「姉ちゃん見てみてー!」
台所で夕飯の支度をしていたはずの多栄子が、私が座る勘定台の前にやって来た。
多栄子とは、私が転生した古書店の娘、弥栄子の妹で、二歳下。
女学生向けの雑誌を手に持っている。
たぶん、煮物を作ってる途中、暇だから読んでいたんだと思う。
「ガス火、危ないん違うん?」
私は多栄子をちょっと嗜めるように言った。
そう、照和八年大阪日本橋には都市ガスがある。
竈は薪じゃなくて、プロパンガスでもなくて、都市ガス。
百年近く前相当の文明の世界なんだけど、都市部なのでインフラは存外整っている。
令和との違いは吹きこぼれ防止センサーが無いこと。
あと点火にマッチがいること。
せめてチャッカマンが欲しいところだけど、そういう物が微妙に無くて不便なのはご愛嬌。
「ちゃんと消してきたって」
多栄子は私、弥栄子とは違い、しっかり者で家事万能なので、要らぬ心配だった。
うちの家事はほとんど妹の多栄子がしている。
三木本家の両親は数年前に相次いで亡くなったらしい。
ああ、それから、家業の古書店を継いだお兄ちゃんがいるけど、私たちが女学校から帰ってきたら飲みに出かけてしまうボンクラなので、今はいない。
夕方からは、美人姉妹と近所ではちょっとばかり有名な私たちが店を切り盛りしている。
そして、多栄子が今、私に見せている少女雑誌に載っている子は、私たちに負けず劣らずというか、圧倒的に格上の美人。
美人、という言葉が似合ってしまう、まだ幼い女の子だった。
「帝の第一皇女様の写真が載ってるねん! まだ七歳やねんて。どう思う?」
「どうって……えらい目ヂカラが強い子やなあ」
おかっぱの袴姿の女の子が、こちらを見据えている。
長い睫毛に縁取られたちょっと三白眼気味の大きな目の黒い瞳が印象的で、歳に似合わない大人びた空気を纏っている。
背筋もピンと伸びていて姿勢も綺麗で、裏の木津古本店の鼻垂れタカシと同じ年には到底見えない。
「綺麗やけど、なんか寒気がするような目やと思わへん? いやあ、何ていうか氷みたいやな。ほんま、お人形さんみたいにお綺麗やけど」
「あー、何というか冷たそうよりは……うーん、何ていうか、うちもうまくよう言わんけど……ガス火の青い炎みたいな熱いけど冷たい色?」
「なんかそれも違う気せえへん? 姉ちゃん」
多栄子も私も、妙に雰囲気のある皇女様の写真に、適切な感想が思い浮かばず、うーんと、無い語彙を捻り出すけど、無いものは出ない。
そして、しばらく考えてから、私は思った。
令和の芸能界にたまにいる、歳に似合わない大人びた演技が出来る子役みたいな子だな、と。
少女雑誌の七歳の陽宮睦子殿下に、そんな感想を抱いたのだった。
◇◇◇
春の帝冠、更新のない週の零れ話。
春の帝冠と短編の大大阪ロマンチカは、同じ世界線なので、クロスオーバーさせてみました。
民草から見た幼少期の睦子です。
この時代、今で言う女性向け週刊誌の少女向け版みたいなものがあって、華族や皇族の女性が誌面を飾ることがままあったとか。
高貴な女性たちが、歌劇団のスターと並んで少女たちの憧れだった━━そんな時代です。
あと、短編大大阪ロマンチカでは設定したものの出せなかった三木本家の家事担当しっかり者の妹、多栄子、こんなところで出してしまいました。
続きがあったら、もっとちゃんと書こうと思います。
大大阪ロマンチカは最後の4話に少しだけ加筆したので良かったら見てやってください。
(春の帝冠はカクヨムコン11エンタメ総合に、
大大阪ロマンチカはカクヨムコン11短編カクヨムネクスト賞に応募しておりますので応援よろしくお願いします!)
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春の帝冠〜亡命女帝とスパイは戦争の終わりを夢見る〜
https://kakuyomu.jp/works/16818792436939607956/episodes/16818792438273230059
大大阪ロマンチカ
https://kakuyomu.jp/works/822139838749289869/episodes/822139838749435810