第11話「ちゃんと食べた?」を公開しました。
悠真は無事に退院しました。
しかし、啓一は明確に釘を刺します。
「退院は可。但し、復帰ではない」
身体的な危険を脱した事と、会社や日常生活へ戻れる事は同じではありません。
今の悠真に必要なのは、責任を取ろうと急ぐ事ではなく、食べ、眠り、生活機能を取り戻す事でした。
退院後の悠真は、自宅ではなく静かな部屋で療養を始めます。
紗季が食事を並べ、照臣も繰り返します。
「今日は食べたら勝ち。眠れたら大勝利」
「今日の仕事は、食べて寝ること」
たった一口のおにぎり。
それは、以前なら当たり前だった食事です。
けれど今の悠真にとっては、生き直す為の最初の仕事でした。
その夜、真澄から短いメッセージが届きます。
「ちゃんと食べた?」
大丈夫かとも、辛くないかとも聞きません。
ただ、食べたかを確認する。
悠真が、姉に無理やり食べさせられたと答えると、真澄はこう返します。
「よろしい。無様でも食べるのは偉い」
「今のあなたには、それが仕事」
翌日は「今日は立った?」。
半分位と答えれば、「半分立てたなら上出来。残り半分は明日」全部できなくてもいい。
今日できなければ、また明日やり直せばいい。
真澄は悠真を甘やかしませんが、回復を急がせる事もしません。
「立つのと、無理するのは違う」
その言葉によって悠真は、戻る為に無理をする事と、本当に立ち直る事の違いへ少しずつ気付いていきます。
真澄にも、自分の仕事と人生があります。
返信が直ぐに来る日もあれば、一日空く事もある。
商談へ行き、移動し、過去の肩書きを向けられながらも、現在の仕事で結果を出そうとしています。
ある日、真澄から届いた言葉は、たった一つでした。
「勝った」
自分を救ってくれた人が、別の場所で戦い、勝っている。
その事実を悠真は、素直に嬉しいと思います。
まだ恋と呼べるものではありません。
それでも、助けられるだけだった悠真が、誰かの成功を喜び、少しずつ外へ目を向け始めます。
そして、真澄は伝えます。
「無様になった事が人を強くするわけじゃない」
「無様になっても終わらなかった経験が、人を強くするんだと思う」
悠真は逃げ、崩れ、知らない人に止められ、水を飲まされ、姉へ電話をかけさせられました。
格好の良い出来事ではありません。
けれど、そこで終わらなかった。
家族も、照臣も、叔父達も、そして真澄も、無様になった悠真を見捨てませんでした。
完全に立ち直った訳ではありません。
罪悪感も恐怖も残っています。
会社や家族、元婚約者側へ向き合うべき問題も、まだ解決していません。
それでも今日は食べた。
水を飲んだ。
少し眠った。
半分より少しだけ立てた。
残りは、明日でいい。
そう思えるようになった事が、悠真にとって何より大きな前進となる一話です。