5話ぐらい書いて、うーんっとなって没にしたもの。
内容は好きですしキャラも好き、展開も悪くないと思ってたのですが――没に。この後で練り直し、へっぽこ腹ぺこを書きました。原形はとどめてないかな?
連載する分量ではないため、ここで没作供養を兼ねて投稿させて貰います。
限定公開にはしておりませんが、ご了承願います。
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幼龍と愚かなお人好し
数多に存在する世界の一つ、そこには様々な生き物が住んでいた。
その世界に暮らす者たちが恐れていたのは、【龍】という優れた知性、大きな肉体、永き命を持つ生き物だった。
あまりに強大すぎる力を持つ龍は気紛れで暴虐であり、信仰する者もいれば、抗い打ち倒そうと誓う者もいる。生き物たちは龍という存在に対し羨望、憧れ、嫉妬、恐怖、畏敬を抱いているのであった。
ランクスは荷物を背負って、山道を歩いていた。
険しい道は上り下りが激しいが、しかし足取りは軽い。木漏れ日を振り仰いで目を細め、にやつく。街に戻った後を想像しているのだ。
あまりの上機嫌さに、後ろを歩いていた男も呆れ気味だ。
「随分とまぁ。嬉しそうじゃないか」
その声にランクスは振り向き、この数ヶ月一緒に組んできたジェイルに笑ってみせた。
「そりゃそうだ、これで大成功なんだ」
「へぇ? お前もしかして、前に言ってた計画を上手くやったのか。確か高級回復薬を仕入れて、ロンポギの街で売り捌くって話だったが」
「その通り! 知り合いの伝手を使って錬金術師に頼み込んでな、ようやく売って貰えたんだ。凄く苦労したが、街に持っていけば倍以上の値がつくってもんだ」
「……へぇ、そうかい」
「この日の為に一生懸命貯めたんだ。雨の日も風の日もコツコツ働いたし、いろいろ危ない目にも遭った。飲み食いも我慢して最小限にしてたし――」
足は棒のように疲れているし、財布はすっからかん。しかし、これを街に戻って売れば、そこそこの金になる。今まで全ての苦労が報われ小金持ち。
ランクスが顔をだらしなく緩ませていると、背後で微かな金属音がした。素早く飛び退き振り向けば、相棒と思っていた相手が剣を構えている。
「なんのつもりだ、ジェイル!? 俺たち仲間じゃなかったのか!」
「仲間って言うかよ、少し一緒にやった程度だろ。ってわけで、お前の持っている高級回復薬を全部頂こうか」
「誰が渡すか、これに懸けてんだぞ」
「はっ、お前が俺に勝てるとでも? 何やっても中途半端なお前が?」
「ぐっ……」
ランクスは仲間を――仲間と思っていた相手を――睨んだ。このジェイルと戦って勝てるはずがない。自分が何につけても中途半端である事は、よく知っている。力も素早さも体力も、全てが低い水準で平均的。今まで生きのびられたのは、小賢しく立ち回ってきたからだ。
「まあ苦しまないように一撃で殺してやるよ」
「やめろって、そういうのは良くない。暴力反対!」
「あんまり動くなよ。手元が狂って荷物を傷つけたくないからな」
「本当にやめろって」
悔しさを噛みしめ少しずつ後退り、この場をどう切り抜けるか必死に考える。
「ん?」
額の汗を拭おうと手を上げ、しかしその手を止めたのは、どこか遠くから大きな音を聞いたからである。それは風が吹くような音でもあり、風切り音のようなものだった。その音は消える事なく続いて、しかも徐々に近づいて来る。
「何だこれは?」
ジェイルは戸惑っている。この隙にランクスも逃げるべきだったが、しかし音の正体が気になって耳に手を当てた。
音が大きくなって、目の前を何かの影が過ぎった。
「ふおおおおっ!?」
聞いたこともない音が腹にまで響き、直ぐ向こうで土煙があがり、足元からは突き上げるような衝撃。強い風に交じって土や砂や小石が押し寄せる。その全てが一瞬のうちに起こったのだ。
呆然としていたランクスだが、ややあって我に返った。
「……居ない」
直ぐ目の前に立っていたジェイルの姿は消え失せている。
ただ道が途切れたように抉られ、岩混じりの土が剥き出しとなっているだけだ。一瞬だけジェイルを気の毒に思ったが、裏切られた事を思い出し肩を竦めた。
それよりも、今の興味は落ちてきた何かだ。
もうもうと土煙の上がる目の前を見やって、腰の剣に手を掛ける。本来ならこの場をさっさと離れるべきなのだろうが、物事を深く考えない性格もあって、興味の方を優先してしまう。
