続・品質管理部員 三好の調査記録
淡瀬かがみ
Case.04:アンノウン・ファクター
◆購買部通達──○年一月
株式会社××より、下記製品の値上げが告知されました。
値上げ幅:10%程度
適用日:○年四月出荷分より
対象商品:
・ニトリル手袋
・スムス手袋
・ウエス
……
七月某日。工場は蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。
製造一課のウレタン接着工程にて、界面剥離が発生。客先へ連絡後、該当ロットの出荷停止措置を実施。製造部、品質管理部、品質保証部を交えた会議が開かれ、変化点の洗い出しが行われた。以下、各出席者の発言記録となる。
◆製造一課 ウレタン接着工程 A班 班長 豊橋の発言
作業者にヒアリングを行った結果、部品側プライマー塗布時の液面の広がりが「普段と違ったかもしれない」と報告がありました。今日はしゃびしゃびしていた──要は、液面の広がり方が大きく、濡れ性が普段と異なっていた、とのことです。
しかし、私も実際に五個ほど試しましたが、再現には至りませんでした。こちらは当日の作業者一覧と星取り表です。社内資格を持った作業者で作業していました。
◆製造一課 ウレタン接着工程 B班 班長 設楽の発言
直前の、B班での作業時に発生はありませんでした。変化点、ですか……こちらも作業者は社内資格を持っていましたし、部品のロットもA班で使用していたものと同じです。ウレタン塗布機の設定も、始業前点検で問題なかったため変更は入れていません。
まず、この工程は、納入された材料の部品と部品を、ウレタン接着剤で接着する作業が主となっている。接着剤の効果をより発揮し、強靱な接着力を確保するためプライマーと呼ばれる下塗り剤が欠かせない。そのプライマーは、膜厚──塗膜の厚みや塗布状態を厳密に管理する必要があり、社内資格を持った者しか担当できない作業になっている。設備も、人も、材料も、方法も変更はない。これには、会議に参加した面々も頭を捻るほかなかった。
「本当に、なにも変化点はないんですね?」
念押しするように、豊田──品質管理部の一人が尋ねた。豊橋と設楽が肯定し、会議は完全に暗礁に乗り上げてしまった。
「再現実験をもう一度やりましょう。現場はそのままですよね?」
品質保証部の清須の提案に参加者は賛同し、件の製造現場へ連れ立って向かった。代表として設楽が作業を実施し、作業標準書を元に作業の準備から確認を行う運びだ。
「あれ、手袋ってこのメーカーだっけ」
ニトリル手袋を取りだそうとした時、設楽は呟いた。
「いや、無くなったから新しいの持ってきたんだよ。そしたら、なんか変わってたみたいで」
「あー、手袋値上がりするって話だったから、それか?」
豊橋の答えに設楽は納得したようだ。ニトリル手袋を装着し、プラスチック製のケースから所定サイズに切られたフェルト片を取り出して、プライマーの入った
接着土台にあたる部品の表面を溶剤で拭いて脱脂を行い、乾かしてからプライマーを塗る。プライマーを何回か塗る分には、濡れ性に問題はないように見えた。
プライマーを乾かしている間に、次はウレタン塗布設備の準備を行う。ウレタンは二液式で、その比率は現場で製造を行う場合と変わらない。プライマーが乾いたことを確認してから、ウレタンガンに詰めたウレタン接着剤をプライマーの上に塗布し、上にガーゼを乗せてから押しつぶした。
これで、プライマーを介してウレタンと土台の部品、ウレタンとガーゼの間で接着が起こる。そして、ウレタンをドライヤーで強制的に乾燥させてから、ついに破壊試験に移る。ガーゼを掴んで持ち上げながら引っ張ることで、界面剥離──今回のケースは、プライマーからウレタンが綺麗に離れる現象が起きれば不具合と判定される。
「だめですね、しっかりくっついています」
設楽が苦々しげに言った。これまでの手順で、抜け落ちは存在しなかった。
「三好さんはどう思います?」
豊田に聞かれ、三好は経緯を思い返した。三好の視線はニトリル手袋に向かった。作業方法に問題は無いが、先刻の設楽と豊橋の会話が引っかかった。現状で、変化点らしい箇所はここしか見当たらない。
三好が気になる点として手袋を挙げれば、品質保証部の清洲が同意した。
「その手袋で、接着部品に何度か触ってください」
清洲の指示で、設楽は部品の別の箇所を重点的に触り、その後、同じ工程で試験を行った。結果は──界面剥離が発生した。
──これだ!
この場に居合わせた者たちが胸を撫で下ろした。原因がわかれば、あとは対策するだけだ。即座に新しい手袋の使用を取りやめ、従来のものを改めて注文する運びとなった。
「でも、本当に高くなったよなあ」
翌日、品質管理部のオフィスで、ドリップコーヒーを飲みながら豊田が呟いた。
「購買部からの通達の一覧見たか? ウチで使う副資材のだいたいが値上がりしてるし……」
確かに、数多く使用する現場ともなれば、一つあたりは僅かでも大きな差額となる。それを嫌って、迂闊にモノを変えたことが良くなかった。あらかじめ試験をすべきだった。
「これでフェルトまで値上がりしたらたまったもんじゃないな。今回はよかったけど」
豊田の言に頷くことなく、三好はコーヒーを一口飲んだ。昨日の騒動に反し、穏やかな一日が始まろうとしていたが、始業時間からしばらく経過した後──品質管理部に一報が飛び込んできた。
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