Case.5:ヒドゥン・ファクター

◆品質管理部 三好の記録より──七月某日、製造一課 ウレタン接着工程 A班にてヒアリングを実施。

 

 ウレタン接着工程にて、ウレタンの界面剥離が再発。

 朝八時より、他部署から融通されたニトリル手袋を着用し、製造を開始。初品生産時に問題は見られなかった。以後生産を続けていたが、午前九時を回ってから作業者がプライマーの濡れ性の変化を発見。

 ライン停止し、当日生産分の引っ張り試験を行った結果、シリアルナンバーの大きい製品ほど部品剥がれが発生する傾向が見られた。


 不具合再発の報に、召集された面々は消沈していた。唯一の変化点を潰したつもりだったが、振り出しに戻ったも同然だ。真因を探すにも、手がかりがない状態だった。三好は頭を下げ、当日の作業を改めて分析する方針をとった。

「使っていた手袋は、以前のメーカーの物です。これを装着して、フェルトをオイラーの先端につけました。フェルトに素手で触れてはいません」

 A班班長の豊橋が実演する。プライマーの濡れ性は変わらない。ウレタンを塗布して強制乾燥を行い、剥離試験を行っても異常はなかった。ここまでで、怪しむべき箇所はない。

「部品のロットは変更ないんですよね? なら、ほかの土台でもやってみましょう」

 品質保証部の清洲が念押しし、客先から回収した別の不具合品を持ってきた。それも同様に作業を行ったが、結果に変化は見られなかった。

 作業者を社内資格を持たない者に変える。プライマーの塗布時間を短く、あるいは長くする。総当たりで検証すれど、プライマーの液面は変わらず、良品見本さながらの出来だった。

 しかし、作業開始から三十分ほど経過した時、濡れ性に変化が起こった。

「……なりました。今、塗った時の濃さ……が少し違いました」

 早速、ウレタン塗布まで作業を行い、試験を行う。結果は──界面剥離が発生した。

「もしかして……時間、なんですかね」

 設楽が呟いた。昨日の試験も、今朝の工程も、今の試験も、作業を始めた直後では不具合が発生しなかった。時間経過が影響している可能性は考えられる。

 しかし、ここでもう一つの謎が浮かび上がった。時間経過でプライマーの状態に影響が起きるなら、プライマーと塗布具が対象になる。しかし、プライマー、フェルト、オイラーのいずれも、仕入れ先を変更していない。絞れた三つに対して総当たりをするほかない──そこで、三好は断りを入れて試作部へ向かった。

「あれ、三好さんじゃないですか。えっ? 在庫の時期……あそこにある束なら、半年以上は前に持ってきてるよ」

 試作部は、量産品を取り扱う製造部署と異なり、数多くの生産を行わない。資材が余っているかは賭けだったが、運が良かったようだ。三好は礼を述べ、フェルト・・・・をひと巻抱えて現場に戻った。


「変わってないけど変わっている、ってわかるわけないだろ……」

 後日、豊田はぼやきながら回転椅子の背もたれにもたれかかった。

 不具合の原因はフェルトだった。フェルトの値段は変わっていない──あくまで値段は、だ。三好たちの預かり知らぬところで、メーカー側がコストカットのため、製造に用いる薬剤を変更したことが原因だった。

 新しく導入したニトリル手袋と従来のフェルトの組み合わせで再現実験を行ったところ、プライマーの濡れ性は良品と同等で、ウレタン・プライマー間の接着力も問題なく発揮された。理不尽とも言える結果だが、新しい手袋を導入する際に試験を提案しなかった落ち度もある。面々にとって苦い経験となった。

 ともあれ、今回も解決だ。コーヒーメーカーから注いだコーヒーを一口含んだ瞬間、三好は動きを止めた。

「豆もコストカットされたってわけか」

 豊田はげらげらと笑いながら手を叩いた。

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続・品質管理部員 三好の調査記録 淡瀬かがみ @awase_mirror

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