前回ノートに投稿したパート1の続きとなってます。
まだの方はそちらからご覧下さいm(_ _)m
(あと編集間に合ってません、スミマセン💦)
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ゼノ・スフィアを扱う能力者とそうでない者には明確な違いがある。
能力者とは、言わば現代兵器にも後れを取ることのない強力無比なる存在。
人の形を成してはいるが、強大に過ぎるあまり生命の理からは外れてしまった者達。
彼等が能力を振るえば鋼鉄は砕け、世を形作る理は歪み、天空は轟く。
だが、物理法則を遥かに超える強靭さと破壊力を秘めているとはいえ、全能の存在ではない。
能力者の脳の処理速度は人間と同程度である。
その為、彼等がどんなに修練を積んだとしても、自らの扱う能力を使いこなせるのは精々10%程度である。
故に能力者同士の戦闘においては、どれだけ自らの能力を効果的に活かせるかが勝利の鍵となるだろう。
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「今度こそ、成功するんでしょうか」
意識を失っても尚痙攣する琴海を眺めながら、刑事風の男は隣でタバコを吹かす紫藤に疑問を投げかける。
「まだ何とも言えませんね。 あの音宮鈴音の娘であるのなら、今回投与する新型細菌によって可能性は高まるでしょう」
「そうなればまた紫藤さんの株が上がって、ダイモンド社の中での地位が上がると?」
刑事風の男の返答を聴いた瞬間、紫藤の拳がその顔面に飛ぶ。
突然のことに狼狽する男達に向け、紫藤は懐に仕舞っていた銃を取り出した。
「なっ何を!?」
「私は我が主イザベラ・プリティヴィマータの為に行動しているのです。 次に浅慮なことを口走れば、容赦はしませんよ」
「紫藤さん…アナタの発言は、ここのボスである八鍬秀夫を裏切るということになりますよ」
「さあ、どうでしょうね」
険しい顔で警告を口にする男達。
そんな彼等を、紫藤は冷徹に睨めつける。
張り詰めた空気が支配する状況下で、突然壮大な音が響いた。
全員が思わず視線を向けると、さっきまで苦悶の表情を浮かべて苦しんでいた琴海は目をカッと見開き、音はその口から放たれていた。
「成功…ですかね」
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蠢く影は、闇の中を縦横無尽に駆け巡る。
風の動き、反響する僅かな音。
身体全体で周囲の状況を感じ取る。
様々な怪物や超人を屠る為、定紡は特殊な訓練と実戦を積んできた。
それにより鍛え上げられた、鋭敏な知覚能力。
彼が繰り出す完全な闇からの奇襲攻撃は、視覚に頼る存在にとっては脅威ではあるだろう。
しかし、防戦一方であるはずの秀雄も勝機を見出していた。
定紡が姿を消した際、特殊なフェロモンが入った小瓶の蓋を指で弾き、攻撃を防ぐのと合わせて周囲にばら撒いていたのだ。
前方から迫る弾丸。
秀雄は首を傾け躱した刹那、既に後方へ回り込んでいた定紡が、螺旋状に捻じ曲がった短刀を突き立てんと迫る。
だが、作戦勝ちとばかりに秀雄は口角を吊り上げる。
上空の闇から、定紡の踏み込み速度をも超える速度で触手が伸び、秀雄に貼り付くと物凄い速度で彼を引き上げていった。
上空へ目を向けた定紡。
その視線の先に、吹き抜けの二階と三階部分の壁に脚を掛けた、4〜5メートルはある大蜘蛛の姿が。
「わしが何の策も無しに誘い込むと思うたか? 貴様には蟲の餌がお似合いよ!」
秀雄は高笑いを残し、蜘蛛の背から脚を伝って三階へと姿を消す。
「なるほどな」
定紡は面倒くさそうに舌を打ち、後方へ跳び退る。
その直後、先程まで定紡の立っていた場所には、重力に従って音もなく降り立った大蜘蛛が、牙を剥き出していた。
戦闘態勢に入る大蜘蛛を警戒し、DNEを構える。
二、三発撃ち込んでは見るものの、鋭利な外殻がそれを受け付けない。
