高市内閣の支持率は急低下しているらしい。
それはそうだろう。
支持した人たちはさまざまな理由があるのだろうが、経済政策に期待した人たちも少なくなかったはずである。物価は上がり、円は下がり、株価は乱高下して市場は不安定化している。経済というのは「成長の見通しがない」ことと「予測可能性」が低いほど駄目なので、今の状態は最悪である。
消費財論議は空回りしているが、0%にすると「簡単にはシステムが作り直せない」という恐ろしい「馬鹿」なソフトウエアを日本の企業が開発していることが露呈したのには呆れた。消費税率が0になることを予測していなくても、その可能性すら考えずにシステムを作る・・・恐ろしいほど馬鹿である。
そして・・・相も変わらず、形容詞だけでなんとかなると思っている閣僚だらけなのにも呆れる。正直言ってまともなのが一人も見えてこない。
僕は、消費税減税はポピュリズムだと思っているのでそもそも反対であったが、選挙の時に「悲願」とかいっていたのだから、さっさとやればいいものを、なんだかんだと理由をつけて「やらない側」に姑息に回っているような気がしてならない。ここで「やらない」といったところで、「消費財反対論者」は誰も現内閣を支持する方には回らない。1%でやったとしても、それは最低限の約束(守れていないが)であって評価が回復するわけではない。これ以上の評価の下落を防ぐだけの効果である。
そもそも総理となって、やったことと言えばドナルド・トランプと踊り、国旗損壊罪とか皇室典範改正とか副都心(抗争ないしは)構想とか、どうでもいいことばかりなのだから支持率が下がるに決まっている。
結局経済政策に期待した人たちは愚かであったのだろう。そもそも経済政策が政治の形に先行するような評価をして投票するから、トランプだのが幅を利かせるのである。そういえばあちらも経済政策では赤点真っ最中である。政権を任せる判断基準が間違っているから、こういう事態が様々な国で起こるのだ。
サナエトークンとかの疑惑を持ち越したまま国会は閉会し、結局一般国民には何のメリットもない内閣であったことが分かっただけ、というのが今の評価なのだろう。正直言ってまだ半分の人が支持していることの方が不思議、である。
まあ、大して期待はしていなかったし、そもそもこの人のコアの支持者は胡散臭い人が多かった。敢て、一つの成果としては中国の本音が聞けたことであるが、「高市内閣を支持しない人でも中国を嫌いにした」という意味では成果があったのやもしれぬ。高市総理を評価しないからといって中国を評価するわけではない、というきちんとした整理がついたわけだ。
最近は寝ていないアピールをしているらしい。しかし・・・寝ていないなら、どうぞ寝てください、とみんなが思っても仕方がない。
寝てない、ということはどちらかというと「無能」のアピールでしかない。そういえば昔不祥事を起こした乳製品の会社の社長が「俺は寝ていないんだ」と逆ギレし、あっさり首になった話があったが、どうして人は「寝ていないアピールをするのだろう」。本当に寝ていない人は、そんなアピールをする前に倒れる。
僕も何度か経験がある。とあるディールで、数日間殆ど寝ないままでいたら弁護士事務所で、合意に達した途端、倒れた。寝ないというのはそうした限界である。国会にも大して出ていないのに「寝ないアピール」をするというのが本性を示しているのかも知れない。貧すれば鈍す・・・。
だが一番の問題は、海外の視線である。どうも日本が、本来価値を共有すべき国から「どのように見られているのか」が最近気になって仕方ない。価値を共有すべき国とは、民主主義国家である。西欧、大洋州、幾つかのアメリカ大陸の国家、微妙ではあるが東南アジアや東アジアの民主主義国家、結局本来信を置くべき国家は価値観を共有している国家しかない。そうでない国家はいずれにしろ、「最終的には」どう見られているかは余り関係ない。我々が助け、助けられるべき国と本当に価値観を共有できているのかが心配になってしまうのが、今の政府がやっている事なのだ。
国旗損壊罪やら皇室典範改正やらの本質は、実はどちかかというと「民主主義」に逆行する動きと見られかねない。たいした大義のない副首都構想などは愚策という評価しかないだろう(もし首都機能を一部移管してリスクを減らすというのならその行き先が大阪というのは本質的にあり得ない。なぜなら東京と大阪はリスクが重なる要因が大きすぎるからで、リスク移転をするなら北海道とか北関東、或いは日本海側などで、かつ、分散の中味もきちんと整理してから複数の都市に分散すべきであろう)
こういう価値観の歪みや、愚策を行っている国家を果たしてそうした国々がどう考えるか?
その一つの証しが今回、「余り民主主義的な価値を共有していない国家になりつつあるアメリカ」から課された関税率である。日本の関税率は12.5%。欧州の10%に比べ高く、中国と一緒なのは、日本が「強制労働への対策が不十分である」という評価を受けているからで、それは「民主主義的価値を共有していない」と捉えられている証しの一つでもあるのだ。それをあの暴君の支配する国から指摘され、たいした反論も抵抗もなく、呑んでしまう国。その「関税率より評価が怖い」のだ。
中国からの評価などは、実際はどうでも良い。あそこの評価は少なくとも国家主席が替わらない限り変わらないし、変わる必要もない。なぜなら変わるべきは中国であるからだ。しかし、それ以外の国家の視線は注意すべきだ。日本の中の視線だけで判断しているととんでもないことになる。