第3話 握手



 その日、教室に衝撃が走った。


「転入生を紹介する」


「え?! まじ?! 男? 女?」


「はい、男子。静かに。……入りなさい」


 女教師は、にわかに沸き立った男子たちを諌め、廊下を向いた。


 ――ガラッ


「うおおお? かわいくね? 美少女じゃん!」


 扉を開き、姿を現したのは、美少女だったらしい。

 男子どもは色めき立っているが、どうせ俺には関係がない。俺は陰キャなのだ。孤高というやつだ。

 

 そんな俺に与えられた、一番後ろの窓側の席。これ以上ない位置で、視線を窓の外へ向けていた。

 

 ……今日も、天気だけはいいなぁ。天気だけは。


「では、自己紹介を」

 

「はい! 持永來拍もちながこはくです! この街は久しぶりです! よろしくお願いします!」


 ――朗らかで、柔らかい声が耳に届いた。


「持永さんは、幼い頃この街に住んでいたそうです」


「はい! 小学校前までですけどね。昔の知り合いに会えるといいなって、少し期待しています!」


 その一言で、またも男子たちが沸き立った。もはや動物園だ。いや、猿山かもしれない。転入生は、いい餌らしい。


「おお? まじで? オレのこと知ってんじゃね?」


「ぎゃはは! 俺かもよ?」

 

 俺は、そんな空気には馴染めない。腕を枕に、机へ突っ伏した。

 この腕。柔らかい癒しではないが、外界からの干渉を阻害するバリアだ。

 

 

「はい、静かに。持永さん、最後列の席だけど、いいかしら」


 騒がしくなった教室を、女教師はよく通る声で制し、転入生に声を掛けた。

 


「はい! 視力は、いいほうです」


「では、本間君の横ね。……本間君」


 不意に名前を呼ばれ、肩が跳ねた。何故、俺の入眠を妨げるのか。俺は大人しく目立たなかったはずだ。


 ……だが。


 確かに、俺の席の隣は、空席だったのだ。

 ……このつまらない学校生活で、これが唯一の救いだったのに。なんてことだ。


「本間君! 返事は?」


「……はい」

 

「ははは! レイサイのやつ、どんくせぇよなー」


 教室はまた、笑いに包まれた。嘲笑という名の、笑いに。もう長年のことだ。慣れてはいるが、気持ちのいいものではない。もっとも、気持ちのいい笑いなど、俺は知らないのだが。


「本間君。持永さんは、まだ教科書が来てないの。それまでの間、見せてあげてね」


 そして、なんとも面倒な依頼をされてしまった。ソフトもないのにハードだけ来てしまったのか。回線繋いでダウンロードしてくれたらいいのに。


 ――これは、瑠偉が怒るかも知れないな……。


 などと、思案していたら。

 

「レイサイ君っていうの? 持永來拍もちながこはくです! よろしくね」


 転入生が隣に座る。

 

「どうも……。本間……です」


 挨拶を、ぎりきり返した。俺は光合成でエネルギーを生めるタイプではない。眩しさに目がやられそうだ。


「ん? なんか大人しい感じなのかな? それとも、いきなり嫌われちゃった? んー。迷惑だとは思うけど、少しの間はお世話になります」


 すっと、転入生が手を差し出してきた。


「……えっ?」


「握手!」


 そう言いながら、転入生は俺の手を強引に握った。時が止まった。


 ……なんだか、温かい。


 ずいぶんと……懐かしい感覚がした。


 

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2026年1月20日 08:00
2026年1月20日 12:00

手のひら返し! 〜幼馴染の魔の手を振り切って、"俺の幸せ"を掴むまで~ Resetter @Resetter

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