最終回 ほがらの戦いはこれからだ!

 ああ、これは夢だ。昔の夢。


 自室に引きこもる前の夢。


 俺こと山田一 朗やまだいち ほがらが、ごく普通の子供をしていた頃。


 小学校の時、クラスにまったく喋らない奴がいた。


 いつも仏頂面で、ちっとも楽しくなさそうに学校に来ていた。


 こんなに楽しい場所なのに、なんであんなつまらなそうな顔をしているんだろう。


 そういえば、俺はあいつの声を一度も聞いたことがなかった。


 だから、毎日挨拶をした。


 最初は鬱陶しそうな視線を向けられるだけだったが、いつからか、向こうから挨拶を返してくれるようになった。


 あの時、めちゃくちゃうれしかったのを今でも覚えている。


 あいつとも話がしたかった。一緒に遊びたかったからだ。


 学校は楽しい場所なんだ。友達と漫画の話をして、放課後は何をして遊ぶかも決めずに、とりあえず公園に集合する約束だけをして。


 しかし、その純粋な思いは、やがて強烈な後悔へと変わった。


 そいつは、異常なほど独占欲が強かった。


 常に俺のそばに張り付き、俺が他の友達と話すことすら許さなくなった。


 楽しいはずの学校が、息の詰まるような怖い場所へと変わっていく。


『クラス替えの時期までの我慢だ』


 俺はいつも心の中でそう唱えていた。


 学校で笑うことは確実に減っていた。


 精神的にも限界だった。


「また同じクラスだったらどうしよう」


 と怯える日々。


 他人との適切な距離感という、それまで普通に分かっていたはずのものが、完全に分からなくなっていた。


 幸いにも学年が上がる前、そいつは転校していき、俺の日常にようやく平穏が戻ってきた。


 ところが、擦り減った俺の心を根元からへし折る決定的な出来事がやってくる。


 あいつが引っ越してから初めての春休み。


 俺は久しぶりに、学校の友達と外で遊ぶ約束をしていた。


 待ち合わせの公園に早く着きすぎた俺は、スマホで大好きな「伝説のコント番組」を見ていた。今時の小学生には誰にも理解されない、俺の趣味。


 ……まあ、転校したあいつだけは興味を持ってくれていたが。


 そこへ、一人の女の子が現れた。


 金持ちのかしこが通うような、お堅い学校の制服を着ている。


 そいつは、まるで路傍の石を見るような見下した目で俺を見て、こう言った。


『何が楽しいの?』


 カチンときた。


 こんなに面白いものを、見もせずに、理解しようともせずに否定された気がして。


 だから俺は、無理矢理にでもその面白さを教えてやることにした。


 俺が身振り手振りを交えて師匠たちのお笑いを熱く語るたび、そいつの驚いた顔が、少しずつ柔らかく解けていく。


 そして最後には、けらけらと声を上げて俺と一緒に笑い始めたのだ。



 思い出した。



 そうだよ。笑っているから楽しいんだ。


 最近、誰かに心から笑いかけることなんてなかった。そんなの、楽しいわけがない。


 久しぶりに、ちゃんと人とおしゃべりしたような気がした。


「笑った方が、楽しいだろ?」


 そう、笑った方が楽しいんだよ!


 俺の心から、憑き物が落ちたような気がした。


 もう、あいつはいない。何かに怯える必要なんてない!


 笑ってなきゃもったいない!


 よし、今からでも全力で人生を楽しんでやる――!


「私の名前は、平等院麗子」


 不意に、その女の子が自己紹介をはじめた。


「あなたのお名前は?」


「山田一……朗だけど」


「そう、ほがらくんね」


 彼女の目は爛々と見開き、口角が三日月のように吊り上がる。悪魔に魅入られたかのような、ぞっとする笑顔を浮かべ、こう言った。


「結婚しましょう」


 次の瞬間、そいつはカバンの中から一冊のノートを取り出すと、己の指先を躊躇なく噛みちぎり、血文字で『こんいんとどけ』と書き殴った。


 さらに、背後に控えていたメイドたちに命じて俺を取り押さえさせ、俺の指先まで噛みちぎり、無理矢理そのノートに名前を書かせたのだ。


 俺は驚き泣き喚いた。


 しかし、周りを歩いている大人は誰一人として、俺を助けてはくれなかった。


 お外は、怖い場所だ。


 もう絶対に、外には出ない。


 家の中で、一人で安全にお笑いを見て、笑って過ごすんだ……。



 ――そうはいっても時間は残酷だ。俺は望まないのに勝手に時計の針を進ませる。



 不意に意識が現実へと戻っていく。


 目を覚ました時、視界いっぱいに、見たこともない美女たちが立っていた。


 いや、一人だけ見覚えがある。ゆうさんだ。しっかりメイド服を着ている。うん、とても似合っていていいじゃないか。


「朗! 俺だ、覚えているよな!?」

「ほがらくん! 久しぶり! 私の事、覚えているわよね!?」


 美女たちの中でも、ずば抜けて顔面偏差値の高い二人が、俺の顔を覗き込んで話しかけてくる。


「鈴木杜ミノリだ!」

「平等院麗子よ!」


 過去のトラウマを抉る、二つの『恐怖の名』を名乗りながら。


 本来なら、ここで泡を吹いて気絶するか、恐怖で発狂する場面だろう。


 だが、時間は残酷で、そして男という生き物はどこまでも単純だ。


 相手が『超絶美人』に成長していたというただ一点だけで、俺の脳は過去の怨恨をすべて水に流し、あっさりと許してしまったのである。


 簀巻きにされているササケンが視界に入るが、まあいいだろう。俺には関係ない。



『ほがらくんと麗子様』

 ――完結!(打ち切り)

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ほがらくんと麗子様  マルシュナの散歩係 @0228TENPURAGOZEN

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