キングオブボッチ令嬢の市場崩壊

まるちーるだ

キングオブボッチ令嬢の市場崩壊

ある伯爵家にとても可愛らしいお嬢さんが生まれました。

両親と兄は、その子が可愛くて仕方ありませんでした。


ですが、お嬢さんはそんな自分の顔が好きではありませんでした。


いつも怒っているように吊り上がっている目。


気の強そうな顔立ち。


何かしているつもりはないのに、怖がられてしまうのです。


ああ、ついこの前だって同世代の女の子がお嬢さんを見て泣いてしまうのです。


『私は何もしていなのに怒っている!』


そう言われてしまえばもう、どうでもよくなってしまいます。


そこで彼女は考えました。

私の顔はあまりいい方ではない、と。


このままでは我が伯爵家のお荷物になってしまう!

敬愛する兄のためにも、後妻でも、訳ありでも売れ残るわけにはいかない!


そう思った彼女は自分を磨くことにしたのです。




そうだ、勉強しよう。





それから7年。

『フール・クラーク伯爵令嬢は可愛くない!』、とよく言われる。


昔のように『怖い』と泣かれるよりはましだ、とフールは思っていた。

瓶底眼鏡で目つきを隠してからというもの、『怒っている』とか『怖い』とか言われることはなくなった。


その代わり、誰も近づいてこない。


……キングオブボッチの称号を手に入れた。


だが、それで勉強の邪魔をされないのなら、この孤独も悪くはないのかもしれない。


十四歳になった。

同世代の令嬢たちが社交だ!舞踏会だ!茶会だ!と華やぐなか、

フールは王立図書館の片隅で本を貪っていた。


知識は裏切らない。


人は裏切るが。


フールはクラーク伯爵家の令嬢。

両親と、次期当主の兄との四人家族。


——そして、現在我がクラーク伯爵家は没落まっしぐらである。


尊敬していた兄がやらかした。

兄は優秀だし、本当に尊敬できる人間なのだが――

よりにもよって王太子の婚約者である筆頭公爵家の令嬢に手を出したのだ。


いや、正確には“元”婚約者。


腹には子も宿しているという。

やっちゃったのか兄よ。

しかも傷ものどころか、コブ付きか……。

なんて、遠い目で兄の話を聞いていた。


もう明日には兄とその令嬢は夫婦になる。

しかし、問題はそこではない。


賠償金だ。


王家への賠償金は、我が伯爵領三十四年分の利益に相当する。


三十四年。


普通に返せる額ではない。

というか、その計算が今のままの税率で考えた場合なので、この辺りに我が家の人の好さが出てしまっている気がする。


まあ、そんな兄と両親は好きだが、八方塞がりである。


「参ったわね。……明日あたり、正式な連絡が来るかしら」


ぽつりと呟いた声は、静まり返った図書館に吸い込まれて消えた。


家族会議の結果は単純だった。


返済不可!

もう貴族、辞めちゃおうか!


なんて案が出た中、一番手っ取り早い案が残っているのに?なんて思った。


私を売ってしまえば、手っ取り早いのでは?


『お父様、お母様。私を高く売れる嫁ぎ先を探してください。』


両親も、兄も、あと義姉も真っ青になっていた。


『変態でも、ロリコン……は年齢的に無理ですわね。後妻でも、いわくつきでも構いません。高く売れそうな方をお願いします』


その瞬間、家族は泣いた。

母に至っては卒倒した。

義姉トイレに駆け込んだ。


泣かれる理由が分からなかった。

若さと知識は十分な商品価値があるはずだ。特に辺境なら喉から手が出るほど欲しがる。


だが、両親も兄も涙を止めない。

義姉は興奮しすぎて赤ちゃんが危ないので、ベッドに閉じ込めた。


埒が明かないので仕方なく、母方の叔父に手紙を送った。

辺境伯家の人間である叔父なら事の重大さは理解できる。


すぐに返事が来た。


『何とかしてくれる家を探す。少し待て』


ああ、これで決まりだ。

出来る事なら高値で売りつけて欲しい。

何処に嫁がされても文句は言わない。

……図書館か図書室はある家がいいが。


「王立図書館も、今日が最後かしら」


そう言って、水耕栽培の本を棚へ戻す。


土地がなくても栽培できるトマト。

水源豊かな我が領地にぴったりだったのに。


——ああ、いや。

身売り金だけでは足りない。

兄と義姉には子供も生まれる。

甥だか、姪だか分からないが、親の所為で子供が苦労するなんて、あってはならない。

兄に、この方法だけでも伝えておこう。


「何故、明日から来ないつもりなの?」


背後から、少し低い男の声。

気配を感じていなくてビクン、と肩が跳ねる。


恐る恐る振り返った。


窓際の書庫で、出口は一つ。

その出入り口を塞ぐように立つ男。


血の気が引いた。


「れ、れ、れ、レイア、王太子、殿下」


さらさらと流れる金髪。

深海のような青の瞳。

彫刻のように整った神が嫉妬しそうな美貌。

この国の第一王子にして王太子

――レイア・ソネット王太子殿下。



そして――兄が、寝取った相手である。



シーンと、静まり返った書庫。

図書館なのだから静かなのは当たり前なのだが、ドクドクと異常な心音が耳に届く。


正直場違いな書庫で、彼は微笑んだ。


「やあ、フール・クラーク伯爵令嬢」


「ご、ご機嫌麗しく……」


慌ててカーテシーをする。

だが王太子は距離を詰め、そっと身体を支え、姿勢を戻させた。


近い。

美形を彫刻として見る分には好きだが、生きている人間で見るのは嫌だ。

自分の不細工度を実感してしまう。


ドクドクと心臓が嫌な音を立てる。


ニコッと明らかに笑っていない目で笑う王太子殿下に、寒気がしてきた。


兄への当てつけか。

それとも賠償の通達か。

流石に怖くて視線を下に向けた。


ズルっと落ちた瓶底メガネを、慌てて耳の金具を掴んで押さえた。


落ち着け、落ち着け。


あ、でも、兄に怒りが行くより自分の方が良いのでは?

むしろ、私に怒りが向く方が、結果オーライでは?


ただ、この人の怒りを自分に向けるって、どうすればいいのかな?


恐る恐る顔を上げる。


——美形。

圧倒的な美形。

それこそ美の女神が裸足で逃げ出すレベルの美形。


義姉様……この美形よりキングオブモブ顔の兄のどこが良かったのですか?


次の瞬間、視界が変わった。


眼鏡が外されていた。


それは武装だった。

それがなければ、私は。


顔を伏せようとするが、顎を持ち上げられる。


「え?」


王太子の目が、まっすぐに私を射抜く。


驚きと、歓喜と、確信が混ざった色。


「ああ、やっぱり君だったか……」


彼の指先が、ほんの少しだけ震えた。


「見つけたよ、『姫君』」


逃げる暇もなく。


——ああ、外堀が埋まる音がした。


私の唇は、奪われていた。


重なった感触が、

妙にリアルで、

逃げようとして掴まれて、

何も出来なくて、

涙がにじんだ。


……どうしよう。

ああ、最悪だ。


初物価格と中古価格は、天と地。


どうしてくれるのよ。

傷ものは、高く売れないのよ?


市場価値が、大暴落した。

……初物好きではない高値の買い手は、存在するのかしら?


唇が離れた。


その瞬間、彼は――

獲物を射抜く目をしていた。

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キングオブボッチ令嬢の市場崩壊 まるちーるだ @maruchi_ruba

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