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迂闊なひとびと

 「トランプ大統領が、恐ろしい銃撃の後、ご無事だとの報に接し、安心しました。暴力は、世界のいかなる場所でも、決して容認できません」
 これは総理大臣がトランプ大統領の襲撃を受けて行ったコメントである。日米関係を考慮し、また通常の大統領であれば何の問題もないコメントであるが、おそらく色々な批判を浴びる可能性がある、思慮の足りないコメントである。
 こうしたコメントを「ずるずると政治家が公の場でもなくSNSの投稿で」してしまう事の危険性はまさに襲われた当事者自身が愚かしくも続けてきた行為であり、何もこんな馬鹿な事を真似なくても良いのにと頭を抱えてしまう。
 もちろん、相手が大統領であれ誰であれ、人を殺そうという試みに賛同するものではない。また相手が大統領であれ誰であれ、危難にあった人間に対してメッセージを贈ることを否定するものではない。だから、このメッセージを大統領個人に向けて発信されるならば、敢て苦言を呈するものでもないし、そもそも我々が目にすることもなかろうし(まあ、あの大統領なら得意げに公衆に晒しかねないリスクはあるが)、或いは後半の文面が欠落、ないしは異なったものであればそれは許容の範囲内であったかも知れない。
 しかし相手が誰であれどんな国民であれ、「物理的な暴力」「言葉の暴力」「精神的な暴力」を行い続けている大統領に雷同して「暴力は決して容認できない」などと正気で言えるものなのだろうか?そしてそれをSNSで公然と言ってしまうリスクを考えないのか?

 或いは皮肉の積もりか?

 綸言汗のごとし、とは良くも言ったものである。日本でも、もちろんアメリカでも。或いはこんなことを平気でさせている周りが愚かなのだろうか?
 そして民間のつまらないことを批判するくせに、こんなことをしてしまう一国の代表を制止することもできない国会議員たちよ・・・。君たちは本当に情けないよ。総理大臣の人気にそんなに乗りたいか?せめて一言くらい諫止はできないのか?それとも腰抜けなのか?
「トランプ大統領が、ご無事だとの報に接し、安心しました」
 これくらいなら構わない。国際情勢に関しては全く安心はしていないけど。これが正常な感覚ではないのだろうか?

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