第2話 配属局案内ツアー
午後一時。
配属局、1階受付フロア。
カトロアは、ウィルの前に立っていた。
「では、改めて」
カトロアは、背筋を伸ばした。
小柄な体だが、そこから放たれる威厳は本物だ。
「天界配属管理局は――、
「すみません! ちょっといいですか!」
突然、受付カウンターから天使の声が響いた。
「507番の方、『異世界で猫耳美少女とイチャイチャしたい』は志望動機として不適切です! 書き直してください!」
「えーいいだろー! 本当のことだし!」
「本当でも書かないでください! せめて『異世界の文化交流』とか!」
カトロアは、小さく溜息をついた。
ウィルが、目を丸くしている。
「……あの、今の」
「聞かなかったことにして」
エイネが、静かに補足する。
「ああいう志望者、最近増えてるんです」
「ええ……」
ウィルが引きつった顔をしている。
「とりあえず、次の階に行きましょうか」
エイネが話を変えるためエレベーターへと案内した。
配属局には神専用のエレベーターがある。魂が増えすぎた結果、神たちが“魂でぎゅうぎゅう詰めのエレベーター”を嫌がったためである。
2階へと向かう途中、カトロアは空中にモニターを展開した。
【天界配属管理局 フロアガイド】
1F 受付
2F 講義室
3F 資格試験場
4F 実技試験場
5F 面接会場
6F 最終試験場
7F 異世界への扉
8F 異世界クレーム対応課
9F 天国配属課
10F 魂還元課
「全部で10階。それぞれに役割があります」
「……あの」
ウィルが、おずおずと手を挙げた。
「そういえば、地下があるって聞いたんですけど」
一瞬。
カトロアは、きょとんとした顔で首を傾げた。
「地下?」
本気で分からない、という反応だった。
「聞いたことないわ。そんなフロア」
「……」
エイネが、わずかに視線を逸らす。
「存在しません」
きっぱりと、事務的に言い切った。
ウィルは納得しかけてエイネを見た。
その視線は、こちらを見ているカトロアの背後で、どこか泳いでいた。
「……本当に?」
「本当にです」
エイネは、それ以上の説明をしなかった。
「カトロア様。到着です」
△△△
2階。
エレベーターの扉が開くと、廊下に魂があふれていた。
「うわっ」
ウィルが、思わず後ずさる。
講義室から出てきた魂たちが、廊下でぐったりと浮かんでいる。
「……つ、辛い」
「もう無理……脳が……」
カトロアは、その横を平然と歩いた。
「ここは、転活支援講座が行われる場所です」
「あの、先輩……みんな、すごく疲れてますけど……」
「ええ。講義、結構ハードなので」
カトロアは、あっさりと答えた。
講義室の一つを覗くと、魂たちが座っていた。
全員、必死にメモを取っている。
スクリーンには、こう書かれていた。
【異世界基礎講座 第三回】
『転生時の身体について』
講師は、穏やかな顔をした天使だった。
「では、赤ちゃん転生が禁止されている理由ですが――」
スクリーンが切り替わる。
そこには、赤ちゃんの脳の図と、大量のテキスト。
「脳の発達が未熟なため、成人の記憶と人格を受け止めきれません。過去の事例では――」
画面が、さらに切り替わる。
《赤ちゃん転生を強行した事例》
ケース1:記憶完全消失(37件)
ケース2:自我崩壊(22件)
ケース3:脳損傷(15件)
ケース4:原因不明の発狂(8件)
講義室が、静まり返った。
「……ちなみに、ケース4の方々は今も治療中です」
講師が、さらっと言った。
「場所は、地下十1階――あ」
一瞬、言葉が止まる。
扉の外で、エイネがわずかに視線を送った。
「……いえ。ここでは触れません」
講師は、咳払いをして話を切り上げた。
「とにかく、赤ちゃん転生は危険です。以上」
ウィルはカトロアに気づかれないようにエイネに話しかける。
「……今の、言いかけましたよね」
エイネはカトロアから少し離れカトロアに視線を送りながら言った。
「カトロア様は配属を“決める”立場です」
「……?」
