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主人公は変な人

 僕が今書いている長編『日メモ』には、大空紅音という名前の主人公が登場します。
 彼女、主人公なのに、作中で彼女の心理描写はあまり出てきません。紅音自身よりも、他の人物から見た彼女の印象でその人物像を描くような場面が多いです。そのほうが効果的に彼女の良さを表現できる気がするので。

 昨日一つ目のテーマの話は【命と友情】と書きましたが、その友情は上記の紅音と菫(すみれ)という二人の女性の友情です。『ヘブバン』を知っている人には月歌と蒼井のような関係と言ったらめちゃめちゃわかりやすいです。
 この二人が出てくる僕がすごく気に入っているシーンがあるので、ここにちょっと載せてみることにします。この場面から、大空紅音という主人公の人物像が浮き上がってきそうです。



「チャオ」
 陽気な声が聞こえた。菫はベッドから上半身を起こして状況を確認する。
 明るい髪色の女性が病室の入り口に見えた。昨日突然やってきた人だ。名前は確か、大空紅音。すぐ後ろに奏太の姿もある。
「こんにちは。本当にまた来てくれたんですね」
「約束を破らないことだけが取り柄の人間だから」
「もっとたくさん取り柄がありそうな人に見えますけど」
「あら、そう見える? 嬉しい」
 紅音がゆっくりと部屋の中に入ってきた。彼女が抱えている綺麗なものに目が留まる。
「お花、持ってきたよ。迷惑じゃなかったかな?」
「ありがとうございます。嬉しいです」
 バスケットに切り花が生けられたフラワーアレンジメントだ。明るくも主張しすぎないバランスの色で整えられている。
「これはガーベラですね。あれ、これは」
 菫は花と花の間にさくらんぼのような実を見つけた。
「それ、ヒペリカムって花の実なんだって」
「そうなんですか。すごく可愛いですね」
「悲しみは長く続かない」
「えっ?」
「花言葉だよ」
 紅音は花の入ったバスケットを棚のほうへ持っていった。
 奏太がベッドのほうへ近づいてくる。菫は寂しそうな顔の息子の頭を撫でてあげた。
 紅音が戻ってきてベッドの傍でしゃがみ、菫の顔を覗き込んできた。
「昨日よりちょっとだけ、顔色がいいね」
「そう、ですか」
「可愛い」
「えっ?」
「どう姉ちゃん。ちょっとこれからオレと一緒にお茶でもしない?」
「……」
 菫はどう反応したらいいかわからず、真顔のまま停止してしまった。
「ハハハ。冗談だよ」
 紅音は一人笑っている。なんだか少し小馬鹿にされたように感じた。
「あれ、もしかして怒った?」
「いいえ、そんなことありません」
「菫は真面目だねえ」
「普通だと思いますよ。紅音さんが変わってるんじゃないですか?」
「それはよく言われる」
 紅音は屈託のない笑みを見せた。笑顔のすごく似合う人だ。その笑顔が彼女の人柄を表しているようで、とても美しく感じる。
「あのさ、昨日家に帰った時の話なんだけど」
 紅音が急に話し始めた。菫は黙って話に耳を傾ける。
「チーズを食べようと思ったんだ。確か冷蔵庫にあったよなと思って。だけど、冷蔵庫を開けたらどこにもチーズが無いんだ。なんてこったい駄目絶対ってね。仕方ないからベランダに出てUFOを呼ぼうと思ったんだ。今ちょうど練習中なの。そしたら遠くでカラスが鳴いたのさ。なんて鳴いたと思う?」
「えっと、カァー、とかですか?」
「おぎゃー、だよ」
「……ふふっ」
「あっ!」
「どうしました?」
「今、笑った」
「それは笑うことだってありますよ。人間ですから」
「良い笑顔だね。可愛い」
「お茶は行きませんよ」
「ちぇっ! じゃあまた今度来た時誘うから」
 紅音はそれ以上長居はせず、さらっと帰っていった。
 その後菫は彼女について考えた。
 荒唐無稽、掴みどころがないようで、紅音の行動は一貫していた。
 自分を笑わせようと、つまり元気づけようとしていた。
 そしてまた来るという約束を一方的にしていった。
 不思議だった。どうして赤の他人にそこまで。自分が今まで出会ったことのないタイプの人間だった。
 菫は大空紅音という人物への興味が尽きなかった。

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