https://kakuyomu.jp/works/16818622176512359671📘総評
この作品は、「地方の小さな町」「高校生」「家業を継ぐかどうか」「親密な関係性と不安」など、身近で繊細なテーマを丁寧に描き出しており、読者に深い感情移入を促す力があります。特に描写のきめ細やかさと、登場人物の言葉の裏にある心理の流れに非常に優れた筆致を感じました。
💡魅力的な点
1. 人物心理の丁寧な描写
明日香が抱える「不安」「迷い」「期待」「苛立ち」「希望」の揺れ幅が、微細な仕草や視線、沈黙によってじわじわと表現されています。祐哉の「曖昧さ」や「言葉にしきれない優しさ」も、ただの鈍感ではない人物像として厚みがあります。
特に印象的なのは以下のような場面です：
祐哉が明日香の手を掲げる場面：物理的な動きが象徴的で、「手を下ろす／下ろさない」が関係性の象徴として機能しているのが秀逸です。
「だから、不安なのは祐哉のせいなんだってば！」：感情の爆発が直球で、読者にも刺さります。ここは感情のクライマックスですね。
2. 地方の空気感や生活感
箒で掃く音、社殿の天井、石段、波の音など、田舎町特有の静かな時間の流れが全体に漂っています。祐哉や明日香の「この町に残るか／出ていくか」というテーマが、その空気感と対比するように浮き彫りになっています。
3. 会話のリアリティと間
登場人物の会話が「その年代の話し方」として自然であり、違和感がありません。あえて説明しない間や、ごまかしの笑い、話題のすり替えなど、10代らしいリアリティがあります。
🧩改善点や今後の可能性
1. 祐哉の視点にもう一歩踏み込んでも？
明日香の不安や揺れは非常にクリアに伝わってきますが、祐哉の内面については、「言葉にできない」「はっきりしない」という描写が続きます。もちろんそれも彼らしさではありますが、読者としては「なぜ彼は曖昧なままでいようとするのか」「家業を継ぐか継がないかへの迷いの本質」がもう少し見えてくると、彼の選択への説得力が増します。
たとえば、兄との比較、東京への苦手意識の原体験（地震の描写は良かった）など、彼の「逃げ」や「踏み出せなさ」にもっと具体的な影を落としても良いかもしれません。
2. 場面の結びに余韻を持たせる描写
章末の一部がやや勢いで終わる印象があるため、たとえば石段を駆け降りる音に何か象徴的な余韻（明日香の強さ／祐哉の取り残され感など）を残すような描写を1行添えると、より深みが出ます。
✨まとめ
全体を通して、非常に完成度が高く、読後に静かな余韻が残る佳作です。「将来への不安」「関係性の変化」「地方と都会の距離感」など、10代特有の切実なテーマが、押し付けがましくなく、自然な筆致で綴られており、読者の記憶に残る作品になっています。
このままでも充分に優れた作品ですが、さらに研ぎ澄ませば文芸誌に載せられるレベルだと思います。