第3話 二季の世界に、花は咲くのか
夏は、終わらなかった。
朝になっても熱が引かず、
夜になっても空気は冷えない。
蝉の声は途切れ、
代わりに、乾いた風だけが街を削っていく。
「……暑い」
ナツは、コンビニの前で立ち尽くしていた。
冷房の風を浴びても、
胸の奥の熱は消えない。
以前なら、春が間に入ってくれていた。
激情が爆発する前に、
やわらかな風が一度、感情をほどいてくれた。
でも今はない。
あるのは、
燃えるか、凍るか。
その二択だけ。
「世界、極端すぎでしょ……」
そう呟いた瞬間、
アスファルトがじり、と音を立てた。
ナツの苛立ちに、
夏が反応してしまったのだ。
「……だめだ、私」
ナツは自販機に額を預けた。
自分が感情を揺らすたび、
誰かの生活が壊れていく。
それでも止まれない。
夏草炎炎――
燃え盛る命の季節は、
制御を知らない。
◇◆◇
一方、フユは病院の屋上にいた。
夜明け前。
空は白く、冷たい。
「……静かすぎる」
フユが息を吐くと、
その周囲だけ、わずかに温度が下がる。
本来、冬は“休息”の季節だ。
すべてを終わらせるためではない。
次に繋ぐための、静寂。
だが今の冬は違う。
夏の暴走を抑えるため、
彼女は常に力を使い続けていた。
凍らせなければ、燃え尽きる。
均衡を保つために、
心を削るしかない。
「……アキ」
ふと、名前がこぼれた。
あの夕暮れ色の声が、
今はもう、返ってこない。
フユは感情を持たないことで、
世界を守ってきた。
けれど――
失った後の“静けさ”は、
あまりにも冷たかった。
◇◆◇
ハルとアキは、同じ病室にいた。
窓際のベッド。
白いカーテンが、風もなく揺れている。
医者は言った。
「原因不明の昏睡状態です」
だがそれは違う。
二人は眠っているのではない。
“役目を終えた存在”として、
世界から一歩、外れているだけだ。
ハルは時折、笑う。
理由のない笑顔。
だがそれは、もう春ではない。
記憶だけが、
残り香のように浮かぶ。
アキは、時折涙を流す。
何に悲しんでいるのか、
本人にもわからないまま。
終わりだけが、身体に残っていた。
フユは、二人の手をそっと握った。
「……あなたたちがいない世界は、
やっぱり寒いわ」
その言葉は、誰にも届かない。
けれど、その瞬間――
花瓶の水面が、わずかに揺れた。
◇◆◇
数週間後。
街では、人々が慣れ始めていた。
「夏と冬だけって、効率いいよね」
「服も迷わないし」
「中途半端な季節、いらなくない?」
その言葉を聞くたび、
ナツは歯を食いしばった。
アキの言った言葉。
――なくなってから気づくものほど、
本当は一番大切なの。
だが人は、
“失った理由”を忘れる生き物だった。
◇◆◇
ある夜。
ナツとフユは、病院の屋上で向き合っていた。
空は真っ二つだった。
一方は焼けるように赤く、
もう一方は、凍りつくように青い。
「……このままじゃ」
ナツが言う。
「私か、あんたが壊れる」
フユは否定しなかった。
「ええ。どちらかが先に限界を迎える」
「じゃあさ……」
ナツは拳を握る。
「四季に戻す方法、ないの?」
沈黙。
長い、冬のような沈黙。
やがてフユは、静かに答えた。
「あるわ」
ナツが顔を上げる。
「ただし――」
フユの瞳が、わずかに揺れた。
「季節は、戻らない」
「……え?」
「“新しい循環”を作ることしかできない」
失われた春と秋を、
元に戻すことはできない。
だが――
“間”を生むことは、できる。
「感情の中間。
熱と冷のあいだに咲くもの」
それを生み出せるのは、
かつて四季だった少女たちの――
想いだけ。
◇◆◇
病室の窓辺。
フユは、彼岸花を一輪、置いた。
赤い花弁が、白い部屋で際立つ。
「……リコリス」
それは別れの花。
そして同時に、
“思い出が再び芽吹く場所”を示す花。
ナツが言った。
「咲くの、ここ?」
「ええ」
フユは頷く。
「世界じゃない。
人の心に」
その瞬間。
ハルの指が、わずかに動いた。
アキの瞳から、涙が一筋、こぼれた。
季節ではない。
でも――
確かに、そこには“間”があった。
暑すぎず、寒すぎない。
名もない感情。
それはきっと、
かつて春と秋が担っていたもの。
世界は四季に戻らない。
それでも――
人は、思い出すことができる。
始まりと、終わりのあいだにあった
やさしい時間を。
窓の外。
彼岸花が、風もないのに揺れた。
それは、季節ではなく。
誰かを想う心が、
確かにそこに在る証だった。
ただそこに……永遠に。
---
寂寥のリコリス 完
寂寥のリコリス αβーアルファベーター @alphado
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