壊れたけれども気持ちよく
優夢
高校生二人組、温泉へ行く。
ばきびしいいぃっ!!
音は、かなり凄まじかった。
全然パリーンとかじゃなかった。
空振りしたスマッシュの勢いそのまま、中庭が望める窓に豪速で飛んで行った卓球のペンラケット。
一瞬、ガラスは持ちこたえた気がした。気のせいだった。透明の面が白く濁って粉々になるのはコンマ数秒。
しゃらしゃらーん、と破片が床に散った。
呆然とたたずむ俺と親友は、互いに浴衣姿だった。
冬休み、勢いで突撃した温泉旅行。温泉といえば卓球。軽く汗をかいたらもうひと風呂いこうぜと気軽に始めた。
夕食の刺身を一切れ賭けたあたりから白熱し始め、デュースにつぐデュース。
これを制したら俺の勝ちが決まるはずだった。
床に散らばる破片は、ごつごつの塊になっていた。
動画で見たことある。強化ガラスってこういう割れ方するんだっけ。
冷たい夜風がひゅうぅと吹き込んでいる。温泉街特有のにおいがする。
日本庭園を模した中庭の灯篭が、ちょっぴりたたずまいを歪ませていた。その真下に、犯人たるラケットが落ちている。
俺と親友は、卓球台越しに見つめ合った。
「うわああああああああ」
「ああああああああああ」
親友が俺を指さし、俺はぶんぶんと首を左右に振った。
「わあああああああああ」
「うあああああああああ」
親友が窓を指さし、俺は両手で頭を抱えた。
「ああああああああああ」
「わあああああああああ」
親友が先に走り出し、俺は続いてダッシュで客間まで逃げ帰った。
料理はまだ来ていない。肩で息をしながら、俺は親友に、親友は俺に全力で叫んだ。
「「逃げてどーすんだよおおぉぉ!!」」
ばれる。絶対にばれる。
卓球ラケットを借りる際、フロントで二人とも名前を書いた。
卓球をしていたのは俺たち二人だけだった。幸か不幸か他に誰もいなかった。
誰にも見られてはいないが、証拠がありすぎる。
「どうするよ……?」
「なあトモユキ。お前、貯金いくらくらいある」
「え?いきなりなんだよ。
……3000円くらいかな。
お年玉足して、ブランドのジャージ買ったから」
「なんでジャージでブランドなんだよ」
「かっこいいじゃんかよ! 素材もいいし!
というか、急に貯金の話?」
「おう、貯金の話。
俺は2000円くらいかな。推しフィギュアを密林でポチッた」
「お前こそ年始からフィギュア買ってんじゃねーよ」
「奇跡のように中古で出てたんだぞ! 多少無理したって買うわ!
互いの状況を踏まえて言おう。トモユキ。
あの大きさの強化ガラス、修理するとしたら10万以上プラス施工費」
「おうえぁ」
「親に頼るしかないよな」
「……そのさー、俺、親にはサッカー部の合宿って言って。
部には家の都合って言ってて」
「俺もお前んちに泊まってることになってる」
俺たちは同い年、高校二年生だ。
ぎりぎりの費用、現地までチャリという強行作戦を親に言いづらく(俺は部活もずる休みする必要があったし)、一泊二日くらいだしと、内緒で出かけていた。
もしもし俺、今旅館、窓ガラス割ったからお金出して。
なんて、言えるか。言えない。
しかし自腹でなんとかできる額ではない。
「……チダ。
こういう旅館って、保険入ってるとかない?
俺、故意じゃないし。過失だし。
旅館側が保険降りてノーカンとか」
「甘いなトモユキ。
旅館の保険は、旅館側に過失があった場合に客とトラブルにならないためのものらしいぞ。
旅館賠償責任保険、というらしい。
客が過失した場合は弁償が基本だって」
スマホをスワイプしつつ、親友が淡々と言う。
俺は数秒、世界が止まったような気がした。
貯金の必要性を今さら思い知った。
お金があれば使いたくなるものだろ? なんで貯金いるの? と思ってた元旦の俺に説教したい。
お年玉を全額貯金していても足りないだろうけど、弁償の手付にはなったかもだ。
「客がわが保険降りる場合もあるらしいが」
「ほんとか!?」
「クレカとかで旅行の保険に入ってた場合?」
「未成年にクレカとか無理だろ!」
「あとは、火災保険に入ってて、個人賠償責任特約がついている場合」
「んなもん入ってるわけないじゃん」
「だよな。つまり俺たちは現状を回避できない」
親友チダはスマホを置き、深く深くため息をついた。
俺は両手で顔を押さえて無言になった。
ちょっとだけ感謝する。
窓を割ったのは俺だ。チダは、ぶっちゃけ一人で逃げられる。チャリで来たし。
でも逃げずにここにいてくれる。見捨てずにいてくれる。
持つべきものは親友だ。ありがとうチダ。
「というわけでトモユキ、お前が親に電話してなんとかしてもらえ」
「えっ俺だけ!?」
「俺割ってないし」
「ちくしょう親友のありがたみ8割減った!」
しかし、チダの言うことももっともだ。
親に頼る覚悟をしつつ、俺はまず最初に、腹をくくった。
謝りにいかなければ。。
窓割っちゃいましたすみませんって、頭を下げなければ。
勢いで逃げてしまったけれど、何より先に謝るべきだ。
勝負に熱が入って、何回もデュースして握力が抜けました……いやいや、言い訳は不要。俺がやった。やってしまった。結果がすべて。
ひとりで謝りに行くと言ったら、チダは一緒に行くと言ってくれた。
ありがとうチダ。親友のありがたみ減は5割にしておく。
「ごめんなさい!!
