『TAROT BREAKER ― 星の言霊使い ―』

詩韻

第1話『揺れる秤、眠れる刃 ― 星の声が泣いた夜(Justice)』

Ⅰ. 残響|プロローグ


夢の中で、冷たい声がオレの名を呼んでいた。


「……一〇〇〇年、待っていた」


声は、名指ししない。

なのに、確かに“見つけられた”感覚だけが残る。


次の瞬間、言葉は欠ける。

途中でちぎれたみたいに、音が沈む。


「……待っ――」


暗転。


目を覚ますと、頬が濡れていた。

理由は分からない。ただ、胸の奥が重い。


(……またか)


最近、同じ夢を見る。

内容は思い出せないのに、誰かに“手を伸ばされる”感じだけが、あとに残る。


触れられた気はしない。

それでも――戻れなくなる気配だけがあった。


(この夢だけは、

目が覚めても、終わらない)



PM 8:32。

配信まで、あと少し。


机の上のタロットデッキに、指先が触れかけて止まった。

触れていないのに、カードの縁だけが、やけに熱い。


(……触るな、って感じじゃない。逆だ)


「……最近、カードがオレを求めてる」


足元で、しおぽんがポテチをつまんでいる。

尻尾が、ゆっくり揺れた。


「しおぽんね、星の音、ちょっと変だと思うの。ぴょん」


「変って、どんな」


「言葉が、落ちそうな音!」


意味は分からない。

なのに、背中に汗が走る。


オレは配信準備を始めた。


……その途中。

ふと思って、デッキを一回だけ切る。


占うわけじゃない。

今日の“空気”を確かめたいだけ。


一枚。裏向きのまま置く。


(これがどんな未来を表すか

 後で分かるさ)


(……今夜は、これが杭だ)



Ⅱ. 星の涙


配信前の部屋は、静かだ。

静かすぎて、音が自分の内側で反響する。


しおぽんが、ふいに耳を伏せる。


「……ねえ、シオンさま。今日の星、泣いてる」


「泣いてるって……」


「言えなかった言葉が、落ちてるの。

 言うのをやめた瞬間にね、ちいさく光って、ひゅって消えるの」


オレは冗談で流そうとして、できなかった。


机の隅のタロットが、かすかに鳴った気がした。

紙の擦れる音。


(……オレ、今――)


“受け取ってる”?


分からない。

分からないから、目を逸らす。


それでも指先だけが、デッキを探してしまう。


しおぽんが言う。


「食べられちゃう前に、拾うの。

 拾えるの、シオンさまだけ」


「……拾うって、どうやって」


しおぽんは答えない。

ただ、デッキの方を見る。


オレは深呼吸して、伏せた“杭”のカードを、ちらっとだけ覗く。


――Two of Swords(ソード2)。


刃を抱えて、動けない。


「……そういう事か」


自分に言い訳するみたいに呟いて、カードを伏せ直した。



Ⅲ. 配信の夜


――PM 9:00。配信開始。


「こんばんは。シオンです。……今日も、占い始めるよ」


コメントが流れる。


《待ってた》

《今日の運勢!》

《しおぽんおる?》


しおぽんが、画面の外で小さく手を振る。


「ぴょん。いるよー」


それだけで、コメントが少し緩んだ。


(ここは逃げ場じゃない。

 オレと誰かが、繋がる場所だ)


「じゃ、軽く一枚だけ。

 今日の“運勢”のカード」


タロットを一枚引く。

カメラに見せた瞬間――

コメントが、一拍、止まった。


――Justice(正義)。


《え、裁判?》

《正義きた》

《分かりやすいカード》


オレは笑って流そうとする。


(正義なんて……曖昧な言葉さ)


「シオンさま……」


「あっごめん、しおぽん」


オレは気を取り戻して言う。


「正義は分かりやすいね――」


言い終わる前に、画面がざらついた。


ノイズ。砂嵐みたいな音。

コメント欄の文字が、一瞬反転する。


次の瞬間、流れ始めた。


《……私は正しい》

《……私は正しい》

《……私は正しい》


同じ文。

名前だけが違う。


画面の隅で、Justiceのカードの天秤が、ほんの一瞬だけ傾いた。


しおぽんの毛が逆立った。


「シオンさま……これ、今――“堕ちてる”」


「誰が」


「自分の正義を押し付けようとして、沈んでる子」


オレの喉の奥が、冷えた。


(見つけられる感覚――)


夢の残り香が、現実に滲む。


「……来てる。

 もう二度と、見ないふりはしない」



Ⅳ. 相談者の現実(影の発生源)


その子の名前は、美羽(みう)。中学二年。


放課後の職員室。

机の上に、彼女がまとめたアンケートが置かれている。


担任の加藤先生は、それを指で押し戻した。


「美羽さん。

 これ……みんなが、なんて言ってるか分かる?」


「『怖い』って」

「『正しすぎて話せない』って」


善意の声で、決めつけが刺さる。


「あなた、悪くないのよ。

 でもね、“可愛げ”って大事なの」


別の先生が、笑って言う。


「牧師のお父さんだもんね。

 正しく育てられたんでしょ」


悪意じゃない。

だから、美羽は反論できない。


(私が、悪いの?)


帰り道、スマホが震える。


『正論パンチうざ』

『神様〜お助けくださいw』

『自分が正しいと思ってるんだろ』


ベッドの上で、美羽は呟く。


《私は正しい》

《私は正しい》

《私は正しい――》


(正しいはずなのに、どうして苦しいんだろう)


言葉は、光にならない。

黒いまま、溜まっていく。



Ⅴ. 選択(星界ゲート)


配信ルーム。

ノイズは、もう誤魔化せない。


《怖い》

《演出?》

《シオンさん大丈夫?》


コメント欄には、さっきまでの軽さがない。


しおぽんが、小さく息を整える。


「……このままだと、あの子の声、喰われる」


「喰われるって……」


しおぽんは答えない。

答えないまま、デッキを見る。


オレも見る。


(踏み込めば、戻れない)


理由のない確信。

それでも――スマホの向こうで、誰かが沈んでいる。


……オレは、選ぶ。


「……逃げない。

 ここが繋がる場所なら、オレは立つ」


オレは静かに言葉を置く。


【美羽の沈黙の詩】


『正しいのに、息ができない。

 誰かを守るほど、私が消える。』


コメント欄が、完全に止まった。


Justiceのカードが、微かに光る。


オレは、カードを一枚、裏向きに置く。


「詩は形、

 韻は響き、

 祈は還り。」


「タロット展開――」


三枚。


コンパス:Justice

トリガー:Two of Swords

ルート:The Star


しおぽんが、息を呑む。


「……ゲート、開くよ」


オレは頷いた。


「星界ゲート――開放」


足を踏み出した瞬間、

胸の奥が、軋んだ。


懐かしいのに、思い出したくない感触。


闇が、こちらを見た。


――ここから先は、戻れない。


光が、世界を反転させる。


つづく

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