ふと気付くと、辺りは耳障りな羽音で満ちていた。
視線だけ送り状況を確認し、大蜘蛛を睨め付ける。
「厄介だな」
周囲には、大人の手の平程もある巨大な緑色の蜂が定紡を取り囲んでいた。
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人造生体兵器、通称ABW。
先述の通り、是等は実験の失敗作として生まれた理性無き怪物である。
サバイバーの出来損ないではあるもののその特異性、最低限の有用性、製造方法の確実性が考慮され、各国の様々な機関、犯罪組織への極秘兵器として暗に売買されている。
だがその存在は、表の世界を生きる者達であれば、決して知り得る事は無いだろう。
仮に情報が出回ったとしても、其れ等は都市伝説や誤情報として扱われる。
ダイモンドの権力による、情報操作によって。
中でも[ABW1835J堅牢なる女王]は、基地防衛に優れた能力を持つABWの一つである。
人の体に、特殊な植物の花粉を餌とする蜂の毒と、同植物の花粉により媒介したバクテリアの分泌物を使用する事で、その製法は確立された。
蜘蛛にも似た姿をしたそのABWは、指定の建造物に肉の触手を張り巡らせることで自身の縄張りとしている。
堅牢なる女王はその外皮によって、衝撃に対する高い耐久性を持つ。
それにより、咄嗟のあらゆる抵抗は無駄に終わる事が多い。
標的が自身のテリトリー内に入った場合、自身の腐蝕した腹の中に住まわせた特殊な蜂…ここでは1835J-aとしておく。
この1835J-aを放って攻撃させ、毒で弱らせた後に体内へ引きずり込み、ゆっくりと生きたまま消化する。
その消化された対象は、堅牢なる女王の腹の一部となる訳なのだが……。
但し、此れを使役することは可能と考えられる。
堅牢なる女王は1835J-aとフェロモンを通じてやり取りをしていると判明している。
よって1835J-aのフェロモンを分析、採取し、上手く利用すれば或いは……。
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琴海の脳裏を、走馬灯が掛け巡る。
浮かんでは消えていく、様々な思い出。
気が付くと、見覚えのある風景の中に立っていた。
そこは、小さい頃によく連れられていた水族館。
目の前では幼い屈託の無い笑顔で父の手を引く幼少期の琴海と、二人の様子を微笑ましそうに見つめる母の姿。
(あぁ、あの時は本当に楽しかったな)
急に場面が切り替わり、自宅の居間が写る。
そこでは、感情が壊れかけた琴海を傍らに、父の遺影を前にして咽び泣く母の姿。
「安心してくださいね、あなた………琴海は…私が必ず………守りますからっ────」
涙が溢れる母の眼、そこには決意の光が灯っていた。
(お父さんがいなくなった後、お母さんは女手一つで育ててくれた。本当に、ありがとう)
再度場面が切り替わる。
今度はリビングでうたた寝をする母の姿。仕事の疲れが溜まっているのだろう。
すると、二階からドタドタとリビングに降りてくる足音が聞こえ、その騒がしさに母が目を覚ます。
「お母さん、第1志望受かってた!」
「え?! 良かったじゃない! 今日はご馳走ね!」
そう言って嬉しそうに、同時に安堵感に包まれて喜ぶ母の姿。
(そうだ、お母さんはどんな時も励ましてくれて、私が上手くいった時は、まるで自分のことの様に喜んでくれた)
とても大切で暖かな記憶。
辛い思い出も、嬉しい思い出も、全部ひっくるめてかけがえのない人生。
感傷に浸っていると、突然様々な景色が遠退いて行く。
これまでに経験してきた、かけがえのない思い出の数々。
その果てに、琴海は暗い場所に立っていた。
知らない風景、冷たい世界。
(ここが、死後の世界なの…?)
無数の髪が覆い尽くす空の下、雪の積もった岩場の中。
足元には小川が流れ、その先に見覚えの無い一軒家が姿を現す。
(あれは……?)
