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🎀「新たな秦王朝・長安変奏曲」、アンヌ世界で起こっていること、起こるかもしれないこと

🎀「新たな秦王朝・長安変奏曲」資料 ー 補足としてまとめていたものを古代中華の資料として一つにしました。、https://bit.ly/49oDWJg
 アンヌ世界で起こっていること、紀元前209年~206年
 https://x.gd/UGeo1
 アンヌ世界で起こるかもしれないこと、紀元前205年春
 https://x.gd/Bdv8M
 アンヌ世界で起こるかもしれないこと、紀元前205年夏
 https://x.gd/3HXnT

紀元前209年~206年から紀元前205年夏までの出来事は、男社会で起きることで、アンヌの後宮という女社会の外の出来事ですが、ところどころ挿話的に書かないとなりません。そうじゃないと、「新たな秦王朝」が成立せず、「秦王朝の勃興」になってしまいます。どう書くか悩みます。

整理してみると、英雄項羽という人物はケチで身びいきで嫉妬深い酷いおとこです。しかし、この話では歴史通り死にません。生き延びます。そうじゃないと、呂雉の計略で韓信が項羽を取り殺してしまいますから。どう書けば良いのか……

紀元前205年夏、斉

 一方、項羽は斉の大地を血で染めていた。項羽の分封で冷遇された田栄が反乱を起こし、項羽の任命した斉王田都を追放、膠東王田市を殺害、済北王田安を討って斉を再統一し、自ら斉王を称した。彭越を味方に引き入れ、陳余の趙での反乱を支援するなど、項羽の覇権に真っ向から挑戦した。

 項羽はこれを許さなかった。張良の偽書簡に惑わされつつも、斉の反乱が劉邦の東進を助けていると見て、自ら大軍を率いて北上した。城陽で田栄を破り、田栄は平原へ逃亡する途中で民に殺された。

 項羽の進撃は容赦なく、斉の城を焼き払い、降伏した兵を生き埋めにし、老弱や婦女を捕らえて虐待した。北海まで達する苛烈な掃討は、斉の民心を徹底的に失わせた。田栄の弟田横は残兵を集めて城陽で抵抗を続け、項羽の軍を足止めした。斉は一時的に平定されたかに見えたが、火種はくすぶり続けていた。

 そんな折、彭城陥落の急報が項羽のもとに届いた。西楚の都が、劉邦の五十六万巨軍に占領されたという。項羽は烈火のごとく怒った。九江王英布に援軍を要請したが、英布は病を称して応じなかった。

 斉の戦いはまだ終わっていない。田横の抵抗は続き、完全平定には程遠かった。しかし、首都を失えば全てが終わる。項羽は即断した。部下の将軍たちに斉の残党討伐を任せ、自らは全軍から精鋭を選りすぐり、わずか三万の兵を掻き集めた。

 この三万は、項羽の常勝軍の核心だった。巨鹿の戦いで秦軍を粉砕した猛者たち、項羽の怒気と軍威に染まった鬼神のような兵たちである。項羽は魯の地から胡陵を経て南下、驚異的な行軍速度で彭城へ急いだ。斉との戦いを一時棚上げにしたこの決断は、事実上の停戦協定だった。田横はこれを好機とし、すぐに斉の地を回復、田栄の子田広を斉王に擁立して再起を図った。項羽の苛烈さが生んだ反発は、こうして新たな火を灯したのである。

 項羽の心境は、狂憤そのものだった。天下を握ったはずの覇王が、留守を突かれて都を奪われる屈辱。斉での虐殺で民心を失いながらも、彭城を取り戻せば全てを挽回できると信じていた。三万の精鋭は、項羽の怒気を体現したかのように、疾風のごとく南へ駆けた。劉邦の巨軍が勝利に酔いしれている頃、項羽の影はすでに彭城の西に迫っていた。

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