個人的な興味で、少年時代の8BitPC時代を中心に、その源流を遡って調べていたりします。古い情報はあまりWebには無いので、名古屋市図書館の古い蔵書を取り寄せてポチポチと読み進めたり。
並行してネットの検索もしていますが、昨年見つけたのがコレです。
https://doi.org/10.14989/doctor.r13473https://researchmap.jp/suzuki_mana/published_papers/38461161読んでみて、なんと言うか、非常に、もにゃる。
京大なら、KMCのOBとか伝手たどってアドバイスとか貰えなかったのかな?とか思ってしまう。
指導教官?が伊勢田哲治氏らしく、見覚えがある名前だなと思ったら、河出ブックス『科学を語るとはどういうことか』の人か。これも読んだ時、かなりもにゃった印象が強く残っているのだが。ううむ。
まぁ、文学部の博論みたいなので、外野から技術的無理解から来る誤解を指摘するのもヤボかもしれないし。
とは思うものの、これがアカデミックな『成果』として一般化されるのは、当時のユーザの一人として「凄くイヤ」だと思ってしまうわけで。
私が人文学者なら、どっかに論文上げて学会?で討論するのが正しいんでしょうけれども。市井の一般人の視点での違和感を表明?するのに適切な方法がよくわからない。
昨今のジェンダー関係の風潮から、ジジイが若い女性に因縁つけていると思われるのもイヤだし。
カクヨムで愚痴るのは、『適切な場所』ではないことは自明ですけどね。