ドアに向かって立ち尽くす、一つの人影。
見覚えのある、後ろ姿。
(──お母さん?)
「琴海……」
ゆっくりと振り返る母の肌に、ジワジワと侵食していく、黒い筋が張り巡らされ。
「ごめんなさい」
悲痛な顔を浮かべ、その姿が埋もれていく。
(──駄目、逝かないでお母さん!)
だが琴海の想いも虚しく、母の姿は形を崩し、風に流れて消えた。
(どうして、こんなことになってしまったの……?)
絶望が、扉を開ける。
恐怖が、手招いている。
琴海は嘆く。
理不尽が、悪意がもたらしたこの結末を。
(お願い、誰か…助けて……)
もしも、もしも救いが在るのなら。
願うことで、何かが聞き届けてくれるのだとするのなら。
その何かは、暗闇に放り込まれた彼女の想いに、きっと応えてくれるだろう。
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絶え間なく続く、蜂による強襲。
時に躱し、反撃し、射止めるものの、一向にその数は減らず、絶え間なく続く攻撃の嵐。
常人を超える身体能力をもっているとはいえ、全てを躱し切るのは流石に困難を極める。
「埒が明かないな」
闇を駆けながら、気怠げに中央の吹き抜けを見やる。
堅牢なる女王は高みの見物と言わんばかりに肉糸を張り巡らせた足場を造り、頭部を擦っていた。
「もう勝ち誇ったつもりでいるとは…やはり畜生に変わりはないか」
定紡はホールの中央まで一気に駆け抜けると、コートの内側からガスグレネードを取り出し、ピンを抜いて放り上げる。
宙に舞ったグレネードは花開き、粉々となった破片と共に神経ガスを飛散させる。
定紡を襲わんと接近していた蜂達は、尽くが神経を引き裂かれ、その身を落としていく。
堅牢なる女王は本能的に察知した。
眼下に広がる黄土色の空間の中から、こちらを見据える視線を。
獰猛なる大蜘蛛は空腹だ。
自らの眷属が役に立たないのなら、自らで仕留めれば良い。
狙いを定めて、触手を吐き出す。
手応えあり。そのまま啜るようにして触手を体内に引き上げていく。
好都合なことに、獲物が抵抗する素振りはない。
久し振りにありつけた食事だ。
そのまま前脚まで使って、上半身を口に押し込んだときだった。
──バキンッ!
奇妙な金属音と共に、火薬の香りが口内に広がる。
危険を感じたが、時既に遅し。
力が入らず、身体のあちこちがまともに動かなくなる。
「叛真定紡の名において告げる」
先程まで微動だにしなかった獲物が自らの複眼に奇妙な黒い筒を押し付ける。
「永眠れ」
とっくに人としての記憶を失った筈の大蜘蛛は、その鳴き声を聴くと妙に落ち着いた気分になった。
心が残っていれば、きっとその感覚は安堵と呼べるものに違いないだろう。
しかし、もう壊れきってしまったこの在り方では思い出すことも叶わなかった。
複数回、筒から明滅した光を最後に苦しみ続けた誰かは本当の最期を迎える事となった。
(やっと、終われる)
意識の奥底で蠢く、自らが主食としていた獲物の鳴き声と共に。
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ABWの大半は、人間をベースに作製される。
素体の量産という一点だけで見るならば、増殖が容易な下等生物を採用するのが効果的と考える者は多いだろう。
しかし、昆虫や小中型動物等を使用した場合、彼らは生産工程に耐えられず死滅してしまう。
対象の体格が大きければ、その分だけ生存率も上がるが、手に入れるのには莫大なコストを必要とし、兵器としての数の確保も困難となる。
では、生産コストを抑えつつ、安定した兵器としての質や量を確保するのに最も適した生物は何か?