辺りの木々が傾いで枝葉を打ち鳴らして分を見く倒れ、小石などが転がり土が滑り落ちていく。そうした音の中に何か低い唸るような音があった。同時に何か強い血の臭いを感じる。
足を止め見つめていると、土煙が少しずつ収まってきた。
「……?」
ランクスは目の前の光景が、最初は理解できなかった。ややあって、ようやく気付く。山の斜面に半ばめり込むようにして、一体の龍がいるのだと。
「うわっ!」
声をあげ、思わず剣を抜いて構えた。だが、その手は恐怖と驚きとで震えている。冒険者をやっているが、大型モンスターと対峙した経験などない。遠くから眺めた事があるだけだ。
ようやく逃げようという気になったランクスだったが、すぐに気付いた。
この龍が小さな個体で、恐らくは幼龍なのだと。何より激しく傷つき、動く気力さえもないのだと。よく見れば身じろぎさえせず、引きつるような浅い息を繰り返している。僅かに目を開けた後は動こうともしない。
「なんだ手負いか……」
ランクスは、ごくりと喉を鳴らした。
いくら龍でも、ここまで傷ついていれば倒す事が出来るだろう。
幼龍でも龍は龍。死にかけた状態だろうが、倒せば龍殺しの名誉が得られる。そうすれば、高級回復薬を売るどころではない莫大な報酬が得られるだろう。
そうすればどうなるか。
今まで自分を馬鹿にしてきた連中を見返す事もできる。腹いっぱいに食べられるだろうし、暖かなベッドで寝られるようになる。豪遊だってできる。綺麗なお姉さんがお酒を注いでくれて夜を過ごせる店にだっていける。
この龍さえ倒せば、間違いなく幸せになれるのだ。
ごくりと生唾を呑むランクスは龍を見つめた。明らかに弱っている。苦しそうで辛そうで浅い息を繰り返しており――その青く澄んだ瞳が動き、自分を見た。
その瞬間、ランクスの心が動いた。どう表現してよいか分からない動きだ。少し唸って自分の頭を拳で数度叩き、何かを追いやるようにして振り下ろす。
「しゃーない」
ランクスは軽く舌打ちして安物の剣を収め、懐に手を突っ込んだ。取り出したのは、数本の小瓶。緑の澄んだ色の液体が入っている。それは命大事の為に、いつも懐に入れてある回復薬だった。
「いいか、噛むなよ。絶対に噛むんじゃないぞ」
幼龍に恐る恐る近づいて、その白い体をよじ登っていく。大きな口を苦労して押し開け、回復薬の瓶を逆さにして次々と流し込む。
少し動きがあって、飲んでくれたのは分かった。
しかし、見たところ回復した様子がない。効果が無かったのではなく、きっと傷が深すぎ、そして幼龍が大きすぎる事が原因なのだろう。何せ人間に使われる量の回復薬なのだから。
ランクスは腕を組んだ。
「さて、ここに仕入れて来た高級回復薬がある。これを使えば治るかもしれない。しかーし、全財産突っ込んだこれを使ってしまえば、貧乏まっしぐら。明日から、どうすりゃいいのって事になる」
しかし、しかしである。
つい先程の絶体絶命の状態を、偶然とは言え救ってくれたのは、この龍だ。
「こいつは命の恩人、いや恩龍だな。回復薬もジェイルに全部盗られたと思えば……くそっ! こんちくしょう!」
背負っていた荷を降ろすと、大急ぎで開封。そこから赤く澄んだ液体の入った高級回復薬を取り出した。瓶からして造りが丁寧で装飾までされたものだ。別の意味で言えば、ランクスの将来の夢が詰まっている。
「ほら飲め! 全部使ってやるよ。お前なんか元気になってしまえ!」
えいやと自棄になって、瓶を一つ二つと逆さに、幼龍の口へ赤い液体を流し込んだ。最後に残った一個をなんとなく手に、一歩下がって観察すれば、見る間に傷が塞がっている。
「よしっ! どうだ見たか、大成功」
高笑いをするランクスだったが、龍が身じろぎした途端に我に返った。
それで顔を引きつらせたのは、急に恐くなってきたからだ。
目の前に居るのは龍。
龍は恐ろしい存在で、気紛れで暴虐。助けられたから感謝するとは限らず、むしろ変な誇りで襲い掛かってくるかもしれない。嫌な考えが起こると、それは強まるばかり。
幼龍が僅かに頭をもたげた。
青く澄んだ目に真正面から見つめられ、ランクスは後退った。しがない男が龍と対峙して耐えられるはずもない。もう駄目だった。
「ああああっ、俺のバカぁ! 覚えてろよおおおっ!」
手にしていた最後の高級回復薬さえ放りだし、ランクスは妙な捨て台詞を吐いて、一目散に逃げ出した。狭い山道を、もの凄い勢いで爆走していく。
白い幼龍の眼差しは、そんな背中へと、確かに向けられていたのであった。