第2話『傾く刃、息の居場所 ― 正しさは誰のために(Justice II)』
Ⅰ. 星界、落下
足を踏み出した瞬間、
世界が“下”へ引き裂かれた。
重力が、横に流れる。
視界が反転し、
星屑が、上からではなく――内側から降ってくる。
喉が詰まった。
息を吸おうとして、
空気が“重さ”に変わる。
(……ここは)
思考より先に、身体が理解する。
――美羽の心だ。
星界が美羽を飲み込もうとしていた。
闇ではない。
暗さでもない。
「正しさで満たされすぎた空間」。
足元に、地面がない。
代わりに、巨大な天秤が浮かんでいる。
片側には、言葉。
「怖い」
「正しすぎる」
「近寄れない」
もう片方には、
刃のように研がれた“善意”。
釣り合っていない。
だが、どちらも落とせない。
中心で――
氷の彫像みたいに、美羽の魂が浮いていた。
触れたら、切れる。
⸻
Ⅱ. 侵食
《来ないで》
声は、直接頭に落ちてくる。
《誰も、信じない》
次の瞬間、
闇が“形”を持った。
霧が、刃になる。
正しさを模した、黒い刃。
雨みたいに、降り注ぐ。
肺が、焼けた。
息を吸うたび、
鉄の味が、喉に残る。
「……っ」
足元が揺れる。
しおぽんが、半歩前に出かけて、止まった。
見えない境界線。
「……シオンさま。ここから先は、渡れない」
声が、低い。
「これ以上進むと――
“持っていかれる”」
「何を」
しおぽんは、答えなかった。
答えなくても、
身体が理解している。
視界の端が、白く欠け始めている。
星屑の色が、判別できない。
音が、遠い。
(……長く、いられない)
⸻
Ⅲ. 変身
それでも、
窓の向こうで、声が落ち続けている。
オレは、一歩、踏み出した。
「……行く」
夢の続きみたいな感覚。
抱えたままの刃が、頭をよぎる。
しおぽんは止めない。
「言の葉は鍵、星の光は道しるべ」
喉が、軋む。
「ステラン、ステラン、ステラン――
来臨せよ、汝――シオリエル!」
光が、爆ぜた。
星屑が巻き上がり、
静かな衝撃とともに、
シオリエルが降り立つ。
その姿は、戦士じゃない。
剣を構えない。
盾も持たない。
――ただ、迷いなく前に立つ存在。
黒い刃が、彼女へ殺到する。
しかし
彼女の前でわずかに軌道を逸らした。
シオリエルは一歩も退かず、
ただ、そこに立ってる。
天秤が、軋む。
美羽の魂が、震えた。
《どうして》
心細い声。
縋るような、問い。
《私が全部悪いんでしょ》
その瞬間、
闇が、さらに膨れ上がる。
オレの足元から、
泥みたいな黒が這い上がった。
肺が、潰れる。
黒い咳が、止まらない。
(……このままじゃ)
⸻
Ⅳ. 同じカード
オレは、攻撃しなかった。
代わりに、カードを引く。
――Justice。
心の羅針盤であり、
選択という名の自由。
「……裁くためじゃない」
シオリエルの足元に、
淡い光が広がる。
刃を断つ光じゃない。
秤を砕く力でもない。
ただ――
揺れを止める光。
天秤が、ゆっくりと動きを止めた。
美羽の声が、混じる。
《私は正しいのに》
《……誰も、見てくれない》
怒りじゃない。
責めでもない。
オレは、
何となく全てを言わなかった。
「……見てほしかったんだな」
影が、ざわりと膨らむ。
刃が、増える。
オレは、何も言わずにカードを引いた。
⸻
Ⅴ. 星
二枚目。
――Two of Swords。
刃を抱えたまま、
動けないカード。
「……抱えたままじゃ、息できないよな」
美羽の声が、荒くなる。
「お父さんは……正しい!!
バカにするな!!」
更にカードを引き続ける。
三枚目、展開。
――The Star。
派手な光じゃない。
消えない、灯り。
シオリエルの掌に、
小さな星が集まる。
刃は消えない。
正しさも、消えない。
ただ――
握る力だけが、緩む。
《どうしたらよかったの?》
黒い刃が一本、
音もなく、形を失った。
オレは、答えない。
「……今は、分からないままでもいい」
息が、戻る。
「でも、今夜は
“素直な美羽の気持ち”を選べ」
⸻
Ⅵ. 均衡
「選べないよ、私」
「神様どうして、
私を見捨てるの?」
「神様教えて!!!」
沈黙。
「……神様か」
オレは、ゆっくり言う。
「神に縋ることはできる。
神を信じることもできる」
一拍。
「美羽がそう信じるなら、
それも――正しい」
さらに一拍。
「オレは委ねない」
「そう決めた」
シオリエルが、静かに告げる。
「星衡真断(アストラル・ジャッジメント)」
裁かない。
断罪しない。
ただ、ここに留める。
天秤は、傾かない。
均衡のまま、
美羽の前に残る。
闇は、消えない。
ほどけて、
星屑のように散り、
元の闇へ還っていく。
光の中で、
美羽の姿が遠のく。
《……神様》
返事はない。
ただ、
美羽は選んだだけ。
自分の生きる道を。
⸻
Ⅶ. 帰還
肺に、現実の空気が戻った。
オレは、膝をつく。
右目の奥が、ずきりと痛む。
視界の端に、星の残像が焼き付いて消えない。
世界が、少し遠い。
しおぽんが、駆け寄る。
「……おかえり」
その声で、
初めて“戻った”と分かった。
配信画面。
コメントが、ゆっくり流れ始める。
《今の……何?》
《怖かった》
《でも……また見たい!》
オレは、カメラを見る。
「……今日は、ここまで」
笑えなかった。
でも、目は逸らさない。
「正しさは、なくならない」
一拍。
「でも、刃にしなくていい夜もある」
配信を切る。
画面が、暗転する直前。
スマホに、通知が一件、届いた。
――美羽。
《……この先も悩むけど
今日は、少し眠れそう》
オレは、返さない。
返さないまま、
右目を押さえる。
(……減ってる)
何が?。
答えは、まだ来ない。
夜が、静かに閉じた。
⸻
次回予告
正しさは、救いになる。
だが――集まりすぎた善意は、次の闇を生む。
次回
第3話『善意の影、集まる声』
⸻
『TAROT BREAKER ― 星の言霊使い ―』 詩韻 @shion_verse
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