それこそが、人間である。
死刑囚、人身売買、貧民街からの誘拐。
ルートは様々だが、それ等は顧客の前金と共に提供される。
それにより我々ダイモンドが受けるメリットは二つ発生する。
一つは、研究資金の確保。
そしてダイモンドの悲願である、サバイバーの開発。
同じ手順とを行ったとしても、サバイバーへの覚醒は稀にしか発生しない。
なので、様々な方法を何度も試すためにも、ABWの開発、販売はダイモンドにとってはなくてはならない資金源の一つなのである。
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「体の造りが、昆虫類と同じで良かった」
足下で動かなくなった大蜘蛛を見下ろし、安堵の言葉を漏らす。
外部からの攻撃は意味を成さないと判断した定紡は、わざと捕食されることで体内に入り込み、恐らく神経が集中していると思われる、頭と胸の境目に発砲したのだ。
それにより敵の全機能を停止させ、息の根を止めたのだった。
「任務を続けるか」
肉々しい大蜘蛛を蹴り落とさんばかりの強力な踏み込みで跳躍すると、天井のステンドグラスを突き破って屋上に降り立つ。
視界いっぱいに飛び込む、灰色の風景。
真っ平らなコンクリートの床と、周囲に張り巡らされたフェンス。
かつて景色を望むために使われていたであろう錆びたベンチの他には、何も無い。
土砂降りの雨を浴び、ゆらりと視線を上げると…いた。
だだっ広い空間の中央にポツリと佇む、人型の姿。
豪雨を歯牙にもかけず、白衣の剣士は雷鳴が轟く空を背に、障害を乗り越えてきた漆黒の銃士を迎える。
「来るとは思っていたぞ。上手く能力を使ったようじゃな」
濡れた刃を構える秀雄。
その表情からは余裕を消し、本気の殺意が伺える。
「誘ってくるからどんな罠があるかと思えば、大したことはなかったな」
嘲るように定紡は返す。
「まったくじゃ、もう少し苦戦するかと思っていたのだがのぅ」
首を振り失笑するしたかと思うと、次の瞬間秀雄の姿がブレる。
背筋に冷たいものが奔り、身を低くした瞬間、刃が定紡の頭上を掠めた。
そのまま転がって左に回避し、引き金を絞るが、残像のみが残され攻撃が当たらない。
「フハハハ! この場は既にわしの独壇場じゃ! キサマはまんまと誘き出されたのじゃよ」
周囲の空間に溶け込み、命を刈り取る斬撃を残しながら秀雄は嗤う。
激しい大粒の雨は、時に人の痛覚を刺激する。
秀雄はこれを自身に対する攻撃であると定めたことにより、雨粒の落下速度をも超える速度で認識、行動していた。
ABWをけしかけ刺客の体力を削り、圧倒的な力量差で一気に叩く。
これこそが秀雄の本当の作戦。
そんな猛攻の中、本能だけで回避出来ていたのは、ある意味奇跡とも言えるだろう。
「キサマがただの人間でないことは、これまでの動きでわかっておる! それとも、闇を創り出す影が無いから能力もまともに使えぬか?」
絶対的な死が満ちる中、定紡は銃を下ろした。
「観念しても良いのかな? わしはこのままいたぶり殺すこともできるのだぞ?」
秀雄は彼の間近にまで接近し、刃先をゆっくり額に押し付けた。
僅かな痛みと共に、朱色の筋が定紡の顔を撫でる。
「一つ、勘違いしているようだから訂正しておく」
表情を変えることなく、定紡が口を開いた。
予想外の反応には拍子が抜けたものの、どう反撃しようが至近距離でも躱せる為、最後の戯れ言として秀雄は付き合うことにした。
「ほう? わしが何を勘違いしているのか、是非とも教えて欲しいものじゃな」
「俺はまだ、一度も能力を使ってはいない」
言うが早いか、定紡は手にしていたDNEを放り上げる。