俺がやりました!!」
フロントで俺、そしてチダが深々と頭を下げると、フロントのお姉さんがオーナーの男性を呼んできた。
スキンヘッドでがっちり体系の、怖そうなおじさんだった。
怒鳴られる……!
身構えて目をつぶった俺に、飛んできたのは野太い笑い声だった。
「わはははは!
逃げた時はどうシメてやろうか考えたがな。よく謝りに来た!
いやー、よっぽどでないと割れねえガラス入れたはずなんだが。
どんだけ勢いあったんだ、兄ちゃんのラケット」
俺とチダはぽかんとして、お互い顔を見合わせ、そろってオーナーを見た。
まるで、その場にいて全部見ていたような。
部屋には誰もいなかったのに?
「監視カメラ置いてるに決まってんだろ。
あんだけ大声で騒ぎながら出て行ったら、すぐ現場行ってカメラも見るわ。
外部から泥棒でもやってきたのかと思ったじゃねえか」
なるほど。旅館側としたら、そっちの可能性をまず考えるのか。
逃げずにすぐ謝っていたら、いらぬ心配をかけなかったのに。すごく申し訳ない……。
「俺、ちゃんと弁償します。
分割になるけど、バイトして、お金送ります。
本当にごめんなさい」
「わざとじゃねえのはカメラで確認したからな。
逃走してたら全額請求したが、今回はま、条件付きでチャラにしてやろう。
その前に、親御さんにきちんと何があったか連絡することだ」
「はい、連絡します……って、チャラ!?
ほんとに!?」
「条件付きだぞ。
この条件、呑めるか? 兄ちゃんたちよ」
オーナーはニヤリと笑った。
俺とチダは寒気を感じながらも、何を言われても吞むしかなった。
提案された条件は……。
冬休み明け。
親にこってり絞られて残りの休みを勉強と部活のみに費やした俺は、始業式でチダに声をかけた。
チダも同様に親に怒られて、会うのはあれ以来だ。
なんと、「未成年の過失事故は、親の個人賠償責任保険で対応可能」だった。
親に電話して、めちゃくちゃ怒られながら確認してもらった。いけた。保険でいけた。
脱力して泣きそうになった俺を、オーナーは笑いながらなだめてくれた。
「条件」については、結局俺もチダも了承した。
旅館のHP、トップにでかでかと乗せられた動画リンク。
『 卓球部屋の強化ガラスが割れた決定的瞬間!
よいこは逃げちゃだめだぞ!
(犯人はちゃんと謝りに来ました) 』
俺がガラスを割った瞬間の、防犯カメラ映像だ。
カメラの向きが奇跡的に映えていた。
破砕音もがっつり入っている。
俺とチダの顔にはモザイク処理がかかっていた。
俺とチダが叫んで逃げる前で動画は終わっている。
オーナーは、この動画を公開することを条件に、俺たちを許してくれた。
いい客引きになる、ネタとしておいしいと。
しょげていた俺たちに出された料理は、予約した最安コースじゃなくやたらボリュームがあって、オーナーの懐の広さに感動した。
動画の再生数にびびりまくった。
俺だとわからなくしてくれているとはいえ、俺の悪行がこんなにも見られているなんて。
それにしても、こんなにきれいに割れたのか。あまりに気持ちいい壊れっぷりで、何度も見たくなる。ASMRとタグが付いていた。
動画を紹介するブログには、修理の過程や、そこから見える中庭、灯篭のズレ具合、犯行に使われたラケット。
続いて、流れるように旅館のいいところや料理のおいしさなどを紹介してあった。ぐうの音も出ない宣伝だった。
どうせ壊れたんだから、壊れたことを利用してやろうというオーナーの商魂、すげえ。
帰り際、オーナーは俺たちに笑顔で言った。
「十年後でも二十年後でも、また来いよ。
こんなクソおもしれえ思い出のある旅館、ほかにねえだろ。
これも青春ってこった!」
確かにその通りだ。
大人になっても、何年たっても、絶対忘れない。
今はまだ無理だけど、いつか自分からこの動画を友達に見せて、鉄板ネタにできるかもしれない。
「またいつか行こうな、トモユキ」
「今度は卓球しないからな」
「そこはリベンジだろ」
「二度目があったらどーすんだよ!」
こいつとは、十年後も親友だろうなと思ったりしながら。
教室に向かう冬の朝は、気持ちいいくらいの快晴だった。
壊れたけれども気持ちよく 優夢 @yurayurahituji
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