「だから、決めた先の末路まですべて知る必要はありません。
それにあの方は背負いすぎてしまう。」
ウィルは、息を呑んだ。
「……地下、あるんですよね」
エイネは、ほんの一瞬だけ黙り込む。
「……あります」
「じゃあ――」
「でも」
言葉を被せる。
「それ以上は、知ろうとしないでください」
カトロアがこちらを向き少し眉間にしわを寄せていた。
「ちょっとウィル、あなたの研修なんだからちゃんと話を聞きなさい」
ウィルは頭をぺこぺこ下げながら講義を覗く。
「では、次に特殊な転生事例について」
スクリーンが切り替わる。
《スライム転生事件》
画面には、スライムの絵が表示されている。
「数十年前、『スライムに転生したい』という志望者がいました」
魂たちが、ざわめく。
「え、スライムって」
「あの、ぷるぷるの?」
「当時は今みたいに異世界転生の制度も整備されていませんでした。そんな時代にバカな担当神が――」
講師は、わざと名前を伏せた。
「――安易に許可を出してしまいました」
「……で?」
一人の魂が聞く。
「転生は成功しました」
講師の声が、わずかに沈む。
「ですが、問題が発生しました」
画面が切り替わる。
《スライムの身体構造》
・脳なし
・骨格なし
・固形の臓器なし
・全身がゼリー状の細胞
「……人間の魂を、この身体に入れると自分の体が崩れていく、という錯覚に襲われます」
講義室が、シーンと静まり返った。
「慌てて天界に呼び戻しましたが……その魂は、一週間その錯覚に苦しみ続けました」
「……」
「今は回復しましたが、二度と異世界転生を希望しなくなりました」
講師は、魂たちを見回した。
「安易な転生は、こういう結果を招きます。以上」
カトロアは、講義室から離れた。
ウィルが、青ざめた顔で追いかけてくる。
「……先輩、今の話……」
「本当よ」
カトロアは、あっさりと答えた。
「担当した神は、その後降格された」
「……」
「だから、私たちは慎重にならなきゃいけないの」
カトロアは、エレベーターへ向かった。
「次は、3階。資格試験場です」
△△△
3階。
エレベーターの扉が開くと、そこは試験場だった。
「ここは、資格試験場です」
カトロアが説明する。
【鑑定スキル試験 実施中】
【サバイバル基礎 実施中】
【異世界経済入門 実施中】
【魔法適性検査 実施中】
「資格試験……」
ウィルが、周囲を見回す。
「なんで必要なんですか?」
「スキルは便利だけど危険だから」
カトロアは、一つの試験室を指差した。
中では、魂が一人、机に向かっていた。
目の前に、モニター。
画面いっぱいに、アイテムの一覧が展開されていた。
名前、分類、産地、成分、派生効果、相性――
視線を動かすたび、さらに情報が増えていく。
《次の問題です》
一つのアイテムが拡大表示された。
《これは何ですか?》
魂が、思わず息を呑む。
「……ポーション」
声に出した瞬間、横に補足ウィンドウが開いた。
【一般名称】回復薬
【俗称】ポーション
【主成分】薬草ハーブリア(乾燥/抽出/煮沸)
【効果】HP即時回復
【効果量】体格・種族・耐性依存
【持続】なし
――ここまでは、知っている。
「HP回復アイテムです。即時回復で――」
さらに、別のウィンドウ。
【副作用】
・過剰摂取による神経興奮
・種族不適合時の拒絶反応
・魔力量過多による嘔吐
・長期使用による依存症状
「……え、副作用?」
ウィンドウが増える。
条件分岐。
例外ケース。
過去の事故報告。
「待って、ちょっと――」
魂が、机に突っ伏した。
「……無理」
《結果:不合格》
ウィルは、しばらく言葉を失っていた。
さっきまで、魂が立っていた場所。
今は、暗転したモニターだけが静かに光っている。
「……厳しくないですか?」
ぽつりと、こぼれた。
カトロアは、視線をモニターから外さずに答えた。
「厳しいわよ」
あまりにも、あっさり。
「でも、異世界はもっと厳しい」
「……」
ウィルは、うまく納得できず、眉をひそめた。
「でも……あの人、答えは合ってましたよね?