相手の銃に気を取られていた秀雄は反応に遅れ、咄嗟に身を引いた。
減速していく視界の中、秀雄は認識する。
流れるような動きで、コートの内ポケットから螺旋状の刀身をしたナイフを取り出し、こちらに迫る男の動作を。
(暗器を隠し持っていたか、じゃがそれが何だというのだ)
今回も変わらず回避出来そうではある。
身体の方向を変えれば問題は無い。
そう、思っていたのだが。
──ズブリ
突如胸部に生じる異物感。
遅れて生じる、電流が突き抜けるが如き痛み。
「グァァァァ……!」
絞るように喉を駆け抜ける絶叫。
苦悶に喘ぐ中、秀雄は把握する。
左側に居る筈の定紡の姿は変わらず正面にあり、軸を中心に捻れ曲がった刃が深々と突き刺さっていた。
「俺の持つ仮想概念は、既に解除されている」
そう言って、定紡は乱暴な蹴りと共にナイフを引き抜く。
ヤークトコマンドナイフ。
毒に頼らずとも一撃必殺が可能な武器と呼ばれ、これによって傷を受けたほとんどの者は生き延びられない。
落下する銃が、目に映る。
仰向けに倒れた秀雄にとってそれは、今の自分の姿と重なった。
「まだだ…まだ終わっては……おらぬ」
しかしその事実を、受け容れるわけにはいかない。
白狼を支えに立ち上がり、よろめく足を踏み締めて、立ち上がる。
「ヌアアアア!」
最期の力を振り絞り、秀雄は全てを認識した。
途端、風が止む。
雨粒が、静止する。
銃も宙に留まり、それを捕らえんとする定紡もまた、秀雄に視線を向けたまま左腕を天へ伸ばした姿勢で止まっている。
鋭敏を極めた秀雄の認知能力は時すらをも置き去りにし、場の絶対的な支配者となる。
愛刀として慣れ親しんだ筈の白狼は重く、悲鳴を上げる傷口は秀雄の動きを緩慢なものにしていた。
それでも尚、秀雄の動きは常人には知覚し得ない程に加速する。
定紡に眼を向ける、決死の覚悟を持って。
落下を続ける銃は、今まさに天へ掲げる彼の手に収まろうとしていた。
「死ねぇぇえええい!」
気合一閃。白狼の刃は、確かに敵の首を捉えていた。しかし手応えは無い。
返す刀で背後から両断せんと振り抜く。
ところが刃は、彼の胴体を通り抜けていた。
(なん…じゃと……!?)
驚きと共に目眩が秀雄を襲う。時間切れだ。
一旦距離を取り、神認眼を解除する。
「今の一瞬で何をしていたかは知らんが、無駄な足掻きだ」
世界の速度は元に戻り、定紡はDNEを捕えて銃口を向けた。
人は、想像も及ばない困難に対面すると、笑いが込み上げて来るものなのだろう。この時の秀雄の様に。
彼には勝てないと、思い知った。
これまでの様々な状況を繋ぎ合わせても、存在しない突破口を改めて認識するだけに終わる。
「いや、流石じゃよ。まさかネイチャーに命を狙われていたとはのぅ!」
皮肉を含んだ賞賛。
定紡はそれに応えることなく、足を撃ち抜く。
引き金を引いた時とは少しずれた地点で、秀雄が地に伏していた。
どうやら能力を行使したが、定紡の能力の特性によって避けられなかったのだろう。
数多のABWを排出し、その第一人者として人造生体兵器の開発を先導した男、八鍬秀雄。
それは数多の人々が犠牲にされてきた事と同義でもある。
そんな男だが、命を持つ者に対して敬意を払うのが定紡のポリシー。
「叛真定紡の何おいて告げる…永眠れ」
✧ ✧ ✧
ネイチャー。それは、先天的にゼノ・スフィアの適性を持つ者達の総称。
瀕死の状態から生還しなければ発現しない上に、適正者自体も極少数しか存在しないため、その存在は非常に稀有である。
ネイチャーの外見は常人と大差が無いため、その能力を行使するまでは誰にも見分けることが出来ない。
故に戦闘においては、無闇に自身の能力を行使する者よりも、使い方次第ではあるが、秘匿しながら行動する者の方が、戦略的に優位に立てる場合もある。
