざるを得なかった。
そして、後に睦子は語る。
「私、誰よりも綺麗にスカーフが結べるようになったわよ……」と。
◇◇◇
春の帝冠、更新のない今週のこぼれ話は、女学生時代、全力で調子に乗っていた頃の睦子の小話でした。
ちなみに、この『スカーフが曲がっていてよ事件』はマコトが事前に確認した睦子の調査書にも載っていた。
しかし、睦子の性格について、芝居がかったことが大好きな俗物のナルシストであるとは記されていなかったため、何だこれ? と、不可思議な事件として、睦子に出会う前のマコトの記憶に、留められた。