ポーションって分かってたし、効果も……」
「ええ。間違っていない」
カトロアは、ゆっくりと振り返った。
「でも鑑定スキルの制御をできていなかった」
「……え?」
ウィルが、目を瞬かせる。
カトロアは、少しだけ声を落とした。
「鑑定スキルは、ただ“知りたい情報を知る”能力じゃない」
歩きながら、続ける。
「対象に関する知識が、強制的に流れ込んでくる。
名前、効果、条件、例外、危険性……全部」
ウィルは、先ほどの光景を思い出した。
次々と増えていくウィンドウ。
「だから必要な情報だけを出すように制御しないといけないの。
そうしないと脳が処理しきれず焼き切れてしまう」
ウィルは自分も魂と同じように異世界を甘く見ていたと実感した。
その時、別の試験室から悲鳴が聞こえた。
「ぎゃああああ!」
三人は、慌てて駆け寄った。
【魔法適性検査 実施中】
中を覗くと――
魂が一人、パニック状態になっていた。
空中に、小さな火の玉がいくつも浮かんでいる。
制御を失った魔法が、部屋中を飛び回っていた。
「うわああ! 止まらない! 消えてくれ!」
試験官の天使が、冷静に指示を出している。
「落ち着いて。深呼吸をして――」
「無理です! どうやって――」
その時、一つの火の玉が制御を失い、ウィルに向かって飛んできた。
「うわっ!」
ウィルが慌てて避けようとする。
だが間に合わないように見え魂や天使たちは息をのんだ。
カトロアが、すっと手を伸ばした。
火の玉が、カトロアの手のひらでぷしゅっと消える。
「……」
カトロアは、試験室に入った。
魂の前に立つ。
「深呼吸」
「え……」
「いいから、深呼吸して」
魂は、言われた通りに息を吸った。
ゆっくりと、吐く。
「もう一度」
吸って、吐く。
カトロアは、静かに魂の肩に手を置いた。
「魔法は、あなたの一部。恐れる必要はないわ」
「……で、でも」
「大丈夫」
カトロアの声が、優しい。
「あなたの魔力を感じて。それが、どこから来て、どこへ流れているか」
魂は、目を閉じた。
集中する。
空中に浮かんでいた火の玉が、一つ、また一つと消えていく。
最後の一つが消えた時、魂はほっとした顔をした。
「……できた」
「よくできました」
カトロアは、小さく微笑んだ。
試験官の天使が、カトロアに頭を下げた。
「ありがとうございます、カトロア様」
「いいえ」
カトロアは試験室を出た。
ウィルが、感動した顔で待っていた。
「カトロア先輩! すごいです!」
「……別に、大したことじゃないわ」
カトロアは、少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らした。
「さあ、次の階に行くわよ!」
耳を真っ赤にして、何も言わずに先を歩くカトロア。
ウィルは思わず可愛いと言いそうになるがこらえ、エイネと並んで後ろをついていった。
△△△
4階。
エレベーターの扉が開くと、広大な空間が広がっていた。
「ここは、実技試験場」
カトロアが説明する。
フロア全体に異世界を模したドーム状の空間がならんでいる。
森、草原、洞窟、城。
様々な地形が再現され、その中で魂たちが戦闘訓練を行っていた。
「うわあ……」
ウィルが、目を輝かせた。
「すごい……本物みたい……」
「本物に近い環境を再現しています」
カトロアは、説明を続けた。
「ここでは、いろんなランクのスキルを試すことができます」
「ランク?」
「ええ。スキルは、D・C・B・A・Sの五段階に分類されています」
カトロアは、壁に掲示されたボードを指差した。
【スキルランク一覧】
Dランク:基礎スキル(剣術Lv1、火魔法Lv1など)
Cランク:中級スキル(剣術Lv5、火魔法Lv5など)
Bランク:上級スキル(剣術Lv10、複合魔法など)
Aランク:達人級スキル(奥義スキル、高位魔法など)
Sランク:英雄級スキル(儀式魔法や核撃魔法など国を滅ぼしかねないスキル)
「実技試験では、スキルを持った『器』だけが用意されています」
「器?」
「ええ」
カトロアは頷いた。
「魂がその器に入ることで、そのスキルを持った時の感覚を掴める」
「……なるほど」
ウィルが、納得したように頷く。
「実際に体験しないと、分からないことが多いから」
その時、一つの訓練室の前で、試験官の天使が慌てた様子で走ってきた。
「カトロア様! 大変です!」
「どうしたの?」
「D-7訓練室で、誤ってドラゴンを召喚してしまいました!」
「……は?」
カトロアの表情が、固まった。