✧ ✧ ✧
黄金が迫る。秀雄の頭蓋を打ち砕かんとばかりに、一直線に。
秀雄には視えている、ゆっくりと。
回避、防御共に間に合う速度、余裕を持って。
防げる脅威ではあった、常ならば。
秀雄は軌道上に白狼を構える。
しかし弾は刀身を通り抜け、そのまま直進する。
咄嗟に秀雄は上体を反らす。
防げぬのなら、避ければ良いと。
それでも目の前には、眉間に向かって直進する弾丸が見えたまま。
軌道が変わろうと弾丸の速度、威力は変わらない。
その時点で、秀雄はそれ以上の行動が全て無意味であると悟った。
悠久と思われる程の、永い最期の時。
その果てに、よりゆっくりと脳を砕かれる感覚を味わう。
無限に続く苦痛に耐え切れず、秀雄の意識は闇へと沈み、仰向けに倒れ込んだ。
定紡はDNEを仕舞い、依頼主に任務完了の連絡と共に秀雄の写真を撮って送付する。
引き返そうかと思ったその時。
──ゴォォォォ
微かに奇妙な音が響いた。
警戒して周囲を見渡すが、これといった変化は見受けられない。
定紡は死体を処分しようと秀雄に歩み寄った時、彼の内ポケットからUSBが転がり落ちているのに気が付く。
取り敢えず回収し、撤収しようとしたが──ゴゴォォォォ
先程よりも大きな音が辺りに響き、足元が大きく傾く。
体制を崩す中で周囲を確認すると、どうやら震源地はこの廃病院の正面に広がる地面からのようだった。
そして一際大きな轟音と共に地面が陥没し、爆炎が吹き上がる。
流石の定紡も、この光景には唖然せざるを得なかった。
「何が……起きたんだ」
そして、目を見張る彼の前で一筋の雷光が、天へと登っていった。
✧ ✧ ✧
「──────────!!」
響き渡る、美麗な咆哮。
おびただしい数の天使による賛歌とも、歓喜に震える大地の鳴動とも思えるファンタジア。
その場に居合わせた者は錯覚する。
世界に渦巻く命の叫び、その奔流が琴海の身体を経由し、音という形で現れたのだと。
琴海の瞳が、桃色に輝く。
琴海の髪が、黄金色に塗り替わる。
それはあらゆる人類の叡智。
或いは種の存続を願い、連綿と紡がれてきた想いの到達点。
現代兵器をも超越した、能力者としての強制覚醒。
新たなるサバイバーの誕生。
(おかしい…)
本来であれば望ましい状況下において、紫藤は嫌な汗を滲ませる。
能力者として適正の無い者を無理矢理覚醒させる技術。
特殊な変異を意図的に促すことから、多くの場合被験者は命を落とすか、或いはABWとなって軍事兵器として扱われる。
だが奇跡的に適応することで生還できた場合、身体における染色体異常はあるものの、現代兵器をも超越した存在となった者はサバイバーと呼ばれ、管理されることになる。
その際確かに変色はするが、覚醒の際に光り輝くことはこれまでに無かった。
(ABWに変質しなかったのは良いとしましょう。ですが、何か嫌な予感がしますね)
紫藤の直感の通りに、状況は動き出す。
琴海が口を閉ざすと同時に、彼女の周囲に5つの歪みが生じた。
そして、それぞれの歪みの中心から小さな存在が姿を表す。
仄かな光を纏い、無機質な部屋に浮かび上がる小さな5つの人影。
人間よりもやや大きな瞳。
微かな光を放つ、透き通った両翼。
愛らしい少女を連想させる滑らかな肢体、柔らかそうな髪。
精練な妖精を想起させるそれらは、それぞれ赤、青、黄、緑、白の服を纏っている。
初めに、青の妖精が動いた。
次々と琴海を拘束する枷に接吻し、溶解させていく。
琴海が起き上がると、妖精達はそんな彼女の周囲に集まって声をかける。
『こんにちわ』
優しげな口調で。
『はじめまして』
穏やかな声で。