それはまだ、綾小路が習学院中等科に通っていた頃の話である。
『今日は市井の珈琲が飲みたい』
きらきらしい貴公子の空気を振り撒いて。
照和帝──当時の今上帝の弟宮である久慈宮が涼やかに言った。
わざわざ、綾小路と丹羽宮がいる上級生の教室にやって来て、だ。
わざわざ、だが、彼は休み時間にかなりの頻度でやって来る。
自身の御学友を振り切って。
『丹羽宮、綾小路。お忍びで行くぞ』
綾小路は、お忍びはこうも大っぴらに言うものや、あらへん、と思ったが、ツッコむとキリがないので黙っておいた。
『珈琲なら銀座か……』
丹羽宮が呟く。
震災から復興途上の帝都だが、銀座には近代的な鉄筋コンクリート建築が立ち並び始めており、モダンな喫茶店も多数、軒を連ねている。
たまには、お付きの侍従や側衛官を撒いて、息抜きも悪くない。
この時点では、そんなふうに考えていた。
だが後年、綾小路は語る。
「そんとき、久慈宮様の希望で行ったんは、女給さんがおる方のカフェーなんやけどね……」
そして、久慈宮の姪、女帝・睦子曰く「叔父様ってきらきらした見た目で許されてるだけで、ちょっと変態なのよね……」と少し遠い目をしたのは、また別の話である。
◇◇◇
春の帝冠、更新のない週のこぼれ話、綾小路の御学友時代、です。(需要のなさそうな話なのでここで放流)
34話で綾小路は久慈宮を「ナルシストやけどプライドはあらしまへんから」と腐してるのは、学生時代に、まあ、色々と迷惑かけられたからです。