「D-7って、Dランク剣術レベル1の部屋よね?」
「はい……」
試験官が、申し訳なさそうに頭を下げる。
「設定を間違えて、Sランクのボスを……」
「……」
カトロアは、深く、深く息をついた。
「魂は?」
「まだ中にいます! でも、倒せなくて……!」
「分かったわ」
カトロアは、訓練室へ向かった。
「エイネ、ウィルはここで待機」
「カトロア様!」
エイネが止めようとするが、カトロアはすでに訓練室の扉を開けていた。
中は、混乱していた。
巨大なドラゴンが、咆哮を上げている。
そして、その前で震えている魂。
手には、Dランクの剣。
「た、倒せない……こんなの、無理だ……!」
ドラゴンが、炎を吐こうとする。
その瞬間――
カトロアが、魂の前に立った。
「下がって」
「え……」
「いいから、下がりなさい」
カトロアの声が、低い。
魂は、慌てて後退した。
ドラゴンが、カトロアに向かって炎を吐く。
巨大な火柱が、カトロアを飲み込もうとする。
だが――
カトロアが、手を一振りした。
炎が消える。
ドラゴンが、驚いたように動きを止める。
カトロアは、静かにドラゴンを見上げた。
「……面倒ね」
その一言と共に、カトロアの頭上に魔法陣が展開される。
複雑な幾何学模様が何重にも重なりドラゴンをとらえていた。
カトロアを中心に光が、部屋中を満たす。
ドラゴンが、咆哮を上げて襲いかかろうとする。
だが――
カトロアが、指を鳴らした。
パチン。
その瞬間、ドラゴンの体が光に包まれる。
そして――
消滅した。
跡形もなく。
訓練室が、静まり返った。
魂が、呆然とカトロアを見つめている。
「……す、すごい……」
カトロアは、小さく溜息をついた。
「……やりすぎたわね」
そう言った瞬間、訓練室の壁が、ひび割れた。
ミシミシと音を立てて、ドームに亀裂が広がっていく。
「……あ」
カトロアの表情が、固まった。
「……まずい」
壁の一部が、崩れ落ちた。
外で待っていたエイネとウィルが、驚いた顔で中を覗いている。
「カトロア様!?」
「……ごめん」
カトロアは、小さく呟いた。
「部屋、壊しちゃった」
試験官の天使が、青ざめた顔で駆け寄ってきた。
「カトロア様……これ……」
「……分かってる」
カトロアは、頭を抱えた。
「報告書、書かなきゃいけないのよね」
「はい……」
「施設破損報告、事故原因調査、再発防止策……」
「はい……」
「……」
カトロアは、深く、深く溜息をついた。
「8階、行かなきゃ」
「え?」
ウィルが首を傾げる。
「8階って、異世界クレーム対応課ですよね?」
「ええ」
カトロアは、重い足取りで歩き出した。
「施設破損の報告は、8階に提出しなきゃいけないの」
「……カトロア様」
エイネが、心配そうに声をかける。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわ」
カトロアは、小さく呟いた。
「……会いたくない奴がいるのに」
「会いたくない奴?」
ウィルが首を傾げる。
カトロアは、答えなかった。
ただ、とぼとぼとエレベーターへ向かった。
その背中は、どこか小さく見えた。
エイネが、ウィルに小声で言った。
「8階には、カトロア様が最も苦手とする神がいるんです」
「誰ですか?」
「異世界クレーム対応課の課長……アザレア様」
エイネの声が、わずかに沈む。
「カトロア様とは、正反対の性格で……」
「……」
「それに」
エイネは、さらに声を落とした。
「アザレア様は、カトロア様の配属した魂が問題を起こすたびに……厳しく責めるんです」
ウィルは、エレベーターに乗り込むカトロアの背中を見つめた。
小さな体。
白い髪。
そして、どこか疲れた表情。
三人は、エレベーターに乗った。
8のボタンを押す。
扉が閉まる。
エレベーターが、上昇を始めた。
カトロアは、拳を握りしめたまま、黙っていた。
ウィルは、その様子を見て、何も言えなかった。
エレベーターが、8階に到着した。
《異世界クレーム対応課》
扉が開く。
その先には――
喧騒と、悲鳴と、怒号が広がっていた。
そして、奥に見える一人の神。
長い黒髪に、鋭い眼光。
カトロアは、小さく息をついた。
「……行くわよ」
そう言って、一歩踏み出した。
天界配属管理局・異世界人材担当課~異世界志望者が多すぎて、今日も面接が終わりません @Hitsuziya3
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